比較、過去の救済

いろんなものを見てしまった

SNS、資格の合格率、過去に関わった人たち。

恋人がほしい。
世界で唯一でいいから、絶対的な味方がほしい。
幻想なのはわかっている。でも許して欲しい。


過去との比較、他者との比較。
何者かになりたかった。
私の魅力は何だったんだろうか。
比べられる世界から抜け出したかった。
自分の力を誇示し続ける自分をやめたかった。

得体のしれない人でいたかった。


前からだいぶ、芯なんてない。
芯なんてない。
ずっと優柔不断だ。



資格の勉強をしている。
高校生でも、大学生でも取っている人がいる資格を、今勉強している。
仕事に使いたいわけじゃない。
なぜこの資格?
昔YouTubeで見たのと、最近話していた人が持っていたからだ。
何となく始めた。仕事で使いたいわけじゃない。
なぜ?その人にできるなら、私にもできるはずだ、という幻想の中にいる気がする。
あなたにできること、私にもできるんだよ、と誇示したい自分がいる気がする。
この勉強は良いのだろうか。私は私を誇示したい自分から抜け出せているのだろうか。

抜け出す必要はあるのだろうか。



ただ、今の私に必要なのは、自分のための薬。これをしていることで安心する、日課。

アルバイトだけど働いている。
人に、地域に貢献している。誰かと話して、誰かが笑っている。

運動もしている。
健康になりたいわけじゃない。
でも、身体が動く自分でいるのが、自己のイメージに近い。そうじゃない自分が好きになれない。器用な方では昔からなかった。
だからパワーと、身体の造形を、人より少し良い状態でいたい。

勉強している。これは、自分を変えるための勉強。勉強している科目それ自体に意味はないのかも。自分を変えるための勉強、やってて楽しい勉強。何かに出会っていく勉強。



私は私を信じられない。
心が折れた。というよりも、折れる心はなかった。
信じているものがないのだから。


みんな、「明日も生きたい」って思ってほしいな。
私がそれを少しでも提供できたらいいな。
そうしたら、過去の私が少し救われる気がするから。


夜に吸い込まれる前に眠る

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