2024 J1 第5節 サンフレッチェ広島 × ガンバ大阪 レビュー

レビュー

 今節のポヤトス監督は守備戦術を入念にトレーニングしてきたと見える。印象的なのはWGのポジションだった。広島といえば大胆なWBの上がりを使ったサイド攻撃が代名詞だが、ガンバはWGをWBに付けることで広島のプラス・ワンをプラス・ワンにしない意図があっただろう。宇佐美と山田で攻撃サイドを限定しつつ、広島にサイドを選ばせ、前進させた先で数を合わせて絡め取ることを意図していたと思われる。WGとSBが声を掛け合いながらマーカーを管理する姿が頻繁に見られた。

 広島も、黙ってそれを受け入れていたわけではない。WBでプラス・ワンが作れないのであれば、CFの大橋が流れて起点を作る・逆サイドのシャドーが加勢に来る・ボランチの松本が列を上げてポケットを取りに行く、といった形でややリスキーに盤面を動かしにかかる。そうなると、奪った後にガンバが使えるスペースも広くなるわけだが、ガンバの「奪って一本目」の預けどころである宇佐美・山田康太に対し、荒木・川村の強靭なセンターラインをぶつけて起点を潰すことで水漏れを防いでいた。

 恐らく、こうしたプラス・ワンで相手を押し込む→起点を個の力で潰してずっと俺のターン!というのが広島が理想とするゲームの進め方だったのだろうが、それを難しくしていたのが一森とウェルトンの存在だろう。

 一森は、Jリーグ公式がわざわざ切り抜き動画を作るぐらいに、パスで違いを見せているゴールキーパーだ。一森までプレッシングして出どころを潰すよりは、一森の出しどころの方を抑えよう、という意図が強かったので、ガンバとしてはある程度ボールを持つこともできていた。

 ただ、ボールを持てていた……といっても、あくまで「GKまでプレッシャーを受けなかった」というだけで、地上戦でクリーンにボールを進められたシーンは少なかった。鈴木徳真がターンで前を向き斜めに流す、という形こそいくつか見られたが、マンマークを綺麗に抜け出せたシーンは数えるほど。抜け出せたとしても、この日右サイドでボールを受けた負傷明けのアラーノはコンディションの影響かパッとしないプレーを繰り返してしまっており、佐々木相手ではなかなか違いを生み出すことができなかった。

 違いを生み出していたとすれば逆サイドのウェルトンだろう。前節磐田戦ではスコアポイントにこそ絡まなかったものの印象的な活躍をしていたウェルトン。ロングボールにも強いし、縦にもいけるし、スルーパスの出し手にも受け手にもなれる。持ち前の加速で広島のDFラインの裏に起点を作るシーンは多かった。アタッキングサードにおける黒川との呼吸も合ってきた印象で、スルーパスから決定的なシーンを作っていた。

 違いをもたらせるウェルトンにスペースを使わせたいガンバと相手を押し込みたい広島の意図が噛み合い、試合は少しずつ「押し込む広島と、ガンバのロングカウンター」という構造に安定していく。安定した構造において、モメンタムを左右するのは局面の攻防になる。「バチバチなやり合い」を生み出す舞台装置が時計の針が進むにつれできあがっていった印象だ。

 前半は、シュートの量こそ広島が上回っていたが、チャンスの質(xG)ではガンバが上回っていた。片側のサイドではめ込もうとするガンバの守備によって、広島の持ち味である「幅」を使った攻撃——サイドを崩し、逆サイドにWBが飛び込む形——は発動されにくくなっていた。広島の前半最大のチャンスは、松本のミドルシュートのこぼれに反応した川村のクロスに逆サイドで加藤が合わせた形。このようにサイドを振り回される形を増やされていれば、この試合はもっと苦しかっただろう。一方のガンバは機会こそ少なかったものの、斜めにボールを流してウェルトンにスペースを使わせる形を武器にできたことで、質の高いチャンスを作れていた。お互いが志向の異なるゴールへの道筋を確保しながら、局面のバトルが白熱する見ごたえのある前半戦だったと思う。



 後半戦。広島は、サイドの使い方の「時間軸」を整理してきたように思える。特にボランチ2枚が横関係を作るシーンが増え、低い位置でやり直しながら前進を試みる形が増えていた。前半のように押し込み切ってしまうのではなく、WBが仕掛ける→遅れてボランチが入ってくることで、ガンバのブロックにズレを生み出そうとしていた。

 ポヤトス監督にしては珍しく、55分という早い時間帯に交代を敢行。鈴木徳真に代わってネタラヴィ、アラーノに代わって倉田が入る。カウンターで刺しにいくガンバ、という構図自体は後半も変わらない雰囲気だったが、ボランチを経由した地上戦の形が作りにくい盤面になっていたことを踏まえれば、局面を個人で解決する能力がより高いネタラヴィの方が役割を果たせると踏んだのだろう。アラーノはコンディションの影響もあってかなかなか良いところを出せなかった。この交代により、倉田がそのまま空いた右サイドに入るのか……と思いきや、右サイドに入ったのはウェルトン。

