
自動車のメカニズム(ブレーキ編)
【はじめに】
ブレーキはタイヤの次に重要な装置で、これが無いと車は暴走します。
このブレーキのメカニズムについて解説します。
【ブレーキってなんなの?】
減速をするための装置です。
主に摩擦材によって車輪と一緒に回る物を車体に固定した装置に擦り付けることで減速します。
物理的にはブレーキは基本的に運動エネルギーを熱エネルギーに変換する装置です。
普通乗用車が100km/hで走行していて急ブレーキをかけると2リットルの水が3秒で沸騰するだけの熱が発生します。
昔のF1ではブレーキディスクが熱せられて光っている姿がホイールの隙間から見られました。
それほど熱くなります。
今は残念ながらカバーがかかっているので見えません。
【ブレーキの力】
車のパワーというと、普通はエンジンのパワーの事を指します。
しかし、車の動きを制御する機構の中で最も力がある装置はブレーキです。
映画などでホイールスピンする映像を見たことがあるかと思います。
あれは、タイヤのグリップを上回る動力伝達をした結果起こる現象ですが、特別にエンジンの力が強い車の動作です。
しかし、ブレーキの場合はどんな車でもグリップを上回る制動を実現します。
【ブレーキの種類】
自動車で使われるブレーキには主に4種類あります。
・ディスクブレーキ
・ドラムブレーキ
・エンジンブレーキ
・回生ブレーキ
このうち回生ブレーキは熱ではなく電気に変換します。
エンジンブレーキは熱に変わってなさそうですが、エンジンの部品を動かすための抵抗は大半が摩擦なので熱に変わります。
オイルポンプやスロットルバタフライの動きによる油や空気の攪拌も熱エネルギーに変わります。
【ブレーキシステムの全体像】
基本的にはペダル踏力を使って、ブレーキ装置に力を伝え、摩擦で制動力を発揮します。
ブレーキペダルから繋がっている順に詳細に並べると
ブレーキペダル→ブレーキブースター→マスターシリンダー→制御回路(ABS,ESC等)→ブレーキライン→ブレーキホース→ブレーキ装置(ディスクブレーキ/ドラムブレーキ)
です。
が、回生ブレーキは違います。
イメージ的にはエンジンブレーキの強いやつです。
タイヤの回転はドライブシャフトを伝わってパワートレインに伝わり、パワートレイン内の発電機(or モーター)によって電力に変換されます。
【ディスクブレーキ】
乗用車のブレーキで最もメジャーなブレーキです。
タイヤとともに回転するディスクをブレーキパッド(摩擦材)で挟み込んで摩擦により減速させます。
装置全体がむき出しなので放熱性が優れています。
【ディスクの種類】
〈ベンチレーテッドディスク/ソリッドディスク〉
ベンチレーションというのは通気のことです。
空気を通す穴をディスクに設けて冷却性能を高めます。
ディスクの摩擦面に穴を開けて通気を促すものもあります。
(ドリルドディスクと呼ばれます)
間に穴がないのはソリッドディスクと呼ばれます。
〈ベンチレーテッドディスクのピラー構造〉
風を通す穴にも何種類かあります。
単に直線上の柱が立っているものや、回転するディスクに空気が通りやすいように斜めに柱が配置されたものもあります。
〈ディスクのハット構造〉
ディスクはとても大きな熱量を生む部分のため、熱による変形が起こりやすくなります。
そこで変形の起こりづらい形状が検討されています。
〈ディスクの材料〉
主にねずみ鋳鉄やダグタイル鋳鉄が使われます。
大きな鉄の塊なので持ってみると、とても重いです。
高性能車ではこの重さを嫌って軽い素材が使われます。
カーボンセラミックスブレーキと呼ばれるものが多く使われます。
カーボンの短繊維を樹脂で固めて窯で焼いたものを、さらにシリコンのパウダーでコーティングして焼き固め、表面をセラミック状にしたモノです。
ディスクの中央はパッドによる圧力がかかる部分ではないのでそれほど強固に作る必要がありません。
この部分だけアルミなどの軽量な素材が使われることもあります。
〈キャリパーの種類〉
下記の2種類が使われます。
・浮動式
・対向ピストン式
〈浮動型キャリパー〉
最も多いのは浮動式でピストンが片側にしかないので、部品点数が少なく(コストが安く)軽いです。
しかしその名の通り動作にはキャリパー全体が動く必要があるので応答性が悪いです。
