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恋愛の期限

「恋愛していられる期間なんて1年半から長くてもせいぜい3年くらいらしいよ」

同じ部署の飲み会のあと、まだ少し飲みたくて入った落ち着いた雰囲気のバー。
カウンター席の隣に居るのは同期入社の笹山だ。

「大概、恋愛を始めて1年半くらい経つと気持ちが冷めてくるように出来てるんだって。恋愛ってね、段々と人間を駄目にしていくの。そう、心も体も。子孫を残すために必要なことではあるけれど、ある意味バグを起こさせているようなものだからそれが長期間続いたら心身共に異常をきたしてくる。人間て複雑な生物だから他の生き物みたいに時期がきたら自然に卵を作ったり、雄が牝にぷつっと挿してはい出来上がり、って簡単な訳にはいかないでしょ。いっそその方が楽なのになんて私なんかは思うんだけど。でね、人間にはある程度の間だけ子供を作りやすくする期間が設けられてるんだって。遺伝子なのか神様なのか知らないけれど、だから内海君とこの夫婦関係が冷めてきたって当然なことなんだよ」

彼女はそう一気に話し終えると、ロンググラスに入った水色の液体で喉を潤した。
私の何気なく発した夫婦生活へのたわいもない愚痴に対しての思わぬ方向からの解答に少々面食らった。

私たち夫婦は高校時代の同級生で、同窓会で再会し付き合い始めその1年後には籍を入れた。
それが私たちが29歳の時。
そしてもうすぐ10回目の結婚記念日を迎えようとしている。
子供は2人。
上の子は8歳。まだお互いに求め合っていた時期に出来た子だ。
下の子は5歳。上の子の出産後、しばらくレスが続いたのだが、子供ひとりでは可哀想だからと狙い打ちで日にちを決め、儀式のようにして出来た子だった。

私はその1人目の子が出来てからのことを半分冗談で笹山におもしろ可笑しく話したつもりだった。

「まあそれでも違う愛の形はあるさ! 今度の結婚記念日にはパーッとロマンチックな雰囲気でも作ってあげなよ」
彼女は私の肩をおもいっきり叩いたあと、自分の出した結論に満足そうな表情で頷いていた。


彼女の意見に従ったという訳ではないが、私は結婚記念日に都内の高層ビルにある高級レストランに予約を入れた。
子供たちは自分の両親に預け、何年かぶりに夫婦ふたりだけの外出だ。

ふたりでワインのボトルを2本空け、高層ビルの13階にあるレストランの外のガーデンを眺めていた。
その頃には久々のふたりきりでの緊張感も解け、付き合い始めた頃の新鮮な感覚を思い出していた。
「こちらから外のガーデンに出られますよ」
ウエイターが気をきかせて声をかけてくれる。
「行ってみましょう」
妻がそう言い、ふたりで席を立った。

非常口のようなドアから外に出ると冷たく強い風に煽られ、咄嗟に妻の肩を抱いた。
1メートルくらいの高さの木が並んで植えられたガーデンをゆっくりと歩く。
ライトアップされた木々の間から街の夜景が見える。
「きれいだね」
妻の言葉に頷く。
若い頃ならキスをするタイミングだ。
なんてひとりで思いながら苦笑すると、
「今、キスした方がいいのか考えてたでしょ」
と、すかさず妻に言われた。

私の右手を妻が左手で握る。
「いつもこっちだったよね。反対の手を握ったら『利き手は空けておきたいから』なんて言ってたもんね」
さっきのウエイターがデザートの苺が乗ったスフレケーキとエスプレッソをガーデンの真ん中にあるテーブルに運んでくれる。
「寒くはありませんか?」
ウエイターの問いかけに
「寒いくらいが丁度いいの」
と妻が答える。
ベンチに腰掛け、身を寄せ合いながらケーキを食べた。

エスプレッソを啜っていると妻が突然、鉄の柵に向かって走り寄っていった。
鉄柵に掴まりながら下を覗いている。
「ねえ、車があんなに小さく見える」
私も妻の方へと歩み寄る。
「こうして見るとなんだか私たちだけ普段の暮らしとは別の時間に居るようだね」
私はそれには答えずに、違う妄想をしていた。
今、妻の体を持ち上げてそのまま下に突き落としたらどうなるのだろう。
すると妻は笑顔でこちらを振り向いた。
「あなた今、私をここから突き落とそうと考えてたでしょ」
驚いた顔が出てしまったかもしれない。
一瞬、鳥肌が立った。
「私たち、夫婦なんだから。なんでも解っちゃうんだから」

勿論、本気で考えたのではない。
笑顔のまま私の腕にじゃれて掴まる妻は若い頃のようだった。
でも、もう昔の彼女とは違うということを私はよく知っているし、それ以上に妻は理解した上ではしゃいでみせているのかもしれない。






❮おわり❯

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