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そのインターセプトは必要だったのか?

第一印象は「体調が悪そう」だった。

「ねぇぇまだなのぉー」と猫なで声でクネクネと体を動かしながら文句を垂れる少々変わった客を相手しているその女性は右目に医療用の眼帯をしており、心なしか顔色が良くない。

体調が悪いせいなのか、単純に不馴れなのか、見た通り客が面倒臭い奴なのか、その全てか。
何か接客で問題があったらしく、その様子を険しい目付きでファーストフード店のレジの奥から見ている正社員らしき制服を着た男性がいた。

変わった客が商品を受け取り私の番が来た。目の前には体調の悪そうな眼帯の女性。同い年くらいに見える。結構可愛いなと思いながら彼女にいつもの注文を蚊の鳴くような声で伝えた。

仮にこの注文を、牛ソーマフィンとする。

すると値段を伝えられるが金額がいつもと違う。僅かな疑問を覚えながらも口頭によるコミュニケーションは苦手としていたため、その時は言われるがままに金を支払ってしまった。

暫く待った後に出てきたのは牛ソーエッグマフィンだった。
金額が違う時点で伝えるべきだったと後悔した。

この商品は牛ソーマフィンに、型に入れられて分厚く綺麗に円形で焼かれた目玉焼きが追加されている商品。一見値段相応に少し豪勢になり食べ応えがアップしている物だが、私はこれが口に合わないのだ。
分厚い白身の淡白な味が大量に口に拡がってしまうため、なんだか100%オレンジジュースを大量の水で薄めて飲んだような残念な感覚を覚えてしまう。

牛ソーマフィンは、表面がしっかりとしたマフィンに挟まれた牛ソーとチーズの味がガツンと口内に広がるのが至高。
なので私は、値段を聞いた時点で間違いを指摘しなかったこと、たぶん私の声が小さかったゆえのミスを誘発してしまった申し訳なさと、少しの「なんで牛ソーマフィンと伝えたのにエッグが増えるんだよ!」や「なんで毎度牛ソーエッグマフィンと聞き間違えるんだよ」という少しの憤りで、ざわつく胸の内を抑えながら店員に注文した商品と違うことを伝えた。

「申し訳ありません!すぐに取り替えます!」

彼女は見るからに慌て始めてしまった。
その様子に罪悪感を覚えるが、この店では二回に一回くらいのペースで牛ソーマフィンと伝えたのに牛ソーエッグマフィンにされた覚えがあった。
彼女とは関係の無いことだが、何かそういうマニュアルがあるんじゃないかと思って無視する。

牛ソーエッグマフィンの方が人気商品という可能性もあるなとも思いつつ「大丈夫、大丈夫、慌てなくて良いです、差額の金額と商品を普通にくれたら良いから」とできるだけ優しく伝えると、幾分か落ち着いた彼女がレジを操作して私に三十円程度の差額を返却しようとした、その時だった。

「きゃっ!?」
「お客様!商品の変更ですね!」

レジを操作していた彼女を無理矢理に横から押し退けて現れたのは、険しい顔で体調の悪そうな眼帯女性を奥から見守っていた正社員とおぼしき男だった。
何故にこのタイミング。今まさに円満に解決しようとしていたやり取りを最初からやり直す正社員男性の登場に私は固まった。

嘘だろ、おまえ……!

あまりにも空気の読めないインターセプトが行われて固まっていた私に、その男は「お客様!商品の変更ですね!」と機械のように繰り返し、丁寧な言葉遣いとは裏腹に真顔で見下してきた。

その店のレジは、客が立つ場所よりも一段高くなっているので店員が下向きの視線になるのは当然なのだが、その男は胸を張り顎を少しあげて、明らかに注文を聞き間違えられた客である私を厄介なクレーマー客として扱い、対人能力が低くても確信できる侮蔑のこもった目線で対応してきた。

嘘だろ、おまえ……!

「お客様!商品の変更ですね!」と繰り返す後ろでは、眼帯女性が「あの、違っ私が間違え……」と健気に、空気が読めない上に失礼すぎる正社員に訴えていたが、男は「お客様!商品の変更ですね!」と彼女を片腕で払い避けながら再度繰り返した。

店員に愛想なんて求めていない私でも絶句する接客態度だった。
再度、金額が違う時点で伝えるべきだったと後悔した。

急速に面倒臭くなった私はとっと去るために。
「いや、差額返せよ」と苛立ちを隠さずに、その男に伝えるとなんとその男は、何の返事もせずにレジを操作すると、無言で差額をカウンターの上に放り投げてきた。

嘘だろ、おまえ……!

謝罪の言葉は勿論無かった。
信じられない対応である。

繰り返すが、私は店員に注文を聞き間違えられた客である。
小さな声に問題はあったかもしれないが、クレーマーでも何でもない。こんな対応をされる謂れは全く無かった。

このやり取りは、当時通っていた学校への登校前の出来事。
レジカウンターにしがみついてメチャクチャごねてやろうかと内心思ったが、時間の余裕はそれほど無く、そこまで暴走できる性格じゃないため、遅刻と天秤にかけた末に大人しくその場を後にした。

その後その空気の読めない正社員らしきインターセプト男とは、同じ店を利用しても遭遇しなかったが、蚊の鳴くような声で注文しただけで、あんな対応してきたのはソイツだけだった。

あれで、正社員なのが不思議でならない。



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