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夕焼けに染まる温泉ホテルと若妻と娘と異国のパパ

海岸に面した温泉宿に泊まったんだ。
外湯の温泉風呂からも海が間近で、その向こうには観光地で有名な半島が鮮明に見えた。
五右衛門風呂は温度が低めでいつまでも入っていられた。
冬の澄みきった日中、透き通る景色を眺めながら休暇のミニ旅行を楽しんでいると、隣の五右衛門風呂にたくさんのお湯をざばばーと溢れさせながら入る人がいた。
景色に見惚れていた僕は、不意のざばばーんに驚いてそちらを見やった。
目が合う。
青い目をした頭の薄い異国の人だった。
「こんにちは」
少し睨むように顔を向けてしまったのをごまかすように僕は瞬間的に笑顔を作り挨拶をしていた。
「コンニチハ、オフロイイデスネ」
異国の人は毛の生えた胸を擦りながら答えた。
「ホントニニホンノオンセンサイコウデス、ケシキモ Verry Cool!!」
「さんくす」
親指を立てる異国の人に対して僕も親指を立て、日本人を代表してお礼を言っていた。

夕食と言ってもまだ早い午後5時、酒が飲みたくて入ったホテル内のレストラン。
僕はじゃこのサラダを注文し、生ビールを楽しんでいた。
最上階にあるそのレストランからも海が見え、浮かぶ船の数を数えていた。
そこにハイティーンと思われる女の子が3才くらいの女の子の手を繋ぎ窓際のテーブルに並んで座った。
どう見てもこの場にそぐわない2人が気になった。
小さな子はホテルの土産売場で買ったのであろう、魚のぬいぐるみを大事そうに抱えて笑顔を見せている。
微笑ましいそちらのふたりに意識を向けていると、先ほど風呂で一緒になった異国の人がレストランに入ってきた。
僕に気がつくと彼は軽く微笑み、通り過ぎていった。
そして彼はふたりの向かいに座り、一言二言なにか喋ったあとウエイターを呼んだ。
お父さんと娘ふたりかな、などと想像しながら外の景色に目を向ける。
太陽はだいぶ西に傾いてきており、もうすぐ綺麗な夕焼けが見られそうだ。
僕は生ハムメロンを注文し、赤ワインと合わせた。

窓際では女の子ふたりが大人しくステーキを食べている。
ハイティーンの女の子が甲斐甲斐しく小さな女の子の世話をしている。
異国の人はタブレットの画面に夢中で、たまに思い出したようにビールを啜っている。
何か変な組み合わせだと思っていると、小さな女の子が「パパー」と異国の人に向かって呼びかけた。
異国の人は何の反応も見せない。
ハイティーンの女の子が緊張した表情を見せながら、小さな女の子に向かって何か言っている。
「じゃあママ遊んでくれる?」
その言葉に僕は少し驚いた。
歳の離れた姉妹だと思っていたら 母子だったようだ。
いや、この母子だけだったらあり得なくはないだろう。
しかし異国の人は50歳くらいに見えるし、ハイティーン(に見える)の女の子も小さな女の子も肌の色は白いながらも顔の作りは日本人のそれにしか見えない。

相変わらず異国の人はタブレットの画面を見つめている。
まるで向かいのふたりには何の興味もないように感じる。
ハイティーンのママは女の子とふたりきりの時より明らかに緊張しているように感じる。
僕の視線に気付いた小さな女の子が僕に向かって手を振る。
僕も手を振り返すとママがこちらに小さく頭を下げる。
僕もお辞儀を返す。
僕が支払いを済ませ席を立とうとすると女の子が「バイバーイまたね」と元気に手を振る。
僕も振り返って手を振る。
ママも小さく手を上げかけて、異国の人の視線が気になりその手をおろした。
夕焼けが差し込んで彼女の頬をピンクに染めていた。

それにしてもふたりの女の子は可愛いかった。
部屋に戻った僕はベッドに身を沈めながらあの家族について考え、想像した。
ハイティーン(に見える)のママは中学か高校の始めくらいに純粋な日本人の男との間で妊娠してあの女の子を産んだのではないか。
その男とは早々に離婚して(或いはそもそも籍を入れていなかったのかもしれない)生活に困っていたのではないか。
収入を得るために渋々働いていた夜の店で、ちょっと金を持った異国の人に気に入られ、お金のために(ここ重要)彼と一緒に生活を始めたのではないか。
しかし初めは優しかった異国の人も連れ子には関心がなく寧ろ邪魔で、DVがあるのではないか。
そして夕焼けに染まった彼女のあの上げかけた手は、僕に助けを求めていたのではないか。
いや、そうだ。そうに違いない。
彼女は絶対待っている。僕の助けを。

僕はベッドから飛び起きると、鼻息荒く部屋のドアを開け廊下を走った。





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