見出し画像

七つの子(1)


何故ぼくは今、こんな所にいるんだろう。

何故こうなってしまったのか。


ぼくは、死ぬほどつまらないと思っていた、

この高い塀の向こうの世界で

もう一度、自由に生活することを夢みている。

同じ青い空の下でも、

ぼくがいるこの高い塀の中と

外の世界では、

これほどまでに違う。


もしも神様が本当にいるのなら、

どうか時を戻して欲しい

あの日まで。




そう。

原因はすべて、

あの、鮮血のように赤い

車を手に入れた事だった。



♦♦♦♦♦♦🚌♦♦♦♦♦♦


世の中なんて、くだらないことだらけだと悟ったつもりになっていた、高校を卒業したばかりの浪人生だったぼく。

予備校に通いながら、夜は居酒屋でアルバイトをしていた。


ぼくがまだ小学生の頃、母親は男をつくってこの家を出て行った。

それからはずっとサラリーマンの父親と2人暮らしたった。


母親は小さなスナックでホステスの仕事をしていた。

ぼくは毎日のように、少し空が明るくなってくる時間に、母親がドアの鍵をガチャガチャと乱暴に明ける音で目を覚ますのだ。

ハイヒールが転がる硬く乾いた音。

ふらふらと壁にぶつかる度に聞こえる地響きのような揺れと音。

母親のむせるような変な咳をする音。

そういう時、ぼくは隠れるように布団を被って、音が止むのをひたすら待つのだ。


ぼくは母親に抱きしめてもらった記憶がない。

実際には当然あったのだとは思う。

だけど覚えていない。

母親からの普通の愛情というものを求めていたのかもしれない。

そういう意味では、母親という存在にコンプレックスをもっていたことになる。

ぼくはマザコンだ。


あの人が家に帰って来なくなり、父親との2人きりの生活は平和だった。

特にグレることもなく、高校を卒業した。

学校でもそれなりに仲の良い友達は数人いたし、テストの成績も良いとは言えないにしても赤点をとる事はなく、ごく普通の生徒だったと思う。地味ではあったが。


酒の呑み過ぎで体を壊し、母親が亡くなったと聞いた時、ぼくは何も感じなかった。

か~ら~す~ なぜなくの~ カラスはや~ま~に~♪

という童謡がただ、頭の中を流れていた。

あの歌のタイトルってなんだったかなぁ。

“カラス„かな。

んっ ちがうなぁ。

まあどうでもいいけど。



♦♦♦♦♦♦🚌♦♦♦♦♦♦


そうそう、赤い車の話しだった。


ぼくは高校を卒業してすぐ、父親が出してくれたお金で車の教習所へ通い、運転免許証をとった。

そしてネットで調べた中から、中古の赤い車を選んだ。

家からちょっと遠い場所にある中古車販売店までは、父親が運転する車で向かった。


中古車屋に到着すると、目当ての車はすぐにみつかった。

外観はたいした傷もなくピカピカの状態だった。


「お前が赤い車を選ぶなんて意外だなぁ。しかも軽自動車なんて」

って父親に言われたけど、昔からぼくは赤色が好きだった。

そりゃあ服で赤色のなんか着てたら目立ってしまって仕方ないから選びはしなかったけど、不思議と赤い物を見ていると気持ちが落ち着くんだよね。

軽自動車にしたのもそう。狭い空間の方が落ち着くから。どうせ1人で乗るんだし。


お店の人が来て、鍵を開けエンジンをかけてくれた。

「中の方もご確認ください」

と言われ、運転席へ座ってみた。

何を確認したら良いのかよくわからなかったけど、車内を眺め回しながら店の人の説明を聞いた。

それにしても、前に乗っていた人の化粧品の匂いなのか、芳香剤の匂いなのか、とにかく女くさかった。

まあ、臭いはそのうち無くなるでしょう。

特に問題も無さそうだという事で契約の手続きをしたんだ。


保険の事やらまどろっこしい説明がようやく終わると、父親は自分の車で先に帰って行った。

ぼくは中古車販売店を出ると、すぐ近くのコンビニの駐車場へ車を乗り入れた。

カーナビの設定をしたかったからだ。

カーナビの説明書を出してみるが、車本体の説明書より数倍の暑さがあるそれは目を通す気にもなれず、すぐにダシュボードの中へしまった。

実際、適当に操作してみればだいたい使い方は解った。

テレビやラジオの設定を確認し、ナビゲーションに自宅の場所を設定しようとした時だった。

画面の《自宅》と書いてあるところをタッチしてみると、既に違う住所が登録されていた。

一瞬、えっ と戸惑ったけど、中古車だから前に乗っていた人の住所か。なーんだ当たり前か。って 当たり前じゃないだろ。売る前に消しとけよ。まったく不用心だなー。っつーか中古車屋の人も消しておいてくれないのかなー。こういうの。ちょっとヤバいよね。ぼくだから良かったものの、変な人だったら家バレちゃうよ。ストーカーされちゃいますよ。自分が売る時にはナビの履歴消すの忘れないようにしなくちゃだね。

なんだか消してしまうのも悪いような気がして、これまたそのまま残っていたミュージックの履歴から、女性Kポップグループの曲を流しながら帰宅したのだった。



♦♦♦♦♦♦🚌♦♦♦♦♦♦


【つづく】




続きはこちらからどうぞ( ゚∀゚)つ





この記事が参加している募集

最近の学び

ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