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ドラフト

 人から何かいわれて、「ウソだろう、現実とは思えない」と思った経験はあるだろうか。
 思いがけない言葉を友だちからかけられたその時、ぼくは、まさにその心境だった。
「おまえ、エコーからドラフト指名されてたぞ」 
 エコーは、伝統あるプロスポーツ・デンエンの強豪チームだ。
 国民的人気と歴史を誇るデンエンは、わが国では全国津々浦々、小さな子どもから大人まで知らないものはないスポーツだが、世界的な普及はしておらず、どちらかといえばローカルな競技といえる。
 両親ともにエコーの大ファンで、物心つくまえから試合に連れていかれたぼくも、”親が喜んでこづかいをくれるから”という、しょうもない理由からデンエンをプレイしていたのだが、高校生ともなると、お金は自分でバイトで稼げるので、女子に人気のスポーツ・フッカーとの掛け持ちをするようになっていた。
 なので、球団からドラフト指名される事態など想定しておらず、まっさきに思ったのが「ウソだろう。ユーチューブのドッキリじゃないか」ということだった。
 冷静に考えれば、一高校生にドッキリを仕掛ける者などおらず、友だちの話は本当だった。
 それからの入団までの日々は、あれよあれよと過ぎていき、気がつけばぼくは、歴史あるデンエンの名門チーム・エコーのユニフォームを着て、グラウンドに立つようになっていた。
 しかし、小さなころから、父親や父親の友だちの元プロのデンエン選手に英才教育を受け、アマチュアではそれなりの結果を出していたとはいえ、プロのレベルはとてつもなく高く、練習についていくのがやっとだった。
 そんなレベルのぼくを、なんで試合に使い続けてくれるのか分からなかったのだが、あるとき、ひょんなことからその理由を知ってしまった。
 その日も試合でエラーをしてしまい、試合終了後、球場のトイレ個室にこもって落ち込んでいたぼくだったが、そこへ、球団首脳陣のひとりと広報担当が話しながら入ってきたのだ。
「今日の試合、PVどうだった。SNS、バズったか」
「いや、全然だ。やつのエラーシーンで、軽く応援ツイートが集まったが、目立った変化はそれくらいだった」
「SNS人気目当てで使ってるのに、使えねえなあ」
 ぼくは、デンエンのプレイヤーとしては期待されていなかったのだ。
 プレイとは別の次元、広報やイメージアップでチームに貢献する客寄せパンダ、それがぼくの役割だった。
 考えてみれば、球団の面接で、SNSのフォロワー数や両親のプライベートなどプレイとは関係ないことばかり聞かれるなど、おかしな点はあった。
 ぼくが試合に出場するたび、忙しいスケジュールを調整して応援しにきてくれる両親の席を用意してくれていたのも、球団の宣伝になるからだった。
 子どものぼくがいうのもなんだが、主演作が海外でも上映される世界的な映画スター夫婦である両親がくれば、それだけで世間から注目される試合となるからだ。
 若い層に受けがいいスポーツとはいえないデンエンは、近年、人気が低迷しているといってもいい。
 そしてSNS全盛の現在、物事の価値を測る重要なモノサシとなっているのが、フォロワー数。
 赤ん坊のころから両親のSNSに登場していたぼくには、成長して自分で始めたSNSに、たくさんのフォロワーがついてくれている。また、ぼくの入団が決まると、球団のSNSフォロワー数が一気に増えたという話も聞く。
 はじめからぼくは、”プレイする広告塔”ぐらいにしか、思われていなかったのだ。
 しかし、だからといって、実力不足が明らかなぼくを試合に使い続け、数字を稼ぐというのは、ちがうような気がした。
 注目されて活躍できるならいいが、実際には、晒し者に近いからだ。
「〇〇ジュニア、大事な場面ででエラー!」
 その時ぼくがトイレで鬱になっていたのも、さきほどのエラーのせいで、翌日のスポーツ新聞にでかでかと躍るだろう見出しが頭に浮かんでいたからだった。
 ”ドッキリより、ひどい…”
 そしてある決意を固めたぼくは、首脳陣と交渉し、新たな地位を勝ち取ったのだった。
 現在のぼくは、デンエンの試合に出場することはない。
 しかし、立場はプロのままだ。
 ぼくの職場はグラウンドではなくクラウドであり、ネット空間。
 その場所でぼくは、チーム・エコーの魅力をアピールし、試合参加を呼びかけ、過去の試合のアーカイブの視聴を薦める。
 さらには、両親のコネクションをフルに使い、デンエンの試合をコンテンツとして世界中に配信されるよう、ネット会社と交渉しており、その結果がもうすぐ実を結びそうだ。
 ぼくは、”デンエン・プレイヤー”ではなく、世界初の”インフルエンサー・プレイヤー”、”プレイする広告塔”ではなく、”プレイもできる広告塔”になったのである。
  
  
 
 

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