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2020年のデザイントピック10

先日のAXIS DESIGN RADIOで、僭越ながら2020年に特に印象に残ったデザイン10点を選ぶ機会があり、2021年1月6日まで限定公開されています。
https://www.youtube.com/watch?v=JDaK9g_LDug&feature=youtu.be

そして下記、そこで挙げたものをあらためて紹介します。なお1〜10と番号をつけているけれど順不同、ラジオでのコメントからは大幅修正更新しているのでご了承を。

1. New York Times / May 24, 2020

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新型コロナウィルスによるパンデミックは未曾有の災厄であるとともに、さまざまなクリエイションの発端になっているが、そこで生まれたデザインで特に印象深かったのがこの日のNYT。COVID-19のアメリカでの犠牲者が10万人に近づいた頃、その1%である1000人の名前、年齢、一言の紹介のみで1面(+中面の一部)を埋め尽くし、こうしたニュースに慣れつつあった人々にその脅威をあたらめて伝えた。発案者は同紙グラフィックデスクのアシスタントエディター Simone Landon。パンデミックに関してはインフォグラフィックスの優れた例も多く、NYTはそちらにも力を入れていたが、これは逆に文字データのみによる構成によって訴求力を高めている。ポストトゥルースの対極とも言えそう。

2. Sight Unseen Offsite Online
2020年はミラノデザインウィークはじめ世界各国のデザインイベントが軒並みキャンセルになった。5月恒例のニューヨークのNYCxDESIGNも同様だったが、NYベースのウェブサイト Sight Unseenは同時期に開催してきたイベント「Offsite」を急遽オンラインで実施。Offsiteのために準備してきた若いデザイナーや新興ブランドをサポートし、ダメージを軽減することが意図された。実際の展示のように家具や空間を体感できないことから3Dレンダリングによる演出に力を入れ(一部展示アイテムも)、デザイナーのボイスクリップを添えるなどしてデメリットを補っている。会期中、Black Lives Matterに対応して一時更新を止め、一部アイテムをドネーション付きで販売するような対応も素早かった。

3. 「Enzo Mari curated by Hans Ulrich Obrist」展/Triennale Milano

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現時点ではインターネットの情報と展覧会カタログでその様子を窺い知るしかないが、マーリと長く交流のあったハンス・ウルリッヒ・オブリストのキュレーションにより、現代におけるマーリのデザイン哲学の意義を伝えるものになっている様子。万人のための民主主義的デザインを標榜したこと、ずっと使い続けられるデザインによる環境への配慮、ものづくりにかかわる人々の尊厳の重視といった点がマーリの現代性であると、オブリストはあるインタビューで語っている。本来なら2020年春から開催されるはずだった展覧会であり、パンデミックのため会期が10月からに変更された上に、オープニングの直後にマーリが新型コロナウィルスのため亡くなったという悲報が届いた。

4. Neri Oxman「Material Ecology」展/MoMA

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ネリ・オックスマンはMITメディアラボの研究者でありデザイナー。この展覧会が開催されたのは5月から10月にかけてで、会期中にパンデミックのためMoMAも一時閉館していたはず。展示の内容はMoMAのウェブサイトで公開されたほか、展覧会と同名の書籍に収録されている。彼女のチームのクリエイションは、デザイン、建築、アートを網羅しながら、そこに生物の仕組みを介在させる。単に形態を模倣するのではなく、ミクロの生成をテクノロジーによって再現したり、生物の働きを人工物に融合させたり。その発想の多様さと豊かさ、そして生み出されるものの審美性に圧倒された。やはり現地で観たかった......。

5. CELINE HOMME / SUMMER 2021「THE DANCING KID」
TikTokに熱中する若者からインスパイアされたという、エディ・スリマンによるCELINEのメンズコレクションで、7月に動画で一斉配信された。ステイホームによって人々のコミュニケーションの総量が大きく減った時期、それをものともせずにポジティブに表現する世代のエネルギーを、服、映像、音楽によって表現したものと位置づけられる。その服を身につけるかどうかにかかわらず、多くの人に刺激を与えるモードの力を久々に感じることになった。

6. #blackouttuesday
アメリカのレコード会社に勤めるふたりの女性の発案で、Black Lives Matterに関連して通常の仕事をストップし、BLMへの賛同を示した「#TheShowMustBePaused」が発端だという。2020年6月2日(火)のインスタグラムでは、世界中の無数の人々が「#blackouttuesday」のハッシュタグとともに黒一色の画像を投稿した。普段はほとんど政治的な投稿をしないデザイナーやブランドも、この時は次々に倣っていたのが印象的だった。もっとも #blackouttuesday には非難の声も多く、シビアに活動する側からは当惑のコメントがあったのも確か。しかし差別に反対する意志が黒い四角に象徴され、可視化されて大きな存在感を示したことが、数々のアクションにつながった面もあると考えたい。

7. NIKE CM 「動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn't Waiting.」
ナイキによるショートムービー風の約2分間のCMで、差別を含む人間関係〜いじめに苦慮する3人の少女が、サッカーに打ち込むことで壁を超えていく。制作を担当したW+Kは、この世代から話を聞いていちばん変えたいことがいじめの問題だと知り、それが反映された。クライアントワークであってもクリエイティブの世界にいる人々が10代のリアルな声に耳を傾け、彼らを勇気づける表現を(つくり手もまた勇気をもって)発信する意義は大きい。その背景には世界的なBLMへの関心の高さや、#blackouttuesday などによって示された差別に関する意識の変化があるだろう。

