ある日、声が出なくなった私の話(2019)

これは、2019年10月16日現在、未だに声が上手く発声出来ない私の備忘録である。

診断名は、声帯炎・気管支炎・逆流性食道炎。
現状、咽頭癌やポリープ、心因性失声症とは言われていません。


忘れもしない7月10日(納豆の日:私は納豆が好きである)、目が覚めると、尋常じゃない痛みが喉に集中していた。
その日は仕事が休みで、久々に学生時代の友人と会う約束もしていた。
だが、横になっていても体を起こしてみても、喉元に手を当ててみても、どうしたって喉が痛い。そして、声が出ない。

あまりにも自分にとっての異常事態に、まずは友人へ約束をドタキャンしてしまった。
その後は馴染みの耳鼻咽喉科の受付時間を調べ、部屋にあったマスクをひっぱり出しては身につけた。
私の喉はまるで火傷をしたような痛み、声帯がそのままなくなるんじゃないかという恐れ、気休めで抑えてみる左手は本当になんの意味もなかった。

これ以前に、声が出なくなることは度々あった。一年前の2018年8月あたりだっただろうか。そのときは声帯炎の薬を処方され、1〜2週間で元に戻った。

次は11月、今度は逆流性食道炎と言われ、新しい薬を飲んだ。1ヶ月弱で、声は元に戻った。

当時の私は雑貨屋で販売員をしており、声が出ないながらにレジ接客をしたり、声が出ないながらに商品補充などをしていた。
人間関係は良く、むしろ私はスタッフが大好きでお店も大好きで、ずっとこのまま働けたらいいのに…とさえ思っていた。

そんな居心地の良い職場ではあったが、私のなかに沸沸と、年齢をキッカケに今後の人生を見直すタイミングがきた。
30歳。詳細は省くが、大学卒業後からはありとあらゆるブラック企業に揉まれ(これはまた別の話でしたいと思っている)、そんななか見つけた楽園ともリハビリとも呼べる雑貨屋で、ふと思った。
私は今後、どんな仕事をして、どんな形の人生を送りたいんだろう。理想の暮らしとはなんなんだろう。

そう思い、長期間誰にも相談せず考え抜き、出した結論が『転職』だった。
長年フリーター、しかも掛け持ちすらしていた私が心機一転、ひとつの会社に従事しようと思ったのは、【30歳】という未知なる世界になにかしら期待をしていたからかもしれない。
仕事内容も接客ありきの業務のため、接客業が好きな私にはピッタリだと思った。

年も明けた2019年1月、私は転職をした。
当然覚えることはたくさんある。たくさんのスタッフの顔と名前からはじまり、新人スタッフが率先して行うべき業務、頻繁にある似たような案件。その何もかもが必死で、正直毎日激しい頭痛ととてつもない疲労感があった。

けれど私はここで、イチからはじめて、自分の理想とする暮らしに近付きたい。
そう思い、上司や先輩、後輩と共に日々の仕事を勤めていた。
新人ならではの自分の不甲斐なさはあったが、まわりがサポートをしてくれたおかげで、覚えていく仕事量も増えていったように思う。

だが、その日は来てしまった。
7月10日、喉の痛み、そして、声が出ない。

以前通った馴染みの病院へ行き、診察をしてもらい薬を処方してもらう。
声帯炎と逆流性食道炎でいうことで、それぞれの薬をもらった。
いつものようにすぐ治るだろうと呑気にしていたら、それがどうも、治らない。

7月下旬、総合病院の耳鼻咽喉科で診察を受けた。診察結果は声帯炎。
それにプラスして言われたことは、「精神的な影響もあるんじゃないかな?難しく考えすぎないで」という言葉だった。
ここで処方された薬でも、治らなかった。

8月下旬、最初の馴染みのある病院へ行った。診察結果は声帯炎と逆流性食道炎。
前回と同じような薬をもらった。変わらず、治らなかった。


かすれ声、止まらない咳、食事をすると胸焼けを起こし嘔吐してしまうときもある。
職場にいると後半2時間ともなれば、カスカス状態で、自分の喉が砂漠のようだった。
加えて痛みは続いており、なにかひとつ接客や電話をとるたび、しばらくは咳が止まらない。

自分に何が起きているのか、本当によくわからなかった。
体に炎症があるせいか同じ仕事量をしても疲労感は増し、休みの日はぐったりとしてしまう。
声の影響もあり、友人と長い時間会うことはなくなった。電話も出来ない。

そして何より、職場での惨めさを、あんなに体感するとは思わなかった。
接客に出られない自分、電話をかけられない・とられない自分。だからと言って会社の全てを知ってるわけではない、いわゆる新人…

8月は特にそれがひどく、トイレに逃げ込んでは泣き出しそうになり、深呼吸をして、オフィスに戻ったものである。
「自分はなんて惨めなんだ」と、これは正直、10月現在の今も脳内に張り付いている。

