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小説?「つまらん」

宴もたけなわのころ、同じ課の、私が嫌いなつまらん後輩・野口がおもむろに座布団から腰を上げた。

立ち上がるときに長机の縁に派手に膝をぶつけて私と佐々木くんのビールの半分くらいが机の上にこぼれ落ちた。わぁっと歓声と悲鳴みたいなものが上がる。

本人はこれもオイシイと思っているようでニヤニヤ笑っているが、全然そんなことはない。全然不味い。私と佐々木くんは黙って机を拭く。


「では、僕から一個だけ」

出たがりな野口は、別にこの飲み会の幹事でもないのに何かかしこまって話し始めた。目が爛々と輝いている。もう嫌な予感しかしない。隣の佐々木くんを横目で見ると、目がなくなるくらい微笑んでえくぼが出来ていて、つくづくいい奴&いい男である。


「憧れるのをやめましょう」

はい出たよ、ドヤ顔。うわ、好きそーーこういう話好きそーーー。世間が皆注目するような世界大会で世界一を賭けた試合前のロッカールームで世界一有名な選手が言うからこそ、こういう発言は良いのであって、都会の片隅で布っきれみたいなのを身体に捲いて生きている若者が酔っ払って掠れきった声で言ったって何もこちらには響いてこないわけで、私はこの話を聞くことをハナから諦め、ぬるくなったビールを飲むことに専念しようと思った。うん、美味いわ。冷めたトークよりぬるいビールの方が全然良い。


「ファーストフロアにゴールドチルドレンがいたりとか~」ゴールドチルドレン?堅実に地道に精算業務をこなす金子さんのこと?確かに一階の事務所の隅の方にいるけど。それでひたすら電卓叩いてるけど。Excel使えよと思うけど。「ファーストにゴールドシュミットが~」みたいに言うなよ。セントルイス・カージナルスの。メジャーリーグで三冠王に最も近い男と言われている。金子さんは誰よりも線が細いんだから。金子さんの一番好きな食べ物は「きんぴらゴボウのマヨサラダ」なんだから。ほら、今も口を細くしてコーンバターを一粒残らずスプーンで掬おうとしてるじゃないの。「まあ、ゴールドシュミットも低めの球を掬うの上手いからなぁ」じゃないんだよ。似ても似つかないんだから。やめなさい。


「僕のメンターには海部(かいふ)と敦子(あつこ)がいるし」海部と敦子!海部忠則さんと近藤敦子さんのこと?「センターにマイクトラウトが〜」みたいに言うなよ!絶対に。メンターしてる人を呼び捨てにすなよ。よく「マイクトラウト」みたいな語呂の二人にメンターしてもらえてるな、すごいなぁ君。ほら、イケオジの海部さんも開いた口が塞がらないじゃない。バサバサ睫毛の敦子さんは滅茶苦茶笑ってるし。どないなっとんねん。いい加減にせえ。


「外野にルーキー・別府がいたりとか」なに?ルーキー・別府?「ムーキーベッツ」みたいに言うなよ。新入社員の別府くんのことエグいくらいイジってる?ちょっと変わった子だから課内の人たちが適切な距離感を掴みかねてること誰も触れてこなかったのに、「外野」とかダイレクトなワード使うなよ。一番ダイレクトな言葉なんだから「外野」って。ほんとに野口嫌いだわ、最低。


そこで私は野口の話にうんざりして、今日の飲み会の一人当たりの精算金額を計算してみた。そして、ミュウミュウの財布を出した。

ちゃんと札持ってきたっけな...。千円札が一枚、二枚、三枚...オッケーあるある、今日は大丈夫。


って、ここにも野口が沢山いるじゃねえか!いい加減にしろ。




どうもありがとうございましたーーーー。

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