〈対向ピストン型キャリパー〉
対向ピストン式は両側のピストンで押し付けるので応答性は高いですが、部品点数が多く(コストが高く)、ごつくて重いです。
制動力そのものは浮動式と変わりません。
〈引きずり防止機構〉
ディスクブレーキは油圧を伝える機構ですが、引き戻す機構はありません。
圧力が低下してもピストンの位置はそのままです。
そのままではディスクとブレーキパッドは弱いながらもずっと擦れっぱなしで、熱を持つほかブレーキパッドも削れてしまうほか異音もします。
なので少しだけピストンを戻す機構が付いています。
ピストンシールがちょっとだけ外に向かって変形するようにできていて、変型が戻るときに一緒にピストンを連れ戻します。
ピストンを戻す量はとても小さくなるようにチューニングされています。
【ドラムブレーキ】
ドラムブレーキはリアのブレーキとしてよく使われます。
ディスクブレーキよりも制動力が高く、ブレーキアシストのかからないパーキングブレーキとの相性が良いです。
構造上軽いというのも見逃せません。
しかし、ドラムが装置全体を覆っているので放熱性が低いです。
〈自己サーボ性〉
構造上勝手に食いつく性質があります。
このおかげで同じ力を加えた場合、ディスクブレーキよりもドラムブレーキの方が摩擦力は高くなります。
そのためディスクブレーキにはないリターンスプリングが装備されています。
〈ドラムインハット〉
ドラムブレーキは食いつきが良いので同じ力を加えたときの制動力が高いですが、コントロール性が低いです。
リアのブレーキでコントロール性とパーキングブレーキの制動力を両立した手法です。
これはディスクブレーキのハットの内部にドラムブレーキを入れたもので、高性能車に使われます。
弱点としては2つのブレーキを装備することになるので重くなります。
【回生ブレーキ】
これだけは摩擦ブレーキでは無いので、熱に変わるわけではなく、電気に変わります。
ブレーキがとても力持ちなのは説明しましたが、その力は全て熱に変わって空気中に発散してしまいます。
それでは勿体無いので発電機を取り付けて電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄える仕組みです。
ハイブリッドカーで主に使われますが、最近の車はふつうの車でも充電制御を行っており、減速時は積極的に充電するので、ある意味ほとんどの車で回生ブレーキはあります。
【ブレーキにまつわる基本的な物理法則】
〈クーロンの摩擦法則〉
摩擦力は以下の式で表されます。
F = μm(F:摩擦力、μ:摩擦係数、m:荷重)
荷重に比例するためペダルに加える力の強弱で摩擦力=制動力をコントロールします。
式に摩擦面積は登場しないので、パッドを大きくしても制動力は変わりません。
〈てこの原理〉
支点・力点・作用点のアレです。
力点が離れているほど力が強くなります。
例えば、ペダルのピストンを押す場所(作用点)から足を乗せる場所(力点)が長いほど力は強くなります。
ブレーキディスクの中心(支点・作用点)からブレーキパッドが触れる場所(力点)が遠いほど力が強くなります。
〈パスカルの原理〉
ブレーキは主に油圧によって踏力を伝えます。
油圧はペダルの根本にあるマスターシリンダーで作られ、ブレーキキャリパーのピストンを押すことでブレーキパッドを押し付けます。
これに深い関係があるのがパスカルの原理です。
パスカルの原理はキャリパーのピストン断面積が大きくなるほど力が強くなるので、小さなマスターシリンダーで作られた油圧を大きなピストンほど制動力が高くなります。
しかし、ペダルストロークは増えてしまいます。
【マスターシリンダー/ブレーキブースター】
ブレーキの油圧を伝えるための重要な装置です。
2つは一体化したような形状をしていますが、別々の役割なので、以下に個別に説明します。
【マスターシリンダー】
2つのピストンで構成されています。
これは2系統のブレーキ系統を持っていて、片方が壊れてももう片方が効くようにするためです。
ピストンを引く(ペダルを離す)と上のリザーバーからブレーキフルードが供給され、ピストンを押す(ペダルを踏む)とリザーバーから遮断されて圧力が伝わるようにいています。