7月には、いわゆる嫌味を言われたこともあった。「まだ治ってないの?」「お酒の飲み過ぎなんじゃないの?」「私お客様対応あるから、ちゃんと他のことして?」「接客出ないんだから、レジの近くに行かないで」「そんな酷いのにどうして無理して接客でたの?」

【ひどいことを言われた】だけせめて記憶の片隅に置いておけばいいものの、今回のことに関しては、今も鮮明に覚えていることばかり。

いちいち言い返してもしょうがない。
「早く治ったらいいんですけどねぇ〜」と振る舞うことしか、私には出来なかった。


9月頭、副店長に無理を言って、10日ほど休みをもらった。
解決策がわからない今、仕事から離れ、家族や友人と離れ、完全に【ひとり】の時間を過ごした。
積ん読していた本を読み、映画館で映画を観て、好きな時間に好きな時間の量の食事をした。ヘッドマッサージにも行った。散歩にも出かけ、好きな音楽を聴きながら、美しい日没を見た。

緊張した職場復帰1日目、それでも私の声は、戻っていなった。
無理を言ってもらった休暇で、どこか良い方向へ自然治癒されるのではないかと期待した。私は馬鹿なのだ。
スタッフはそれでも、明るく迎えてくれた。

職場では接客業務や電話からはほぼ離れ、やれる仕事を全うした。
だが、新人の私にはわからないことも多く、上司や先輩に確認しないといけないこともある。

コミュニケーションをとるうえで【声】は非常に大切で、本来は、簡単である。
報・連・相を的確に伝え、問題解決の糸口をもらう。時には助けてもらう。

だが私には、それを伝えるまでに時間がかかる。そんななかお客様に呼ばれると、私以外のスタッフは皆対応する。忙しいときに限って電話は鳴り続ける。そしてお客様も列を成す。
本当はしてはいけない見て見ぬ振りを仕事中にするなんて、私は生きてきて初めてだった。

私自身が接客に出ても「は?」「え?」「なに?」と強気な語気の方は多い。
そうなってお客様のストレスが増えるくらいなら自分は出ないほうがいいと決めたのに、お客様と目が合うと揺らいでしまう。

本当は私もあなたのお話が聞きたいんです。
わざと無視しているわけではないんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。

心の中でそう呟いては、レジから見えない箇所で、別の業務を始める。
それが私の、仕事になりつつあった。


そんななか9月下旬、知り合いから、「さすがにそれは病院変えて、もう一度診てもらったほうがいいよ」というアドバイスをもらった。

でもいまさらどこの病院に行けばいいのかわからなかった私は調べに調べ、東京の総合病院へ向かった。

そこでの診断名は、声帯炎・気管支炎・逆流性食道炎。困ったことに、「気管支炎」という新たな名前が追加されていた。
次回は声の検査をします、と言われ、その日は終わった。

最近胸が苦しかったり咳が止まらなかったのは、気管支炎だったからなのだろうか?
自分の判断基準が【声が出る/出ない】になっているため、新たに追加された気管支炎がピンときていなかった。

そして先日、同病院での2回目の診察、そして検査を受けた。

検査では声の音量や発声、朗読、音域など、私にとって未知の世界だった。
言える範囲だと、通常の人の声の最大値が50ならば、今の私は20もないらしい。
そりゃあ声も届かないはずである。

そこで受けた声の衛生指導は、想像以上に徹底しなければいけないものばかりだった

・話さない
・電話をしない
・長話をしない
・騒音下で話さない
・咳をしない
・ささやき声を出さない
・埃っぽいところに行かない
・肩や首に力いれない
・ストレスを溜めない
・水分補給(1日2リットルがベスト)

…今の私に、これが出来るのだろうか?

もはや声が出なくなってしまった今、出来る仕事はあるのだろうか?
そんなことばかり、頭に浮かんでしまった。

診察では、声帯炎・気管支炎・逆流性食道炎と言われた。
先生からは力強く「絶対治る病気だから!大丈夫だから!」と言われた反面、
「ただなぁ、ちょっとフォームが崩れてるんだよ」とも言われた。
「話し方って、基本誰からも習わないだろう?」

そういえば検査の先生からも、気になることを言われていた。
「あまりにも長く声を出していないと、声帯も筋肉なので、声の出し方を忘れてしまうときがあるんです。そうなると、リハビリが必要かもしれませんね」


これまで大きな病気になったこともなく、強いて言えば過換気症候群で救急車に助けてもらったり、貧血で倒れたことがあるくらいだ。

【リハビリ】という聞きなれない言葉に、なんだかまるで、知らない言語を言われたようだった。

変わらず喉は痛い。
咳は止まらない。
胸焼けもする。

この事実は変わらない。
こんな私は今後、どうやって生きていけばいいんだろう。

風邪をひいても喉からくるタイプだけだった私が、比較的すぐに治っていた私が、まさかこんなことになるなんて、1年前は思ってもいなかったことである。

正直今はまだ、私自身が混乱している。

今月末、また病院へ向かう。



これは、自己満足の日記。

同じ気持ちの方に出会えると幸いです。