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七つの子(6)


1週間後、彼は本当にぬいぐるみを持って現れた。


玄関のチャイムに先に反応したのは、8歳年上の夫だった。子供達もそのあとを追って玄関へと走っていった。

夫は、休みの日の殆どは朝早くからひとりで釣りに出かけてしまうのだが、今日は天気が悪く海が荒れそうだからということで、珍しく子供達と遊んでくれていた。

夫には彼のことを、ハンカチを拾って届けてくれた人として話はしてあった。


「おーい タオルを持ってきてくれー」

わたしはタオルを持って玄関へと向かった。


「あっ こんにちは」

彼は屈託のない笑顔で、そのネコのキャラクターの手をぶらさげるように持って立っていた。

彼の髪やグレーのパーカーの肩は雨で濡れていた。

「こんにちは。これ使ってください」

彼にタオルを渡す。

「本当に来てくださったんですね」

言いながらぬいぐるみに目をやる。

ぬいぐるみも濡れていた。

彼はタオルで自分の頭を拭いたあと、ぬいぐるみを愛おしそうに拭いた。

「はい。これどうぞ」

娘にぬいぐるみを手渡す。

「ありがとう」

娘は両手で抱きしめるようにして、その大きなぬいぐるみを受け取った。

満足そうに満面の笑みを浮かべる彼。

「大切にかわいがってあげてね」

彼はそう言うと、娘の頭を撫でる。


娘が抱いているネコのキャラクターのぬいぐるみは、黄ばんでいるように見えた。どこで手に入れたものだろう。

夫も同じ事を思ったのか、わたしの方をちらっと見て、少し嫌そうな顔をしてみせた。

「お兄ちゃんにはこれ」

ジーンズのポケットから、赤いミニカーを出して渡す。

「ありがとう。これママが前に乗ってた車と似てるね」

息子は、何ヵ所かキズのついたミニカーをわたしと夫に向かって見せた。

「似てるって、赤い色だけじゃない」

どうしてこの人は、袋にさえ入っていない汚れたぬいぐるみや、キズのついたミニカーを他人の子供にあげようなんて思えるんだろう。

彼に対して、一気に不信感が湧いてきた。

「あっそうだ。あれ用意してあっただろう」

夫も彼に不気味さを感じたのか、彼を早く帰そうとしている。

「はい。ちょっと取ってきますね」

わたしはキッチンへ用意しておいた菓子折りを取りにいった。


「これ、この間のハンカチのお礼です。今日はまたぬいぐるみとおもちゃまでいただいちゃって。つまらないものですが。どうぞ」

「あー ありがとうございます。そういうつもりじゃなかったんですが、せっかくなのでいただきます。中身はなんだろう」

「クッキーだよ」

息子が答える。

「クッキーかぁ。クッキーも好きだけど、アメちゃんが良かったなー」

「あっ 冗談です。ありがたくいただきます」


「お兄さん 上がって一緒にゲームしよう」

息子が言い出した。

「これからみんなで出かけるんだからダメだよ。お兄さんも忙しいだろうし」

あわてて夫がテキトーな事を言って誤魔化した。

「残念だなー。それじゃまた今度、遊びに来るね」


「それでは本当にありがとうございました」

夫が玄関の扉を開ける。

「あっ 傘。返さなくていいですので、持っていってください」

わたしはビニール傘を彼に持たせた。


彼が出ていったあと、子供達の手からぬいぐるみとミニカーを没収した。

「せっかくお兄ちゃんからもらたのにー」

と不服そうな顔をする子供達を宥めるため、

「じゃあ、今からみんなでオモチャ屋さんに行こう。今日は特別に好きなものなんでも買ってやるぞ」

と、夫が機転を利かせた。それでなんとか子供達の機嫌をとることができた。


わたしはすぐに、ぬいぐるみとミニカーをごみ袋に入れて、庭先に放り投げた。


そういえば彼、菓子折りを渡したときに、アメちゃんの方が良かったなー なんて冗談なんだかよくわからないこと言ってたけど、なんなんでしょう。

少し前、ポストに袋が開いた飴が入っていたことがあったけど。あの気持ち悪い件とは関係ないわよね。

あれは彼と初めて顔を合わせる日より前の話しだもんね。

でもあれは本当に気持ち悪かったわ。まったく誰のイタズラでしょう。まさか毒なんか入ってなかったでしょうね。気味悪いからすぐに捨ててしまったけど。



そしてわたしは、彼がまたこの家を訪れる事があるなんて、思ってもいなかった。




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家を出て、渡された傘をひらいた。

子供達、うれしそうだったなー。

男の子が一緒にゲームしようって言ってくれたけど、上がって遊んでいきたかったなー。

でも、お父さんがちょっと怖そうな顔をしてたからなー。あのお父さんがいなかったらよかったのになー。


でもでも、お母さんから傘もらうとき、ちょっと手をさわっちゃった。わざとじゃないですよ。偶然、触れてしまったのです。お母さんの方がどういうつもりだったかは知りませんが。

顔が弛んでしまうのを必死にこらえようとするけど、どうしてもニヤニヤしてしまう。


あめあめふれふれかあさんがー じゃのめでおむかえうれしいなー ぴっちぴっちちゃぷちゃっぷらんらんらーん


なんだかウキウキして歌ってしまったよ。

蛇の目なんて見たことないけど、傘だって事くらいは知ってるぞ。

そういえば幼稚園の頃、雨がザーザー降っていた日。なかなかお迎えが来なくて、他の子達はみんなもう帰ってしまって、最後のひとりになってしまって。母親がやっと迎えにきたとき、涙が出てきて。わんわん泣いちゃったなー。

あれっ そのとき。

今まで母親に抱きしめてもらった記憶はないと思っていたけれど。

泣きじゃくるぼくに、ごめんね 待たせちゃったねー。って言いながら抱きしめてくれてた。

まったく記憶から抜けてたよ。

どうして忘れてたんだろう。

そして、どうしていま急に思い出したんだろう。

それは、あめふり だから。

なーんてね。雨はセンチメンタルな気分にさせるね。



そーいえば、最初に来たときにあげたアメちゃんの事、訊くのずっと忘れてたなー。

まっいっかー。

でも、あの菓子折りもらったときのあの冗談、通じたかなー。

あー あのときのアメちゃん あなたからだったんですね。うれしー。なんて。

アパートに帰ったら、クッキー食べようね。お母さんの手の感触と子供達の笑顔を思い出しながら。


子供たちー。待ってろよー。また遊びに行くからなー。

お母さんも待っててねー。今度はお父さんがいないときに行くねー。



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そしてぼくは、その1週間後の土曜日、あの家の軒先でゴミ袋に入れられてある、ぬいぐるみとミニカーを見つけてしまった。

こみ上げてくる悲しみ。

それを越える怒りの感情。


駐車スペースには車はない。

家には誰もいないようだ。

ぼくはコンビニの駐車場から車を移動させ、白い塀の横の駐車スペースに停めた。

幸せそうな家族の家の敷地内。

あの親子が少し前まで乗っていた赤い車の中で、親子が帰るのを待つことにした。




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【つづく】

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