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FIFAランキングの歴代計算法とその限界

FIFAランキングは不正確だのなんだのと言われやすいが、根本的に代表の試合数が少なすぎるためにどのような計算方式だろうが統計的に精度を上げられないという問題がある。W杯に出られないレベルの国は、大陸間で直接試合をすることがないので、本質的に比較不可能である。W杯に出るクラスの国でも、本戦では平均4試合程度しかしないので、運によるノイズを相殺しきれず精度が低い(2006年方式)か、精度を上げるにも収束に時間がかかりすぎ世代を跨いでしまう(2018年方式)という問題がある。本稿では、そういった問題点を含め、歴代の計算法について簡単に説明する。

初期方式

FIFAランキングが開始された当時は、代表選の勝ち点をそのまま累積して積み上げる方式でランキングが決定されていた。しかしその方式では、親善試合で弱い相手と戦う国のランキングが無駄に上がり、クラブサッカーが盛んでない=弱い国ほど代表戦のハードルが低いために代表戦の数が増えランキングが上がりやすいという問題があり、1999年に改訂された。

なお、FIFA女子ランキングは現在でもランキング開始から全試合の履歴を使用しており、1試合ごとのポイント加算でイロレーティング式の勝率要素を加味する方式になっている。

2006年方式

1999年方式は計算が無駄に煩雑だったため、2006年に調整を受けた。ただ両者の骨子は同じであるため、2006年方式のみの説明とする。

  1. 勝つとポイントが増える。引き分けは少しポイントが増える

  2. 試合の重要度が上がるとポイントに倍率がかかる

  3. 試合から4年でポイントは消滅する

  4. 現時点での合計ポイント数でランキングを決める。

加算式、試合の重要度による加重、一定期間での失効という骨格は、テニス(ATP)のランキングとほぼ同じである。FIFAランキングは「強さを正確に反映していない」等様々に文句が言われているが、2006年式でもテニスと同じ方式なので方式自体に欠陥があるわけではない。

2006年方式の欠点

代表サッカーの場合、やはり根本的には試合数が少なすぎる(4年に1度しかワールドカップが開かれない)のがランキングの納得感を下げており、2006年方式の場合はグループ分けの籤運などの影響力が相殺される前にポイントが時効を迎えるので、偶然の要素の影響が強すぎるという形で試合数の少なさの問題が現れる。例えばイタリアはEUROに優勝する実力を持ちながらW杯予選敗退でポイントがないために20位を割ることがしばしばあった。

似たようなランキングシステムを持つテニスの場合は、集計対象期間の1年間の間に4大大会+準メジャー大会でほぼ1月に1度のペースで大会が開催される。選手もそのペースで出場するし、ランクが低い選手は低ランク向けの大会に集まるので、基本的には上から下までそれなりに納得感があるランキングに収束する。

2006年方式はこのほか、アフリカと北中米は大陸杯が2年に1度の開催となっているため有利だとか、大陸間の試合数が少なすぎるのを大陸係数という固定値でえいやっと決めているので好調なアジアの国が不当に低く評価される、というような問題もよく指摘されており、補完的にチェスで使われるイロレーティングをサッカーに適用したものも良く参照されていた。

2018年方式

2018年方式はイロレーティング、すなわちポイントの差が勝率を表すように設計されたランキングシステムを参考にサッカー用に調整されたものである。このレーティングでは、ポイントは時効消滅しない代わり、勝った方がポイントを得て、負けたほうは同ポイントを失う。

その上で、ポイント差が勝率を表現するようにするため、「順当な勝利ではポイントが動かず、アプセットではポイントが大きく動く」という仕組みになっている(計算法の詳細はここでは省く)。例えば、今まで1勝98敗の相手がいたとして、その相手に負けても「99戦して1勝」が「100戦して1勝」になるだけなのでオッズはほとんど変わらずポイントも動かないが、勝てば「99戦して1勝」が「50戦して1勝」になるのでオッズは大きく動き、それを反映してポイントも大きく動くように設計されている。