 ポヤトス監督としては、カウンターのボトルネックになりそうな部分をケアすることで精度を上げていきたいところだったろうが、以降試合のペースは広島側に傾いていく。ポイントになったのはそのネタラヴィ。ネタラヴィはスペースを守る志向が強く、自分の管理外に出ていく選手には積極的に付いていかない。松本を筆頭にポジションを崩してポケットを取りに来る広島に対して、その守備性向がはまらず決定機を与えてしまった。しかし、それでやられっぱなしにならないのは今年のガンバが「一味違う」ところ。ネタラヴィが持ち場を守るのであれば、その分山田康太が守備エリアを広げて対応し、押し込まれながらも決定的な綻びは作らなかった。

 ただ、山田が低い位置まで助けにくることで、カウンターの脅威は弱まってしまう。66分に宇佐美に代わって坂本一彩を投入したのも、そのあたりのケアを意図してのものだろう。広島DFラインの近くにいた宇佐美は孤立し起点になれない状態が続いていたが、坂本は積極的に降りてきてプレスバック+ショートパスによるビルドアップの出口になる動きを試みていた。坂本が「もう一人の山田康太」のような働きをすることで、ガンバは中盤に新たな起点を見出し、徐々に広島からモメンタムを取り戻しつつあった。坂本の働きによりふたたびボールを握れる目途が立ち、72分のスローインの合間に倉田とウェルトンはふたたび左右のポジションを入れ替える。

 先制点は、そのような文脈から生まれたものだった。プレスバックの流れからサイドの攻防に参加した坂本が局面を解決し、前向きのネタラヴィにボールを付ける。ネタラヴィが絶品ターンで対面を剥がしたとみるや坂本が裏のスペースを見出してスルーパスを受け、そこからクロス。クロス自体はミスになったが、大迫が弾いたボールに詰めていたのは左サイドにポジションを移したウェルトン。坂本の投入によって攻撃の連続性を取り戻したガンバが試合を一歩リードする。

 先行して残り15分。勝ち点3を持ち帰りたかったガンバだが、広島が直後に新井のゴラッソで追いつく。シュートは見事だったが、こぼれ球を繋がれ、ガンバがさせまいとしてきたバイタルでの横断を許してしまったこと、大外でフィニッシャーになる中野と内側に起点を作れる新井のキャラクターの違いに対応できなかったことが重なり、一瞬のスキが生まれてしまった。

 ただ、その後も勢いのまま攻め立てられるのかと思いきや今節はそうはならなかった。選手交代の影響も大きかっただろう。84分にガンバはダワンに代わって食野、黒川に代えて福岡の2枚替え。食野は左に入りウェルトンが再び右に、空いたボランチは倉田が務めた。

 広島は、WBの交代こそ効いていたものの(新井→小原のサイドチェンジというキャラ変が活きた形もあった)、以降のエゼキエウ・中島の投入はややスケールダウンが否めなかった。プレッシングの勢いもなくなり、ボールの奪いどころが絞れていない印象だった。福岡の投入によって高さのアドバンテージを得られるようになった結果、ロングボールのセカンドに対してもガンバが優勢になり、結果、「ガンバがボールを握り、広島がカウンターを狙う」というこれまでと正反対の展開に。間に潜り込んだ坂本に中谷の縦パスが刺さり、裏に走った食野へのスルーパスから絶好機、という前半はなかなか見られなかった形でゴールを脅かすが、枠を捉えることはできず。試合は1対1のまま終了。


まとめ

 試合全体を通したインテンシティ・戦術的な駆け引き・局面の攻防、すべてがハイレベルで面白い試合だった。あまりにテンションの高い試合だったからか、Apple Watchに頻繁に心拍数の高まりを警告されてしまった。

 引き分けという結果は全体を見ればフェアなものだったと思うが、90分でゲームプランを考える中で広島のプレッシングを徐々にほどいてゴールに迫る道筋が描けており、実際に先制まで漕ぎつけただけに、悔いが残る試合展開だったとも言えるだろう。

 ハイレベルなゲームに文句を付けるのもおこがましいが、理想を言えばもう少しいい配置からクリーンにボールを運ぶ形を作れてほしかった。今の広島相手にそれを望むのは高い要求であることは分かっているが、プレスをかければ簡単にボールを手放してしまうチームだとは思われたくないし、ポヤトスの理想とする姿もそこにあるはず。ここから京都・札幌とマンマーク志向の強そうなチームとの連戦になるが、今日の試合で得られた課題を活かしながら乗り切ってほしい。



ちくわ(@ckwisb

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