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第7回 どうすれば脚本は上手くなるのか?

[編集部からの連載ご案内]
脚本を担当されているNHK朝ドラ『ブギウギ』もますます面白い! 印象的なセリフも多くて聞き耳を立てる毎朝です。そんないま大注目の脚本家・監督の足立紳さんによる、脱線混じりの脚本(家)についての話です。(月1回更新予定)


脚本の学校や映像系の学校などでたまに講師めいたことをしていると、生徒さんから「どうすれば脚本が上手くなりますか?」という質問を受けることがとても多いです。こういう質問をしたくなる気持ちは本当によくわかるのですが、この質問をしてくる人で上手くなる人はほとんどいないと思います。なぜならこの質問は「手っ取り早く上手くなる方法はありませんか?」と聞いているのとほぼ変わらないからです。手っ取り早く上手くなる方法は、おそらくないでしょう。

「どんな訓練をすれば脚本が上手く書けるようになりますか?」という質問であれば、僕なりの答えがあります。スポーツと同じでひたすら練習するしかないという、身も蓋もない答えです。しかもスポーツと違って脚本には「正しい練習」がないような気がします。

例えば野球には、上手くなるための「正しい練習」が存在していると思うのです。私の娘や息子は野球チームに所属していたことがあるのですが(息子は練習時間が長すぎるといって半年で挫折)、私のような近所のおっちゃんがギャーギャー言いながら3日かけて教えることを、レベルの高いところで野球をしていた人が来たら、数時間で上手くしてしまう光景を見たこともあります。正しい投げ方をするだけで、ボールが格段と遠くに投げられたり、速く投げられたりするのだなあと、それはまるで魔法を見ているかのような光景に感動しました。

野球に限らず、スポーツには「こうすれば上手くなる」という形があるのだと思います。腕の振りを良き形にするだけで、きっと少しは足も速くなったりするのでしょう。もちろんそれはある程度までで、その先は才能という怪物が待ち受けていますが、正しい練習をすれば、よほど運動が苦手でないかぎり、そこそこはできるようになる気がします。また、勉強もそうでしょう。やり方がわからない人が何時間も一人で唸りながら机に向かっていてもなかなかできるようになりませんが、コツを教えられる人が30分指導しただけで見違えたりします。中学時代、あまりの出来の悪さに家庭教師をつけられた私は、偏差値が40から50まで1週間でアップしました(その後伸びませんでしたが)。

ですが脚本には「こう書けば、すぐにこれだけ上達する」という練習がありません。いえ、脚本の書き方についての本は巷にたくさん出版されていますので、すぐに上達できる魔法のような方法があるのかもしれませんが、僕は知りません。ひたすら書いて書いて書きまくって、「自分の書く型」というものを見つけていくしかないのだと思います。もしかしたらそれは、野球でいうところの千本ノックのようなものかもしれませんが、野球の練習で本当に千本もノックはしないでしょうし(するのかな?)、千本ひたすらノックを受けるよりは、百本だったとしても正しいグラブさばきや、打球の待ち方のようなものを教わったほうが上達するような気がします。

脚本の場合は、千本書いたら、百本書いた人より必ず上手くなります。スポーツには練習のしすぎで疲労が溜まるとか肉体や精神を蝕む可能性もあると聞きますが、脚本にはそれはないような気がします。せいぜいが腱鞘炎でしょう。脚本は書けば書いた分だけ上手くなると思いますし、ここが最大のポイントですが、才能がなくとも誰もが練習の継続のみでプロデビューまではこぎつけられる数少ない分野だと思います。根気さえあれば、必ずそこまで行けると断言できますし、とにかくデビューだけはしたという人を多く知っています。スポーツは、誰もが練習で上手くはなるでしょうが、プロはおろか社会人野球、もしくは甲子園に出るレベルの高校でレギュラーになることすら、持って生まれた肉体の才能が大きく物を言ってしまいそうです。

僕がもっとも多くシナリオを書いていたのは、20歳から25歳くらいの頃でしょうか。学生のときにテレビ局主催のシナリオコンクールがあることを知り、それが1時間ものばかりで原稿枚数も少なかったので、書き殴っては応募していました。ネタさえ決まれば1週間ほどで書けたので、肉体的な疲れもありません。その頃は良くて一次審査を突破する程度でしたが、「映画やドラマの良し悪しは脚本でほぼ決まる」と講師の方から言われていましたので、その言葉を真に受けて(その通りだと今は思っていますが)、書いて書いて書きまくっていました。