またポイント交換の履歴は長期的に蓄積されるので、大陸間の実力の違いはW杯を繰り返し行うことでやがて収束していくことになる。このため、大陸係数も不要になった。ただ、W杯が行われていない期間は、大陸全体のポイント総量は変わらないため、旧大陸係数の影響も長く温存される。

2018年方式の欠点

代表サッカーのランキングの根本的問題は試合数の少なさだが、イロレーティングベースの場合、収束するのに時間がかかりすぎるという形で欠点が現れる。イロレーティングが発明されたチェスのトップ選手の年間試合数は75±15(中央値±四分位との差分)といったところだが、今回の大会でAFCは大陸の異なる相手との試合は18試合で、大陸間の力関係がチェスのイロレーティング水準まで収束するには4大会は必要、異なる大陸の特定の国間の比較はさらに収束に時間がかかるということになる。例えば日本が今(大会後20位、トップと240ポイント差)から世界ランク1位になるには、3~4大会連覇とか、2連覇かつ8年間無敗(アジアでポイントを吐き出さない)というくらい勝ち続けないとならない。

しかし、大半の選手はそれまでに引退してしまって、収束すべき真の値はそのときにはすでに変わっているだろう。今大会ではベルギーの黄金世代の高齢化が話題になったが、イロ式FIFAランキングの収束は世代交代より遅く今大会の結果を受けてもまだ4位だった。これはベルギー国民ですら高すぎると思っている値だが、レーティング方式切り替え時に黄金世代がピークだった恩恵をあと1世代8年程度は受け続けることになるだろう。


今大会は外にも、イロ式FIFAランキングの欠点の分かりやすい例が生じている。予選落ちした国のランキングが上がり、一方でその国に勝って本戦出場した国のランキングが下がった――ウクライナを破って本戦出場したウェールズのランクがウクライナより下になったのが典型である。

イタリア  6→8
コロンビア 17→17 (ウルグアイ 14→16)
スウェーデン25→23 (スペイン   7→10)
ウクライナ 27→26 (ウェールズ 19→28)

敗退国と予選同組かPOに勝って本戦出場した国のW杯前後での順位変動の代表的例

イロレーティングはその特性上、下克上を食らうと大きくポイントを失い、W杯本戦グループステージではその倍率が大きくなる。今大会はアジア勢やアフリカ勢が欧州や南米の中堅国を食う例が続出したが、欧州南米の中堅国の場合これがランキングに直に影響する:

  • 予選は倍率が低いので負けても失うポイントは少なく、大陸の平均ランクが高いことで負けたときに失うポイント査定も少なくて済む

  • うっかり本戦に出て低ランクの他大陸相手に負けると、下克上で失うポイントが大きいうえ、本戦の倍率がかかるので大幅に減る

という事態になるからである。2014のようにアジア勢全滅というレベルであれば、欧州南米勢は本戦でポイントを積み増しするので欧州予選突破者のほうがランキングが高くなるだろうが、今回のようにアジアアフリカが頑張ったりすると、むしろ予選PO敗退あたりがランクに最も好影響を及ぼすのである。イタリアもEURO優勝とは言え直近ではドイツに大敗するなど調子が良くなかっただけにW杯に出ていればポイントを他大陸に吐き出していた可能性が高く、予選落ちしたことでEUROで稼いだポイントをうまく温存したとも見ることができる。

こういった問題も大会数が多ければやがてノイズどうしで相殺されていくことになるが、代表サッカーは試合数が少ないため、この問題も無視できない程度には残ることになる。


ただ、繰り返しになるが、代表戦の試合数が統計的な検討に耐えられないほど低いのが根本的な問題であり、今のサッカーの商業的な枠組みではこれは変えられないので、どんなランキング方法でも問題があるのは受け入れ続けるしかない。むしろ、事前予想が難しいという性質を、アプセットを楽しむという形で楽しみに変えたほうが良いだろう。










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