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BOOK DIGGER #003 松岡一哲

BOOK DIGGERってなに?
毎回、本好きクリエイターがリレー形式でつないでゆく、プレイリスト感覚のブックレビューです。

今回のDIGGERは、いま各媒体で大活躍の写真家、松岡一哲さん。
松岡さんの読書する場所は決まっていて、そこはなんと、お風呂とトイレ。
そして気に入ったページにドッグイヤーを付ける癖があるそうです。

撮影のためにお借りした現物は、カバーがついたまま湯気でよれよれになり、ページのいたることが折り曲げられ、いい塩梅に松岡家のお風呂で熟成された本になっていました。

彼が好きなタイプは「長い時間深く思考して、あとは勝手に動き出すような芸術家」だそうですが、読書とはその「深く思考する時間」と言い換えてもいいかもしれません。
松岡さん自身もふだんはいろいろ考えているけれど、現場では迷わず無意識に撮っているとのこと。

さて、そんな松岡さんはどんな本をDIGってくれたのか。
リラックスして楽しんでいただければ幸いです。


003. 松岡一哲 

Thema お風呂で自分に向き合って読む本

『20世紀の芸術と生きる ペギー・グッゲンハイム自伝』
ペギー・グッゲンハイム
(みすず書房)

『写真講義』
ルイジ・ギッリ
(みすず書房)

『伊丹十三(MUJI BOOKS 人と物 8)』
伊丹十三
(良品計画)

まずはグッゲンハイム美術館の創立者の姪で、20世紀を代表するコレクター、ペギー・グッゲンハイムの自伝。ジェームス・ジョイスやジャン・コクトーらと出会った生の印象が書かれている。カンディンスキーが芸術家っぽくなくて金銭面などしっかりしていた意外な話があったり、マックス・エルンストの見た目が予想通り格好よかったり。アートの良き時代の記録として読み応えがある。終盤で現代のアートはあまりにもお金が中心になってしまったことを嘆いているのが印象的。

ギッリは好きな写真家で、行き詰まった時に読む。静かだけれど美意識が高く、しっかり写真をやってる人。巻末にある彼の友人の作家ジャンニ・チェラーティの回想が魅力的だ。ギッリは空想癖があり、お金に興味がなく、借金に追われていても、実行力と辛抱強さのある男だった。誰も気にしないものばかり撮っていて、こういう想いの人でもやっていけるんだと勇気をもらえる。「彼にとって写真とは、哲学や詩のように、思索の作業だった」とチェラーティは評していて、とても共感できる。自分が好きなタイプは、長い時間深く思考して、あとは勝手に動き出すような芸術家。ギッリは先生もやっていて、その授業内容にあるカメラの説明や撮影方法についても細かく書かれている。中でも「細部と全体化」の話は興味深い。撮影には「寄り」と「引き」があるけど、細部までいけば「寄る」中に「引き」もあることがわかり、フレーミングを探求したくなる。写真って、今は誰でもたくさん撮っているからみんな無意識でそういう探求をやっていると思うけど、この本でギッリが言語化した解説を読むと、写真で世界を再構築するヒントになる。

伊丹十三は、文章が面白い。観察力が優れている人で、だからあんな映画が撮れるんだと思う。日本のプロデューサーとドイツのプロデューサーの通訳を頼まれた時の話が面白い。伊丹は、日本人のプロデューサーが遠回しに長々と面倒くさいことを言ってきたのでその通りに訳さず、結論だけスパッと言ってやった。ヨーロッパ人は自分の論理を主張するために言葉を使い、日本人は自分の言いたいことを隠すために言葉を使う、というわけだ。自分も同じ経験があって、海外の仕事で議論になっても次の日はさばさばしているけど、日本でそれをやると後悔したり上手くいかなくなったりする。それが悪いわけではないけれど、こういった違いは今も変わらない。そこにユーモアを交えて上手に書けるのが伊丹のすごさ。

今回名前をあげた人たちに共通するのは、時代に少し逆らって自分がやりたいことを、社会と折り合いを付け合いながらやっているところ。その境界線上に重要なヒントがあるんじゃないかと思う。

DIGGER’S PROFILE
松岡一哲 Ittetsu Matsuoka
日本大学芸術学部写真学科卒業後、スタジオフォボスに勤務し独立。
フリーランスの写真家として活動し2008年テルメギャラリーを立ち上げる。
ファッション、広告写真で活躍する一方、日常の身辺を写真に収め、等価な眼差しで世界を捉え撮影を続ける。

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