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七つの子(3)


所要時間15分。ナビに表示された。目的地は画面の上の方にあった。

ぼくがいま乗っている赤い軽自動車の、前の所有者の《自宅》までそう遠くはなかった。


信号で止まる度に残り時間が減っていくのを確認した。ちょっとドキドキわくわくしてきた。

ミュージックの履歴の中から、適当に選んでかけてみる。知らない曲だった。日本人だと思われる男性ボーカルの、妙にせつなく甘ったるい声が車内を満たしていった。こんな気分ではないけれど、他のを選ぶのも面倒だったので、そのままにした。


「まもなく目的地付近です。お疲れ様でした」

角のコンビニを曲がった住宅街で、女性の声のナビが目的地到着を教えてくれた。

「お疲れ様でした」

ぼくも頭を下げながらナビの働きを労った。

車を道路の端に寄せて停車させた。

デジタル時計で実際にかかった時間を計算してみると、14分だった。

辺りを見回してみる。

大きくも小さくもない、よくありがちな家が並んでいた。ウチはおんぼろアパートだから偉そうには言えないけど。

ここに車を停めておくことも出来ないので、少し先のT字路でUターンして、さっき曲がってきた角のコンビニへと車を置いてくることにした。

車をそのまま駐車させてもらうのも悪いので、コンビニでフルーツ味の飴を買った。

袋を開け、中からブドウ味を選び口に放り込んだ。残りはコンビニの白い袋に戻して左手首に掛けた。

さーてと どのおウチかなー。

黒く細長い犬を連れたお婆さんが、道の反対側から歩いてきた。犬は胴体も4本の足も全てが細く、歩くのだけでも大変そうだった。お婆さんの方は栄養状態が良さそうな体つきをしていた。

「こんにちは」

お婆さんが挨拶してくれた。

「こんにちは。ワンちゃんかわいいですね」

「まあ、嬉しい。そうなのよ。かわいいでしょ。私、この子だけが生きがいなのよ」

お婆さんはそう言って、犬を抱き上げ通り過ぎていった。

お婆さんの肩越しに顔を出している犬に向かって手を振ってみるが、特に反応はなかったので、さっきの《目的地付近》へと歩き始めた。


ホントに助かることに、塀に住所を埋め込んでくれてある家が何軒かあった。

右側の並びに、ナビの住所とひとつ違いの住所が書かれた家があった。少し手前の住所から察するに、この家の向こう隣が《自宅》であろう。


「ここかー」

その家は、塀も2階建ての建物も白く塗られていた。2階のベランダには小さな子供の服やらタオルやらが、風に揺れていた。

表札を確認すると、名字の右に4人の名前が書かれていた。おそらくお父さん、お母さん、男の子、女の子なのだろう。

ふーん。ごく一般的な家族みたいだな。

車の駐車スペースには車はなかった。お出掛けしちゃってるのかな。

まあ《自宅》も見つかったことだし、この遊びもおしまい。

さーてと。おうちに帰りましょーっと。

あっ そーだ。小さい子がいるんなら、このアメちゃん置いてってあげよーっと。


ぼくは左手に提げていたコンビニの袋を、塀に埋め込まれた郵便ポストに入れ、コンビニに置いてきた車へと向かった。


子供たち、喜んでくれるかなー。ママ これ誰がくれたんだろう。やさしい人だね。なんて言ってくれるかなー。

なんか足長おじさんになったような気分で顔が弛んだ。


ニタニタしながらコンビニに向かっていると、さっきすれ違ったお婆さんがまだ犬を抱いたまま戻ってきた。

「ワンちゃん いいねー。抱っこしてもらっちゃって」

「この子ったら、自分で歩くより抱っこされてる方が好きみたいなのよ。もう本当に甘えん坊さんなんだから」

「ワンちゃん またねー」

ぼくは笑顔で手を振ってから、車の鍵をリモコンで開けた。


帰り道のアパートまでのナビ設定をしようと思って《自宅》をタッチしたら、

「ここをまっすぐ150メートル先が目的地です」

とナビに言われ、

「知っとりますがな。冗談ですよ。冗談」

って ナビに対して照れ笑いした。

今度は《新規目的地》に自宅の住所を打ちこんで、ナビに従って車をスタートさせた。


帰りの高速で空が淡い赤に染まってきた。

あー。夕焼けっていいね。落ち着きますね。なんて思ってたら


ゆうやーけこやけえの あかとんぼー おわれーてみたのおわあ いつのおひいかー

なんてまた歌っちゃってたね。


これは〈赤とんぼ〉でまちがいないでしょ。

しかし、〈おわれてみたのは〉って 赤トンボはこっちが追いかけるもんだろ。追われてみるって、どんなプレイなんだよ。蜂でもあるまいし。

それから確か〈15でねいやは嫁に行き〉みたいな歌詞も入ってたなー。ウチの母親は19歳でぼくができてから結婚したって言ってたから、それよりもずっと早いな。「お前んちお母さんは若くていいよな」なんて友達に言われたりしたけど、ぜんぜん良くなんかねーよーだ。あんなバカ親なんか。欲しければくれてやるよーだ。なんて、もう死んじゃったけどね。



♦♦♦♦♦♦🚌♦♦♦♦♦♦


一週間後の土曜日。

またぼくは白い塀の前に立っていた。

アメちゃんあげて喜んでいる子供の顔を想像してたら、顔を見たくなってしまいどうにもしかたなく、車を走らせてしまっていたのだ。 


男の子はメロン味が好きかなー。それともぼくと同じブドウ味かなー。女の子はやっぱりイチゴ味なのかなー。



【つづく】

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