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カーボンニュートラルでレジリエントな社会の実現に向けて

東京電力パワーグリッド株式会社取締役副社長執行役員技監 岡本 浩
(本記事はSTS Forumでの講演を基にしています)

日本では、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて再生可能エネルギーの大量導入を進めており、再生可能エネルギーを最大限活用する社会への移行が大きな課題となっています。 

日本における太陽光発電の導入量はすでに約65GWで、米国、中国に次ぐ世界第3位の規模となりました。これは、日本の国土の狭さを考えると、非常に大きな数字です。国土を上から見ても、日本ほど多くの太陽光発電を導入している国はありません。 

しかし、再生可能エネルギーが急速に増えているにもかかわらず、昨年の冬から電力不足が繰り返され、そのたびにお客さまにご迷惑をおかけしています。なぜ、このようなことが繰り返されるのかと皆さまから聞かれます。 

直接的な原因は2つあります。輸入に頼るLNGの供給不足と、電力市場で競争力を失った化石燃料の発電所の廃止が進んでいることです。 

加えて、東京電力の福島事故のために政府として原子力発電の比率を可能な限り下げるとしている一方で、さらにカーボンニュートラルを目指していくため石炭・石油も減らさざるを得なくなっていること、つまり、供給の多様性への配慮が相対的に不足したのではないかということも背後要因ではないでしょうか。再生可能エネルギーの中でも太陽光発電が突出していることも否めません。 

この日本の経験は、カーボンニュートラル、再生可能エネルギーの拡大、化石燃料依存度の低減に向けたエネルギー転換が想像以上に容易でないことを示しています。 

これまでの経験から、再生可能エネルギーを最大限に活用し、将来的にカーボンニュートラルでレジリエントな社会を実現するために、重要なことが4つあると考えています。 

第一に、エネルギー効率を向上させ、一次エネルギー消費量の削減と生産性の向上を同時に実現する必要があります。具体的には、

  • 交通や熱のスマート電化によるセクターカップリングで、社会・産業全体のエネルギー効率を向上させること。

  • デジタル技術との組み合わせにより、生産に付加価値を与え、生産性を大幅に向上させること。

  • 高温・高密度の熱を必要とするエネルギー消費に、脱炭素化された電気から発生する水素などの分子を利用すること。

などです。

 次に、分散型エネルギー源として太陽光発電、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプ給湯器などの有効活用が重要となります。 

自然災害の拡大に地域社会を適応させるためには、エネルギーの分散化を進めて行く必要があります。これらの分散リソースを平常時、緊急時に地域社会で共有する仕組みが求められます。筆者の参画しているスマートレジリエンスネットワークでも、情報技術を用いて各企業の持つ分散するエネルギー、データ、ヒューマンリソースといった分散リソースがつながる基盤の実現に向けた活動を行っています*1。 

他方、エネルギー密度という点では、特に人口密度の高い日本では分散型エネルギー資源は絶対量に限りがあるため、大規模電力システムとの共存が要ります*2。このため地産地消を推進しつつ、大規模電力システムと分散型エネルギーシステムを協調させるメカニズムが重要になります。 

第三に、再生可能エネルギーだけでなく、原子力やCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術を活用する火力発電なども含めた一次エネルギー源の多様性を確保して、これらを組み合わせることで、カーボンニュートラルと安定供給の両立をはかる必要があります。  

日本のように人口密度が高く、海に囲まれた国では、再生可能エネルギーや格段に安全性を向上させた原子力など脱炭素型一次エネルギーの浮体式洋上プラットフォームを作ることも一つの可能性として検討されています(3)。将来はこのような洋上プラットフォームで生産される水素などの分子により、高温を必要とする産業を支えることができるかもしれません。 

最後に、重要なことは、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)を同時に推進することです。 

日本は、リアルとサイバースペースが高度に融合したSociety 5.0の実現に向け、官民一体で取り組んでいます。その際、エネルギーに依存する情報技術と、分散化を進め膨大な数のエネルギー機器を扱うために情報技術への依存度が高まるエネルギーとの間には強い相互依存関係が存在します。 

興味深いことに、最先端の医学・生命科学研究により、生体の血管系と神経系の極めて密接な関係性が明らかになってきました。これらは生体の中で最も重要な2つのネットワークとして情報処理とエネルギー(酸素・二酸化炭素の循環)をつかさどっていますが、明らかに密着するように協調的に形成され、その密着性によって相互に影響し合うことで、生体機能の根幹を支える基盤となっていることが理解されつつあります*4。 

従来はそれぞれ独立した学問領域であった血管系と神経系に関わる学際的な研究が、将来のSociety 5.0の基盤であるエネルギーと情報のあり方を考えるための新たな知見をもたらす可能性もあります。 

以上述べました取り組みは、日本のエネルギー安全保障に貢献するだけではありません。開会挨拶で岸田総理がおっしゃったように、日本の産学はその取り組みを実現する科学技術を有しています。これらを世界のパートナーと共有、開発、展開することで、アジア太平洋地域をはじめとするエネルギーセキュリティと地政学的安定、そして持続可能性に貢献することができると考えられます。 

そのためには、立場を越えて考え、協働することが必要です。その意味で、学際的な研究、産学連携、産業間協力、国際協力のいずれもが重要であることを強調したいと思います。

 (参考文献)

*1  https://s-reji.com/index.html

*2  竹内純子編著、伊藤剛、戸田直樹著:「エネルギー産業2030への戦略 Utility3.0を実装する」、日本経済新聞出版、2021年11月

*3  産業競争力懇談会(COCN)「浮体式原子力発電研究会報告書」2021年2月
 http://www.cocn.jp/report/45c42632047539b955658446818a95f00ec74583.pdf

*4  「神経-血管ワイヤリングの調節機構」、血管医学、Vol.14, No.3, 2013年9月