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ラファエル前派のモデル ウォー姉妹

Fanny Hunt(nee Waugh,1833-1865)

《ファニー・ハント》個人蔵、1868年

ロンドン生まれ、父は裕福な薬剤師だった。1865年に、38歳のウィリアム・ホルマン・ハントと結婚した。翌年、出産の際に亡くなった。生まれた息子はシリル・ベノーニ(ヘブライ語で「悲しみの子」の意味)と名付けられた。

Edith Hunt(nee Waugh,1846-1931)

《誕生日/イーディス・ハント》1868年

ファニーの死から9年後、W.H.ハントはファニーの妹、イーディスと結婚した。当時のイギリスの法律では、妻の姉妹との再婚は禁じられていたので、スイスで結婚した。二人の結婚にウォー家は憤り、ファニー、イーディスの別の姉妹と結婚した、ラファエル前派の彫刻家、トマス・ウールナーはこの件をきっかけにハントと訣別した。ハント夫妻の間には二人の子供が生まれた。

モデルを務めた作品

良心の目覚め

《良心の目覚め》テイト美術館、1853年

ウィリアム・ホルマン・ハントと結婚したファニーとイーディスのウォー姉妹は、ロセッティ夫人のエリザベス・シダルやジェーン・モリスに比べると、目立たない存在で、資料も乏しいです。ハントの代表作はファニーをモデルとした《良心の目覚め》です。ラファエル前派が短く紹介される際でも、この一枚が取り上げられることが多いです。

もともとハントはアニー・ミラーをモデルとして本作を描いていました。アニーをモデルに描かれていた顔は、痛みと怖れに満ちた表情をしていたそうです。ハントは、アニーと別れた後、X線写真でも元が分からないほど、顔を徹底的に消して、ファニー・ウォーの顔に描き替え、表情も変化しました。読み解かれることを意図して描かれており、作品中には様々なシンボルがちりばめられています。

部屋が散らかり、家具調度品の新しさ、けばけばしさから、愛人宅であることが分かります。
ヴィクトリア朝の女性は、人前に出るとき必ず髪の毛を結い上げ、衣服の下にコルセットを着けていました。本作の女性は、結婚指輪をしておらず、髪の毛を垂らし、コルセットを着けない部屋着姿で、男性との愛人関係が示唆されます。
女性が'Oft in Stilly Night'を聴いて、無垢な子供時代に聴いた曲であることを思い出し、堕落した生き方を改めようという良心に目覚める場面です。
窓の外から見える外の景色が鏡に映っていますが、これは彼女の失われた無垢を表しています。
部屋に差し込んでいる日の光は、贖いが可能であることを示します。
テーブルの下の猫が、翼の折れた小鳥を弄んでいるさまは、苦境を示唆します。
男性の外した手袋が床の上に投げ捨てられており、これは愛人をやめた女性の、ありそうな運命は娼婦となることであるという警告です。
もつれた毛糸は彼女がとらわれている罠の暗示です。
本作の額もハントがデザインしており、そこにもシンボリックな模様が含まれています。鐘とマリーゴールドは警告と悲しみを表し、星は精神的な啓示を暗示しています。

出典

甘美な無為

《甘美な無為》フォーブス誌コレクション、1866年

The Victorian Webは本作を「ロセッティ的美人画のハント版」と説明しています。ロセッティが美人画を好んで描いたところ、ハントは聖書の主題を描くことが多く(そのために何度もパレスチナへ旅行したほどでした)、美人画メインの画家ではありません。本作を着手したときのモデルはアニーでしたが、後に髪はアニーのまま、顔部分はファニーへと変更されました。

ヤン・ファン・アイク《アルノルフィニ夫妻の肖像》
1434年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー

円形の鏡は、ファン・アイクの《アルノルフィニ夫妻の肖像》からの引用であり、鏡に暖炉の炎が映っていることから、一見したところ、観客を見ているかのようなこの女性が火を見つめていることが分かります。思索的で夢見がちな女性の、ヴィクトリア朝様式な表現であるといえます。

《シャロットの乙女》1905年頃
ウォズワース・アテナイオン美術館

同様の鏡は、ハントの《シャロットの乙女》にも見られます。

イザベラ

《イサベラとバジルの鉢》レーング美術館、1868年

「デカメロン」やジョン・キーツの詩、「イサベラとバジルの鉢」に取材しています。ファニーは妊娠中でしたが、モデルをつとめました。官能性の強調、豊かな色遣い、念入りに描かれた装飾などは当時流行していた唯美主義を反映しています。

ロセッティの描く美人は、写真と見比べると、似ていることは似ているものの、どの作品にも大なり小なりロセッティ好みの美人となるような変更が加えられています。一方、ハントの描くウォー姉妹は、写真にそっくりで、彼の観察の確かさをうかがわせます。

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