最初の投稿〜AD1日目〜

初めまして。
現在アラサーのサラリーマンがテレビ業界での体験や思い出を書いていくノートです。

これまでテレビ制作、いわゆるADや、タレントのマネージャーを経験しました。
と言っても、それぞれ大した年数はやっていないので、現在も働いている方と違いリアルタイムな話ではないかと思います。

1人の人間が、昔からの夢を追いかけ、実際に夢を叶え、その世界で見たこと、聞いたことをメモとして残していきます。

一部、人から聞いた噂話も含まれますので、話半分で読んで頂けると幸いです。


今回はADとして働いた初日のことを書きます。

大学四年の冬。まだ卒業も確定していない私は某制作会社の新卒採用者懇親会に参加していましあ。
そこは新宿の高級な焼肉店でした。
総勢20名ほどの大学生と、役職がついた社員5.6名のその会は、自己紹介に始まり、若者の夢語りの場となっていました。

私がなぜADになったのか、詳しくは後日書きますが、この懇親会で私が「とにかく有名な番組の担当にしてください」と専務の方に伝えたことをきっかけに、4月からの壮絶な生活が始まるのでした。


社会人となって1日目。朝の集合場所は某お台場のテレビ局でした。
そわそわしながら、お偉い方々への挨拶を済ませると、すぐに現場に向かいました。
そこはスタッフルームとなっており、先輩AD達と合流。最初は基本的な仕事内容などの説明。
1時間後からは会議資料の印刷、整理の作業を新人5人で行いました。この時およそ午前11時。しかし、この印刷作業が終わったのは午後16時。それまで2台の業務用プリンターは、一度も止まることがありませんでした。

その日17時から行われた会議は月曜の定例会議で、参加者は35名ほど。また、1人当たりの資料は数百枚、重ねると高さ3〜4cmにもなりました。
その資料をひたすらプリントし、組み合わせていく…
その作業だけで半日が終わり、そのまま品川の編集所に移動し、会議が始まりました。

その際、会議参加者用のジュースや軽食、お菓子をコンビニで購入する作業も我々の担当でした。◯◯プロデューサーはこれが必要、作家の◯◯さんはコレ、と決められたものが多数ありました。実際はほとんどが残り、後日の会議に回したり、捨てられたりでしたが…

会議が始まり、新人5人は軽い挨拶をすませると、ひたすらに議事録を取っていました。
しかし、この会議の長さがとてつもなく…

17時に始まった会議は、24時に一度あったトイレ休憩を除き、ノンストップで29時(朝の5時)まで続きました。

終わった瞬間、ようやく1日が終わったと安堵の表情を浮かべる私達に対し、先輩ADから「それじゃあ議事録まとめて、会議で挙がった話のリサーチ、資料作成するから!」と無慈悲な言葉が。

そのままコンビニで朝食を購入し、1時間後の朝6時には2日目の仕事が始まったのでした。


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