怒りエネルギーを馬力に換えて、わたしは前に進もうぞ
痛い。でもしっかり受け取りたい。読んでて胸にグッと来ました。
上の抜粋は、ことばと広告さんの記事からです。ホントそう。ぶんぶん頷きです。
たぶん2ヶ月前の私じゃここまで響かなかった。今だからしっくりきてる。まざまざ実感です。
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「なんで私ばっかり、碌でもないことが巡ってくるの? だって何もしてない○○さんは、おいしい思いばっか。おかしいじゃん。不公平だ。もうヤダ。ほんとイヤ」
こんな風にわたしは荒ぶる気持ちを、胸にいつも抱えてました。○○さんに向けてというよりも、人生?、世の中? そんな漠然としたものへ矛先をあて、グツグツ煮えたってて。まるで魔女の大鍋のような、体に悪そうなものを煮込んでました。
なんでそんなことをしてたか。理由は明快。隣の芝生が超青かったから。これ以上ないほど素敵で。なんなら芝刈りして整地されてるくらいに、美しくしか見えなかった。クッソーて、しょっちゅう思ってました。
具体例で説明しますね。わたしは薬剤師です。職場では薬剤師だらけ。何だかんだ言って、育ってきた環境や社会的条件とか、互いに似通ってて。だから自分と周りを比較しては、落ち込んでた。
「なんであの人ばっかり、人生回ってくの?」
「わたしだって、いい思いができるはずなのに」
正直、周りの仲間を僻(ひが)みまくってました。そうやって上手くいかない自分の世界を責めてた。
「人には人の地獄がある」
ことばと広告さんがおっしゃるこの言葉の意味、深いです。わたしが自分の身に沁みて理解したのは、ほんの数ヶ月前。
遅っっ。あなたは思ったかもしれません。どんだけ幼いんだ。まだ赤ん坊か。いえ、もう十分生きてます。恥ずかしいけど、最近ようやく気づいたデビューです。
わたしは色んな人の華々しい面しか見てなかった。たった今その人が直面してる、苦い思い、挫けそうな心には、見向きもしてなかった。
そこかしこにあるのに、どうして私は自分の目に入れてなかったんだろう。気づくようになってから、見えてなかったことが不思議で。自分に都合のいいストーリー、「わたしはしんどい、わたし以外の全員は天国」を勝手に当てはめてました。
わたしの芝も、もしかしたら誰かには青いかもしれない。自分じゃ分からない。分かればイイのになー。でもやっぱし難しそう。
だからわたしに出来るのは、目の前に来たことを受け止め、やってく。これが唯一で、大切な絶対のこと。
世界に向けて放ってた怒りエネルギーを、自分を焚きつけるエンジンの馬力に換えて。前へ進んでいきたいなと思ってるのでした。
では また
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