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誰がために数字は回り、誰がために陽は灯るのか

文句を言わせてくれ。「回す」について。アイドル界隈を身近に置いているとよく見かけるこの言葉の悪夢について。

「回す」とは、動画サイトにアップされたMVや動画、動画配信サービスで公開されたTV番組、これらの視聴回数を稼ぐためにファンがこぞって繰り返し視聴することを指す言葉である。その目的は主に数字による説得力の獲得なのだが、そこに込められる意味は多様である。

最近で言うと日向坂46 齊藤京子が卒業公演を執り行うその日までに彼女がセンターを務めた楽曲のMVの1000万回再生達成を目指し、それを以って彼女の卒業を祝賀する#月星1000万回再生チャレンジがファンの間で行われていた。YouTubeの仕様を解説して再生回数に反映される方法・手順をまとめたガイドが頒布されるなどして真剣に敢行されていたのを、わたしは遠巻きに見守りつつ微力ながらMVを1度だけ再生した。

このチャレンジは残念ながら卒業公演に間に合わなかったのだが、ちょうどこれを書き上げた頃に無事達成されたとの吉報が届いた。がんばったファンの皆々様方、本当におめでとうございます。

この「回す」という応援行為は特にK-POPの界隈で熱心に取り組まれてるようで、「MV回し」が推しの歌割りやカット割りに影響するシビアな一面があるそうだ。とくに公開後24時間が勝負らしく、いくつものデバイスを駆使して再生回数に貢献するのだという。

なんといってもこの「回す」という応援の最大の強みはお金がかからないところだ。今や誰でも持っているスマホ1台あれば、今すぐに参政権を得られる。お金がない学生でも気軽に応援が可能になる。

数字の説得力が絶大であることに説明はもはや不要だろう。テレビの視聴率、ラジオの聴衆率、来場者数、利益率……数字という事実は感情に左右されずデータを浮き彫りにする。ビジネスにおいて数字を参考に失敗確率の低い手段が採用されるのは自然であり、その原理にファンがつけこんで利用するのは冴えたひとつの方法である。

それでも、わたしはどうしても納得がいかない。アンバランスだからだ。例えるなら自転車を必死に漕いで発電したその電力を他人が使用する関係の歪さが「回す」という応援方法にある。推しかファン、どちらの味方かを問われたならば、わたしはギリギリまで悩み抜いた末にファンの味方でいたい。

とどのつまり「回す」という方法は、お金ではなく時間を対価に差し出すことで成り立つ応援の仕方である。「お金を払わせてくれ~~~」と何でもかんでも代金を差し出そうとする換金主義も好きではないが、増減可能なお金の代わりに不可変な時間を差し出す(差し出させる)構造はことさらに忌み嫌っている

さっそく矛盾するようだが、時間を差し出すくらいならお金を差し出した方が良い。単純計算だが例えば1時間に、5分のMVを回したなら12回再生できるが、東京都の最低賃金で働き、その賃金を丸々グッズの売上にすれば1113円の売上が立つ。12と1113、どちらが数字として大きいかは一目瞭然だ。けっこう割に合わないな。

ズレた比較であることは百も承知だが、ここでいいたいのは、先も述べたように増加が可能なお金という資産の献上と不可変な時間という資産の献上には大きな違いがあるということである。

時間は平等だ。アイドルだろうと、ファンだろうと1日は24時間であるこれは絶対的事実である。ということは、あなたがアイドルの時間を貴重だと思うならばあなたの時間もまた貴重なのだそこに貴賤は一切ない。推しの為に、と容易く売り渡してはいけない。

ながら見するから問題ない、と言われるだろう。たしかに、必ずしも画面を見てる必要はないので、デバイスで再生して放っておけばタスクの邪魔をされす再生回数に貢献できることができるだろう。しかし、デバイスが再生に拘束されることには変わりないし、片手間とはいえ集中力のリソースだって割かざるを得ないはずだ。応援のために生活がゆるく拘束されている状態は果たして健全と言えるだろうか。わたしは言えないとおもう。

こんな不健全な応援方法はとっとと廃れてしまえばいいと常日頃から思っているのだが、厄介なことに数字を上げる事は実に手っ取り早く合理的で成果につながりやすい。

問題なのは、先の自転車発電の例えのように、その人の努力がその人に還元されないところにある。その人が万感の思いを持って、応援のために再生回数に貢献したところで1は1である。推しが消費されるよりも先にファンが消費されてしまう。これでは応援する人があまりにも報われないとわたしは思ってしまうのだ。

だったらば楽曲や映像の魅力を自分なりに考えて調べてみて、下手でもつまらなくてもテキストやイラストや動画にして発信した方が、文章力や画力や動画編集力の向上につながる。

だったらば少しでもグッズやイベントに費やせるように少しでも多く働いた方が、仕事のスキルが向上につながる。

こうすることでアイドルを頑張る理由に、あなたの人生がわずかでも豊かになるはずだ。応援によってアイドルの人生もあなたの人生も豊かになることこそがわたしの理想とする推し活の在り方だとおもうから、こと「回す」という歪な応援方法についてはわたしは支持しない。

もう一度お願いさせてください。あなたの貴重な時間を無機質で無感情な数字として容易く売り渡してはいけない。あなたの好きな人も、あなたも、豊かに、そして幸せになるべきだ。

おしまい。


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