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高校生の頃、映画館で大人の女性に声をかけられた話

去年あたりから、ニュースで「トー横キッズ」という言葉をよく聞くようになった。
パッと聞いた感じでは「東横イン」を思い出すが、関係ないらしい。
TOHOシネマズ新宿が入っている新宿東宝ビルの西側にある「シネシティ広場」と呼ばれている広場にたむろする若者たちのことを「トー横キッズ」と呼ぶのだ、と聞いた時、あそこは確かに新宿東宝ビルに隣接してはいるけれども、位置的にあんまり「東宝の横」って感じはしないな、と違和感があった。
それでちょっと調べてみると、もともとはシネシティ広場とは反対側、新宿東宝ビルの東側の路地にたむろしていた子たちのことを「トー横キッズ」と呼んだらしく、それがだんだん集まる若者も増え、あのあたり一帯に集まってくる子たちを総称して「トー横キッズ」と呼ぶようになったらしい。
なるほどあの東側の細い路地ならビルのすぐ横だし「トー横」という呼び方はうなずける。

さて、これから書く文章は「トー横キッズ」とはまったく関係がない。
ただ「トー横キッズ」のニュースを聞き、「シネシティ広場」が「コマ劇場前広場」と呼ばれていた頃のことを思い出し、その広場を取り囲んでいた映画館群を思い出し、その中の一つの映画館で、タイトル通り、大人の女性に声をかけられた記憶を思い出した。
その話を書こうと思う。

この「コマ劇場前広場」を取り囲んでいた映画館群については以前noteに書いたことがある。

この文章を書いた時に思い出していたのは主に社会人になってからの事だったのだが、今回思い出したのはもっとずっと前、たしか高校生の頃の事。

かなり昔の事なので色々と記憶違いもあるだろうが、そこらへんは気にせず、自分の憶えているままに書いてみる。

高校に入ってから、ロックを聴き始め、映画を観始めた。
「中二病」という言葉は随分雑に使われている嫌な言葉なので使いたくないが、まあ、ずいぶん背伸びしていたことは間違いない。
背伸びしていたので人気のハリウッド映画なんかは観ない。
鈴木清順監督の「陽炎座」を観に行った。
たしか今はアパホテルになっている場所の地下、グランドオデオン?それともオデオン座だったか、とにかくそこに行った。
劇場に行くまでまったく知らなかったのだが、その日は舞台挨拶があった。

場内に入る。
そこまで満員という訳ではなかったと思う。
けっこう空席もあった印象がある。
前から10列目くらい、左端の通路際の席に座った。
しばらくして舞台挨拶が始まったのだが、始まる少し前に一人の女性が「すいません」と言ってぼくの座っていた列に入って来たので足をずらして通すと、その女性はぼくの隣の席に座った。
何か良い匂いがしたような気がした。
じろじろ見るのは気が引けたので顔も見なかったが、声からして自分よりもかなり年上、「大人の女性」という感じがした。
いくらでも他に空いている席はあるのに、なんでわざわざ隣の席に座るんだろう、と思っていると、その女性がこちらを向いて「高校生?」と聞いてきた。

え、なに、何で見も知らぬ人間に話しかけてくるんだ?
なんだなんだ?
とドキドキしながら「え、あ、はい」と答える。
するとその女性は重ねて「一人で観に来たの?」と聞いてきた。
え、どういうことだ?
なになになに?
と心千々に乱れつつ、「あ、・・・はい」と答えた。

舞台挨拶が始まった。
その後、女性は話しかけてこなかったが、ぼくは何か気が散ってしまってあまり舞台挨拶が記憶にない。
鈴木清順監督もいたはずなのだが、これは全く憶えていない。
主演男優の松田優作はぼんやりと憶えている。
その時の舞台挨拶は一人が挨拶したあと、その人が次の人を呼び出す、という流れになっていたらしく、松田優作は挨拶を終えると主演女優を呼び込んだ。
その時に松田優作が主演女優に「愛してます」と言ったのだけ良く憶えている。
ふん、ずいぶん芝居がかったことを言うんだな、と思っていると、ぼくの隣に座った女性が「すみません」と言って席を立ってぼくの前を通って通路に出た。そしてすたすたと前方に歩いていったと思ったらそのまま登壇したのだった。


話はこれだけである。
「陽炎座」の内容もほとんど憶えていない。
映画の中に出てきたホオズキだけがぼんやりと記憶の中に漂っている。


大楠道代。1946年生まれ。
18歳の時に吉永小百合主演の「風と樹と空と」でデビュー(本名の安田道代で)。
その後大映と契約し、勝新太郎や市川雷蔵と共演。
代表作は数多あるが例えば
「氷点」(1966・山本薩夫監督)
「痴人の愛」(1967・増村保造監督)
「セックスチェック・第二の性」(1968・増村保造監督)
「ツィゴイネルワイゼン」(1980・鈴木清順監督)
などなど。
1976年、「ビギ」の創設者のひとり大楠雄二と結婚し、大楠道代に改名。
「陽炎座」の時は35歳。


まあ、背伸びして、ようやく一人で映画館に行き始めた高校生があたふたしても無理はないのではないだろうか、と思う。

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