ポンピングブレーキで送り込まれるブレーキ液が増えるのはこの仕組みがあるからです。
〈負圧式ブレーキブースター〉
エンジンの吸気パイプに取り付けられています。
エンジンが空気を吸い込むと吸気管内は負圧になるため、ブースター内は負圧になります。
ペダルを押すと、大気圧が引き込まれ、大気圧で押すことでブレーキを押す力が強くなります。
ブレーキブースターはエンジンが停止しても数回効くように出来ています(法規で決まっています)。
エンジンが停止している状態で何度か踏むとその動作が理解できるかと思います。
はじめのうちは負圧が残っているので少しの力で押し込めますが、だんだん硬くなります。
〈電動ブレーキブースター〉
ハイブリッドカーなど、エンジンがかかっていなくても走行することが出来る車に装備されています。
ハイブリッドカーでは回生ブレーキも強く、状況(速度など走行環境ではなく、充電の容量などの車内環境)に応じて回生ブレーキの力も変えるので、電動ブースターのアシスト量を変えることにより、ブレーキミックスをしたりします。
【ブレーキホース】
ブレーキはサスペンションの先に付いているので、タイヤとともに上下し、車体との位置関係が変わります。
位置関係を補填するため柔らかい素材で出来ています。
しかし、ブレーキの強い液圧に耐えられるよう伸びない素材が必要です。
社外品ではステンレスをメッシュ状に編んだモノで覆い、液圧でホースが膨らまないようにしているものもあります。
【普段意識しないブレーキ】
トランスミッション内で使われるブレーキがあります。
構造的には他のクラッチと同じです。
回転部と回転部を繋ぐのがクラッチですが、回転部をトランスミッション本体と繋ぐのがブレーキです。
詳しくは下記のノートを参照ください。
【べーパーロック現象】
ブレーキは熱を発しますが、この熱がブレーキフルードを熱すると、ブレーキフルードに紛れ込んだ水分が蒸発し、気体(水蒸気)になります。
ブレーキフルード内で発生した気体は踏力をクッションのように受け止めてしまうので、圧力が正しく伝わりません。
ブレーキフルードの交換が必要なのはこういった理由からです。
数年前のバス事故でもエンジンブレーキを使わずにフットブレーキだけを使ってブレーキが効かなくなるというものがありました。
後述するフェード現象とともに、ブレーキの使いすぎはブレーキが効かなくなる恐れあるので、長い下り坂などは必ずエンジンブレーキを併用しましょう。
【フェード現象】
ブレーキの熱を起因とする現象であることはべーパーロック現象と共通ですが、効きづらくなる要因が異なります。
これはブレーキパッドが熱で蒸発し、そのときに発生したガスがパッドとローターの間に挟まって潤滑油のような役目を果たして滑ることです。
【高性能車のブレーキは何が違うか?】
短期的なブレーキの効きは摩擦力の向上を狙えばいいですが、前の方に書いたように、どんな車でもブレーキはタイヤがロックする程効くので摩擦力=制動力を増しても意味がないように思えてきます。
では、高性能車に使われるような高価で大きなブレーキは何が良いのでしょうか?
それは耐フェード性能です。
一般道ではそんな機会はあまりありませんが、サーキット走行では短時間に何度も加速し、何度もブレーキを踏みます。
そうすると熱せられたブレーキが冷めるまもなく次のブレーキングをすることになるので、ブレーキがどんどん熱せられフェード現象を起こし、制動力が減ってしまいます。
ベンチレーテッドディスクの他、ブレーキ装置そのものに走行風が当たりやすいように車体側の導風にも気を使った設計がされています。
また、ブレーキバランスも重要です。
ブレーキングでは前に荷重がかかるのでそれに合わせて前後の制動力を最適化すれば4本のタイヤの能力を限界まで使い切ることが出来ます。
【あとがき】
ポルシェは「ポルシェのブレーキは宇宙一」というCMを打っていました。
動力性能を謳い・競うスポーツカーを主力とするメーカーの意外なCMでしたが、イメージ戦略には成功したようで、ビジネス関係のサイトや雑誌にその比喩がよく登場します。
(いささか無理矢理な記事が多いですが)
ブレーキの性能は確かにモータースポーツにとって大事なものですが、全ての車両で最も重要な動力源です。