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人を簡単に「排除」しなければ「多様性」が達成できると思う

1.私の高校時代がまさにそうだった

 昨日投稿した後に、自分の人生で一番楽しかった時期は高校時代だったかな〜と思いました。

昨日も書いたように、私は中学生時代に周りのテンポについていけなくなっていたので、高校は単位制の高校を選びました。
多分、全国でもかなり珍しい公立の単位制の高校でした(検索すればすぐに出てきます)
そこには多種多様な人が集まっていて、私のように学校生活に馴染めない人から、いわゆる不良の人から入学時点で様々な人が集まっていました。
それに加えて、高校に馴染めなかった人もそれなりに編入してきたしたので、あんなに色んな人が集まった環境はそうは無いでのはないかと今でも思っています。

2.頭の良い人から、軽犯罪を繰り返す人まで揃っていた

 頭が良い人もいたので良い大学に進学する人もいました。
他にも同学年で一番頭が良いというか、凄いことをしたのは簿記一級に受かった子だったかなと思います。
商業科もあったのでそのおかげだったと思いますが、でも高校生の内によく取れたなと思いました。
一番頭の良い子たちは編入組の人で、そもそも名門高校に在籍していた子が多かったので、そういう子は自力で名門大学に進学して行きました。
その子たちの多くは、学校の規律の厳しさに嫌気がさして、うちの高校に移ってきた子が多かったです。

逆に不良の子は悪気も無く、開けっ広げにどんな犯罪で金を稼ぐか平然と情報交換をしていました。
そもそもそういう子たちは悪いことをする事に罪の意識が無いように見えたので、気楽にそして平然と隠すことはしていなかったです。

3.誰も誰かを排除するようなことをしていなかった

 こんな環境だったらイジメとか起きそうだと思われるかもしれませんが、私の知る限りでは一切そういう行為を見たり聞いたりしませんでした。
不良の子もそもそも良くも悪くも罪の意識が無いので、自分が悪人だとかそういう決めつけをしていなかったので、私とも結構話をしてくれました。
その中の一人の子は習字のクラスでも一緒で、おまけに席が前後だったのでよく喋って笑っていました。

その子が善人かと言われればそうではなかったです。
体育の授業の時にその子が少しふざけて、体育教師の人に「ふざけるな!」と怒られたんですが、その子は逆にキレて体育教師と睨み合うようなこともしていました。
でも同じ生徒同士だと分け隔てなく接していました。

4.大手の銀行の中でもそういう風潮があるらしい

 この前読んだ銀行員の方の本にも、ちょっと違いますがなんとなく似ている面を感じました。
銀行員だと2〜3年で移動になるので、少しでも気に入らない奴とは仲良くしないかといったら逆だそうです。
皆んな移動・移動で、気に入らない人でも移動先でまた一緒に働く場合があるので、とにかく敵を作らないそうです。
そして移動先ですぐに環境に溶け込まないと仕事ができないので、どんな人が相手だろうが頭を下げて教えを請う姿勢が何よりも大切だったそうです。

でもやはりちょっとでも不祥事を起こしたら地方に飛ばされたり出向になったりするので競争社会ではあるみたいなんですが、でもその方は銀行員というのはチームプレイを重視するし、今の日本の現代社会は会社内でも成果報酬主義でスタンドプレーの傾向が強くなってきているが、今こそ日本本来のチーム力の利点を見直すべきだとおっしゃっていました。

私の学校と銀行の共通点みたいなものがあるとすれば、フレキシブルな所があるように思えます。
単位制なので授業ごとにクラスメイトは変わりますし、銀行でも移動が頻繁にあることで、変にギスギスした環境が生まれにくいのかなとも思いました。

なので会社でも社会でも工夫次第でいざこざや対立などが生まれない環境を作れば、色んな人が共存できる「チーム」ができるのではないかと思いました。

5.最後に

 その銀行員の方の本で一番印象に残った事を紹介します。
その方が本店に移動になった時に、主に年配の方が一日何もせず過ごしている部署があったそうです。
不思議に思っていたら、ある時からその中にまだ若い方が加わったそうです。
さすがに疑問に思ってその部署について知っている方に聞いたら、その若い方は立派に働いて成果も出してきたが、ある時にうつ病になってしまったので、その部署でゆっくりしてもらっているという事を知ったそうです。
なので年配の方も同様に長年銀行で働いて銀行に貢献してきてくれたので、功労の意味でその部署でゆっくりしてもらうためにその部署は作られたそうです。

一線で働けなくなって、役に立たなくなったら「クビだ!」と、ブラック企業なら言われてしますでしょう。ですが一見冷酷そうに見える銀行には実はとても温情主義的な一面があります。真面目に頑張って実績を挙げてきた行員を容赦なく放り出したりはしません。その点、大変面倒見がよいでのす。銀行では個人の力だけに頼らずに、チームワークや組織の力を重視しています。ですから、その中の一人が働けなくなってしまっても、全体としての力は落ちないようなしくみができているのです。だから、弱ってしまった人にも居場所を与えるようなことができるのです。

一般の企業に私はそれを求めませんが、私は日本社会にはそういう切り捨てたり用済み・能力のない人を排除するような社会であってほしくない、気に入らない人をいじめたり悪者扱いするような事を極力無くすような方向へと向かっていってほしいと思っています。
その事が、今後の日本社会の発展へとつながる可能性があると私は思っているので、違いを受け入れる重要性を今一度考えてほしいと願っています。

(出典『銀行員だけが知っている なぜかお金に好かれる人の小さな習慣』(長岐隆弘・著))

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