いま思うと、書いたものを人に読んでもらって意見や感想を仰げばもっと上達していたのではないかと思いますが、当時は書いたものを人に見せるのが恥ずかしくてたまらなかったので(年を食うと羞恥心もなくなるのか、諦念の境地なのか、平気で読んでもらうようになりました)、ひたすら書いては応募しているだけでした。いつも一次審査止まりでしたから、通過結果を見るたびに激しく落ち込んでいましたが(審査の途中経過発表が近づくだけドキドキしていたからほんとに身体に悪かったなあ)、10日もあれば立ち直って、次の作品のネタ探しをしていました。そして、受賞者が発表されると必ずその脚本を読んでいました。これはコンクール応募者あるあるだと思いますが、受賞作品を読むとたいていは「なんでこんなつまらないものが……」と思って落ち込みつつも、「俺の作品のほうが勝っている」という自信にはなりました。

とにかくそうして書き続けていたとき、ふと「あ、こう書けばいいんだ……!」という方法を発見しました。本当にふと、というのか、なぜかその作品を書くときにふとそう書いてみようと思ったのです。それは、作品の登場人物全員の頭からケツまでの動きをできるだけ多くカードに書くという方法でした。「タケシ、部屋で起きる。いつもよりなぜか早い」とか「タケシ、学校で友達とケンカ。負けるとわかって誰かに止めてほしくてわざと大きな声を出す」などと、英単語を覚えるように小さなカードに書いていきます。よく脚本家の方が言う「小箱を作る」ということに似ているかもしれません(ちなみに「小箱」とは一つひとつのシーンのことで、「大箱」とは、おおまかな流れをいくつかの箱にしたものです。なんとなくではありますが)。「え……そんなものを作るのは当たり前じゃねえか!」とお思いになった脚本家志望の読者の方も多いかと思います。が、僕は何作も何作も書いて、ようやくこの方法に至ったのです。つまりそれまでは、主人公のキャラクター造形だけなんとなく思いついて、あとの人物についてはよくわからないのに書き殴っていたのでしょう。

ではなぜ何作も書いた末にこの方法に気づいたのかというと、おそらくそのときに書いた作品で、登場人物ほぼ全員のキャラクターが「見えた」からだと思います。見えたからこそ、初めて「あ、なんか書けそうだぞ……」という感覚になりました。あとはその各々の行動を記したカードを順番に並べ、なんだかうまくいってないなと思うときは入れ替えたりもしながら脚本を書いていきました。珍しくもなんともない方法ではありますが、当時はコロンブスの卵のように「俺が発見した!」という喜びを得ました。そのときはそれくらいスムーズに脚本が書けたのです。

ちなみに今ではその方法はとっていません。小箱はおろか大箱も書いていません。プロットは書きますので、それが大箱の代わりになっている感じです。なぜその方法をやめたのかは覚えていませんが、面倒くさくなったのかもしれません。とにかく時間がかかりますから。若い頃は体力も忍耐力もあるので、その「カード法」にぶつかっていく際に「またあの山を登るのか……」とため息つきながらも登り始めたものですが、今はできれば六合目くらいから登りたいなんていう横着な気持ちもあります。こんなことを書くと仕事を失いそうですが、ベテランになればなるほど、なんだか面白くなくなっていく脚本家が多いのは、書くのが面倒くさくなっているからだと思います。

またいつものように話がそれてしまいましたが、結局何が言いたかったのかと言いますと、「人物が見えてさえいれば脚本は書ける」ということに、僕は習作を書きに書きまくってようやく気づいたのです。そしてその見えている人物を、他人にも生き生きと見えるように書くということが「技術」であり、その技術を身につけるためには、千本ノックの道以外にないと僕は思うのです。


足立紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。2014年『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、菊島隆三賞など受賞。2016年、NHKドラマ『佐知とマユ』にて市川森一脚本賞受賞。同年『14の夜』で映画監督デビュー。2019年、原作・脚本・監督を手掛けた『喜劇 愛妻物語』で第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。その他の脚本作品に『劇場版アンダードッグ 前編・後編』『拾われた男 LOST MAN FOUND』など多数。2023年後期のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当する。同年春公開の監督最新作『雑魚どもよ、大志を抱け!』でTAⅯA映画賞最優秀作品賞受賞。著書に最新刊の『春よ来い、マジで来い』ほか、『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』『それでも俺は、妻としたい』『したいとか、したくないとかの話じゃない』など。現在「ゲットナビweb」で日記「後ろ向きで進む」連載中。
足立紳の個人事務所 TAMAKAN Twitter:@shin_adachi_

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