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リレーの走者

翻訳者とはリレーの走者の一人だと思っている。

これは、台湾コミックス『用九商店』(ルアン・グアンミン著)の最終5巻で沢井さんに「訳者あとがき」を依頼し、届いた初稿に書かれていた一文です。
この後には、下の言葉が続きます。

先生からのバトンを日本の読者へ渡す走者だ。翻訳者の走り方一つで作品の持つ空気感は変わってしまう。今回はどう走ろうか。「先生が日本語で作品を発表したらどう書いていたか」を念頭に翻訳に取り組むことにした。

沢井さんと作品制作をした1年、最後にこの言葉を読んで、沢井さんの作品への真摯な態度の根源を、やっと心から知ることができた気がしました。


やり手の硬派上司×健気なワンコ部下
BLコミックス『DAY OFF』の翻訳

よろず屋「用九商店」を舞台に、様々な事情を抱えた老若男女の交流を描いた『用九商店』だけでなく、沢井さんには台湾で発売後即重版となったBLコミックス『DAY OFF』の翻訳もご依頼しました。

2022年2月9日刊行『DAY OFF』(毎日青菜著/沢井メグ訳)



今月で発売から1周年となる『DAYOFF』は人情群像劇『用九商店』とはうってかわり、付き合いたてのカップル特有の、こちらが照れてしまうようなあま〜い日常が描かれています。やり手の硬派上司・石冬雲(シー・ドンユン)と健気なワンコ部下・花小飛(ファ・シャオフェイ)の「日常のささやかなときめき」を、余すことなく感じられる作品です。

『DAY OFF』p.25/冬雲の、思わずニヤけるワンシーン


『DAY OFF』p.21/「彼シャツ」は世界共通言語です。



まじめで筋の通った男性から見ても「いい男」・冬雲と、男女問わず不意にときめかせる「チャーミング」という言葉がぴったりな小飛……。
終始ふたりのノロけっぷりに癒されながら、沢井さんと打ち合わせを進めていましたが、ふと気づいたことがあります。

原文の台湾華語から日本語に翻訳するにあたって、吹き出しにあわせた文字数の調整や単語の言い換えのご相談はしたことがあっても、口調や語尾、テンション感において、沢井さんに修正のお願いをしたことがないのです。

例えば、企画部の部長である冬雲であれば、仕事中は責任を感じる少し固めの口調で話す一方、プライベートでは柔らかな砕けた口調で小飛と会話をしたり、ちょっとしたことで悩んで自己嫌悪におちいったり、かわいらしく人当たりのよい印象を受けます。

『DAY OFF』p.15/かっこいい仕事姿
『DAY OFF』p.38/小飛に「大人な」フリができず落ち込む冬雲


それは小飛にも、小飛の母親にも、冬雲のお兄さんにも、冬雲のお兄さんの子どもにも、小飛の同僚にも……登場するすべてのキャラクターに、そういった機微を感じとることができるのです。
そのキャラクターが今どんな気分か、それは誰とどんなことを話しているからなのか、どのような状況か……。書ききれないほど細かな材料から、そのキャラクターにあった言葉をあてがう。そういった細かな配慮を感じ、感銘を受けた出来事があります。


覚悟の呼びすて

それは、「Ep.21 石冬雲の恋人」の打ち合わせをしていた時のことです。冬雲の兄・春雷(チュンレイ)が突然、冬雲宅を訪れるシーン。冬雲はすでに眠っていて、小飛がサプライズで春雷と鉢合わせをします。(……自分だったらと置き換えるだけで、冷や汗ものです )

『DAY OFF』p.125/寝起きで恋人の兄と鉢合わせする小飛(おそろしすぎる)



二人が付き合っていることを知らない春雷は、「友達か?」と小飛に尋ねます。悩んだ末に、小飛はこのように答えます。

『DAY OFF』p.126



原文は「我是冬雲的男朋友花小飛!」。
普段は冬雲のことを「部長」と呼んでいる小飛が、冬雲を呼び捨てにします。

実は沢井さんから初めてこの訳をいただいた際、私は沢井さんに「意訳して冬雲『さん』と敬称をつけませんか?」とご相談しました。冬雲が年上であること、普段愛称で呼んでいたとしても相手の家族の前では「さん」とつけるのが一般的ではないかと思ったからです。

しかし、沢井さんは打ち合わせでこのようにおっしゃいました。
小飛の今後も冬雲と一緒にいるという覚悟、カミングアウトという緊張感も含め、原文と同じように『冬雲』と呼び捨てにしたいです。」

沢井さんの、「先生が日本語で作品を発表したらどう書いていたか」という信念をもっとも感じた時です。そうして、この部分は原文により近い訳にすることになりました。


そして、バトンはつながれていく

冒頭のあとがきにもある通り、「リレーの走者の一人」として、作品の意図を汲み取り、日本の読者へバトンを渡してくださった沢井さん。
発売から1年が経った今、思い返してみれば沢井さんとの打ち合わせは、そのキャラクターの一人称の相談からはじまっていたのでした。



■書誌情報

『用九商店』1〜5巻
ルアン・グアンミン(作者)、沢井メグ(訳者)
本体価格 : 900円(+税)
仕様 : A5/並製

 
『DAY OFF』

毎日青菜(作者)/沢井メグ(訳者)
発売日 : 2022/2/9
本体価格 : 900円(+税)
仕様 : 【紙版 216p】本編モノクロ+おまけ漫画10pカラー/【フルカラー電子版 212p】全編カラー+おまけ漫画6p ※紙版と電子版では仕様が異なります。ご注意ください
ISBN : 978-4-910352-19-0


■著者プロフィール

沢井メグ(さわい・めぐ)
中華圏のポップカルチャーを溺愛する翻訳者/ライター。
主な訳書にルアン・グアンミン『用九商店』、『TAIWAN EYES GUIDE FOR 台湾文創』翻訳パート(共にトゥーヴァージンズ刊)。
Twitter @Megmi381
Instagram @megmi381


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