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第35回歌壇賞候補作品を読む「ナイトフィッシュ」①

今回は、第35回歌壇賞候補作品に選ばれた斉藤君さんの「ナイトフィッシュ」の全首を私なりに読んで残したいなと思いました。

個人的にとても好きな連作なので一首づつたどりじっくり味わいたいと思います。とても長くなりますので十首づつで区切りますね。

ナイトフィッシュ

斎藤君

比喩でなく少年は跳ぶ人類の墓石を模した雑居ビルから

雑居ビルから飛び降り自殺を図った少年の救命に携わる主体。人類の墓石を模したという表現には雑居ビルが「人類社会の墓石」であり少年が「生きていたくない」と思う社会への批判を暗喩しているよう。少年は跳ぶの躍動感が余計にやりきれない。

脊柱を揺らさぬように運ぶときわたしの腕はすこしだけ水
飛び降りた少年を救命処置のため安全な場所に運ぶとき主体の腕がすこしだけ水と比喩される。ここは水に浮く魚をイメージした。ゆっくりと慎重に運ぶ姿の繊細さが伝わる。

体温と同じくらいの温かさ名前も知らない人のスマホの
おそらく少年の所持品か。飛び降りる直前までスマホを見つめ触れていた少年が浮かぶ。熱を帯びたスマホに反して少年のこれからだんだん冷たくなってゆくだろう体温を思わせる。

手探りで血腫を探す子供とは髪とは淡い闇であっても
外傷を確認する主体。子供、髪、を並べ「淡い闇」で例える。子供の抱えている闇を主体が手探りで探し続ける、何度もこれからも探し続けるといった主体の意志も感じ取られる。

波のない海はゆっくり見えてくる荊のような吸気の先に
波のない海と表現されているのはおそらく心電図の波形。フラット一直線になる波形を表しているのだろう。荊のようなはまだ息があるということ。主体は少年を救うことをあきらめていない。

まっすぐにもしもしかめよの律動で押せば二回で折れる胸骨
心肺蘇生を行う主体。胸骨が折れても助けたい主体の意志は強い。反面脆く折れてしまう少年の胸骨との対比。

手袋を隔てて確かに触れている無言の人の夜の部分に
無言の人の夜の部分。死に近づいていることを夜と表現しているのか。心マッサージをしている主体が触れている少年の身体。少年をあえて無言の人と言っているのは主体がこれが初めてのことではなく何度となく繰り返されてきた主体と無言の人との対面の場面に感じた。

右腕をきつく縛れば早暁の連山みたいに静脈はしる
ルート確保するために血管を浮き立たせる。早暁の連山との表現は前歌の夜に対比し、まだ生きろ。戻ってこい。まだ間に合う。と主体の声や願いの表現にも感じられる。

カラスウリの花弁を想いつつ腕の暗渠へ針をすこし進めた
カラスウリの花弁を静脈の流れる道筋に見立てている。腕の暗渠と例えられた血管に針を静かに刺してゆく様。緊迫な状況下で主体は冷静に信念を持って自らの使命を果たす行いの描写が際立つ。

これほどに緊迫した場面を、とても冷静に綴っている。凄いなぁ。斉藤君さん。

続きはまた。



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