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二丁目忌行文 ~虹色奇々怪々~

【透明人間】其の弐

 50を過ぎたら透明人間。

 出会い系アプリでも誰ともマッチングしない。
 メッセージを送っても返事は皆無だ。

 僕を無視するヤツら全員を呪い殺したい。

 注文だけ聞いて、あとはずっと無視して、接客しなかった店のヤツら全員。マスター、店子、あのとき店内にいた客も全員。

 あとはヤル相手に困りそうもないガチムチとかも。

 ───あ、あそこにいるアイツみたいなヤツも。

 年齢はおそらく30代前半。短めの髪。太い二の腕。分厚い胸。
 
 それらの肉体を、リーズナブルな上、嫌味にならない程度に身体のラインが分かる点がゲイに好評の人気ブランドの服に身を包んでいる。
 
 明らかにモテ筋だ。絶対ジムに通っている。でも、トレーニングしている時間より自撮りに費やす時間のほうが長いはず。そして意気揚々とSNSにアップするに間違いない。

 そしてあっという間に”いいね”を稼ぐのだ。
 
 呪われろ。そして呪い殺されてしまえ。
 
 ドロリとした感情を抑えることなく、僕は恨みがましい眼で、モテ筋男をじっと見続けている。僕の眼力で殺せる力があればいいのに……。
 
 次の瞬間、モテ筋男と眼が合った。

「!?」
 と、僕が驚いている間に、モテ筋男はツカツカと近づいてくる。
 
 近づきながら、ポケットから取り出したメガネをかけると、改めて僕に視線を戻し、話しかけてきた。

「調教中? あ、話してるとご主人様に怒られたりする?」

 モテ筋男は、辺りを見回して、主の姿を探そうとしている。
 僕は首を横にふって調教ではないことを無言で告げる。

「だいじょぶそ?」
「………」

 だいじょぶそ? 大丈夫? という意味だろうか?
 
 調教中じゃないなら、話しかけても大丈夫? って訊ねられているんだと思う。
 
 僕はコクリと頷く。

「ふ~ん。寒くないの?」

 メガネ越しの視線が僕の股間辺りに向く。

「縮こまってないじゃん。ホントに寒くないわけかぁ~」
「………」
「もしかしてタロかジロの生まれ変わりかなんか?」

 タロ? ジロ? このモテ筋男子はいったいなんの話をしているんだ?

「あれ? 年齢的に『南極物語』分かると思ったんだけど。高倉版の方ね。俺はレンタルで観たんだけど。当時すごいブームだったんでしょ?」

 高倉版? だからいったいなんの話をしているんだ?

「あ、違う違う。わざわざ高倉版とか言わなくても、キムタクのやつは『南極大陸』だ。タイトルが違うじゃん。なんかやっちゃった感じじゃん」

 モテ筋男子は一人でツッコんで、一人で納得している。
 なんなんだろう? このモテ筋男子はなんで僕に話しかけてきたんだろう? そのとき、モテ筋男子が不意をついたように告げた。

「あのさ。一緒にお店にでもいかない?」
「!?」

 僕を誘ってる? お店って飲み屋さんのことか? 
 一緒に飲もうってことか? 
 なんでこのモテ筋男子はこんな冴えない僕を誘うんだろう?
 自虐でもなんでもなく、僕は二丁目に於いて底辺中の底辺だ。頂点中の頂点だろうモテ筋男子がなんでわざわざ僕なんかを……。

「あのさ、こー見えても……って、どう見えてるか分からないけどさ」
「………」
「ちゃんと接客するし。注文以外でも」
「………」
「大丈夫だって。だって俺の店なんだから。約束する」

 そういうと、モテ筋男子は僕に向かって微笑んだ。
 この笑顔にやられて、好きになってしまった男が何人いるんだろうか? なんてバカなことを考えながら、僕はそのモテ筋男子のお店に着いてゆくことにする。
 少しばかりの期待、ものすごい不安をごちゃ混ぜにした気持ちを抱えて……。

                           其の参へつづく

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