8. Formafantasma「Cambio」展/Serpentine Gallery

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コンテンポラリーデザインを代表する2人組であるフォルマファンタズマが、木をテーマに制作したエキシビション。2020年3月にスタートしたがパンデミックのため一時休止、会期を延長して11月まで開催。その種類や性質から歴史、産業としての役割など、木について行った広範にわたるリサーチと考察の成果を見せるもの。アンチプラスチックやCO2削減の流れの中で、木のポテンシャルは広く見直されているが、フォルマファンタズマは木と人との深い関係を多面的に捉えながらそのヴィジョンを暗示する。個人的にはミラノデザインウィーク取材の前に足を運ぼうと考え、航空券やホテルまで予約しながら叶わなかったのが本当に残念だった。

9. Norm Architects
今年、特に活躍したデザインスタジオとして。コペンハーゲンで2008年に設立され、建築、インテリア、プロダクト、エキシビション、アートディレクションなどを幅広く手がける。木や石はじめ天然素材を多用し、穏やかな色合いやテクスチャーを好むタイムレスな作風は、北欧を中心とする現在のインテリアの一傾向であり、彼らはそれを代表する存在。一貫したテーマはソフトミニマリズム、つまり無駄なくシンプルだが優しさやあたたかさをそなえている。代表作に、彼らがディレクションする「MENU」の店舗、ホテル、カフェなどで構成されたリノベーション空間「THE AUDO」(2019)ほか。個人的には、今年ほぼ唯一の海外取材になったストックホルムファニチャーフェアに際して手がけた「Sculptor’s Residence」というインスタレーション形式の展示会がよかった(スタイリングはノームの一員 Linnea Ek Blaehrによる)。日本でのプロジェクトも増えている。

10. Francesca Torzo「Gestures “These Are Only Hints and Guesses”」展/Maniera
フランチェスカ・トルゾはイタリアの新進建築家で、デルフト、バルセロナ、メンドリジオ(スイス)、ヴェネツィアの大学で建築を学び、Peter ZumthorやBosshard Vaquerの建築事務所で経験を積んだ。言葉で表現しにくい作風だが、ツムトーやヴァレリオ・オルジアティと比較して評されていたりもする。マニエラというブリュッセルのデザインギャラリーから彼女が初めて発表した家具コレクションは、建築と同じアプローチでデザインされたといい、構造や素材の用い方などそれぞれに独創的だが、その個性が一定の抑えたトーンで調和している。作品によってはアラブやアジアなどの様式も参照されているようだ。彼女の起用したマニエラの視点も、また鋭い。

11. Design Emergency: Paola Antonelli and Alice Rawsthorn
次点として挙げたいのは、デザイン評論家のアリス・ローソーンとMoMAシニアキュレーターのパオラ・アントネッリによるインスタライブのシリーズ「デザイン・エマージェンシー」。パンデミックの緊急事態を機にスタートしつつ、人権や環境など幅広い課題を取り上げ、それらのために活動する人々と週1回トークを行なっている。これまでForensic Architectureのエヤル・ワイツマン、ナイジェリアの建築家Kunlé Adeyemi、パキスタンで遠隔医療を広めるSehat Kahani、福祉5.0を提唱する社会学者のHilary Cottam、インフォメーション・デザイナーのFederica Fragapane、有名な新型コロナウィルスのイメージを制作したAlissa Eckertらが登場。その人選がローソーンとアントネッリの先見性と人脈を感じさせる。ふたりをゲスト・エディターに起用した「Wallpaper*」も評価したい。と、きわめて意義のある活動に違いないが次点にしたのは、自分の英語力ではその恩恵を享受しきれないから、というのが理由。

こうして選んだ10+1件は、あまり時間をかけて考えたわけではないので漏れたものもあるかもしれないが、2020年のいちおうの記録として投稿することにした。ちなみに去年は同じような企画に挫折した経緯があり、ローソーンによる「Design in 2019」に絡めて過去の投稿にまとめている。

あとAXIS DESIGN RADIOの終盤では、編集者の廣川淳哉さんから、先日のCasa BRUTUS(2020年12月号「居心地のいい家具」特集)では家具についてたくさん原稿を書いていたけれど、それとソーシャルなデザインとの関係について尋ねられた。放送ではうまく答えられなかったが、家具とは(あえて言うなら)ライフスタイルと(あえて言うなら)エコロジーの接点のデザインでもあり、そんな意味で興味の対象としているところが大きい。

そして今年も気になるローソーンによる「Design in 2020」。下記が第1回で、12月28日まで7つのトピックを選んでいる。
https://www.instagram.com/p/CJDad8hhiiL/
今年は著名なデザイナーがかかわったものよりも、より実効的な実践を行う人々や草の根的なものづくりが選ばれている。ソーシャル・ディスタンシングのために宋時代の役人の帽子を模して中国の小学生が手づくりした帽子や、Design Emergencyでも取り上げたパキスタンの医師Sehat Kahaniの活動など。前述のHilary CottamやAlissa Eckertへの言及もある。今年のように大きな変化があったからこそのセレクトであり、またこの視点は今後さらに重要になっていくと思う。現代のデザインを語るためには、いっそう広い視野と即時性をもたなければいけないということ。

さらに蛇足かもしれないが付け加えると、自分の選んだものもローソーンが選んだものも、ジェンダーバランスについては女性のほうが多い。自然とそういう時代になってきている。


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