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あなたが名盤じゃなくっても

自分は好きなんだけど、あまり他人からは共感されないものがある。自分の好きなものなら胸を張って言うべきかもしれないが、いざ言った時の盛り上がらない空気感が簡単に想像出来てしまう。下手をすれば「あえて好きなんでしょ?」と思われる可能性だってある。

まぁ、そこまでではないにしろ、誰でも他人はあまり褒めないけど自分はめっちゃ好きだというものが一つくらいはあるはず。私の場合だと、スマッシングパンプキンズ(以下はスマパンと表記)の『Adore』というアルバムがまさにそれなのだ。

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このバンドの4枚目のスタジオアルバムについて調べると、批評家からは高い評価を得たがセールス的な成功はしなかったとの記述が出てくる。それに対して前作の『Mellon Collie and the Infinite Sadness』は批評家からの評価もセールスも大成功しており、こちらはれっきとした彼らの代表作だ。ちなみにピッチフォークで『Adore』は8.1点という割と高い評価だが、『Mellon Collie』の評価は9.3点というめちゃ高いスコアを叩き出している(NMEでは前者が5点で、後者が8点)。このように批評家からの評価が高いというよりも、実際には好意的なものが多かったという程度なのが実情だ。

さらに、このアルバムが可哀想なのは作った本人であるボーカルのビリー・コーガンが全然気に入ってないということがある。ビリー自身が「バンド崩壊期のアルバム」や「一番作ってて辛かった」と語っており、それがこのアルバムを好きな私の気持ちにズシンと重い影を落とす。ビリーよ、頼むからそんなこと言わないで。

確かにこのアルバムの制作時期はドラマーの脱退、ビリーの離婚と母の死などろくな事が起きていない。そしてギタリストのイハは自身のソロアルバム(名盤!)に気持ちが向いており、『Adore』に作曲面の貢献はしていない。

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しかもバンドの結束力を高める為にビリーが提案した制作合宿は、イハにめちゃくちゃ嫌がられるという解散前のビートルズみたいな状況になってしまう。そんなこんなでバンドメンバーはほぼ演奏だけの参加に留まり、実質ビリーだけで作ったといってもよいのがこのアルバムなのだ。『Adore』の方がよっぽど終りのない悲しみというタイトルが相応しいではないか。

それにも関わらず!このアルバムがめちゃ良いという奇跡、起きてます。まずドラマー脱退の影響もあり、打ち込みがふんだんに採用されていて、そこにアコースティックが重なるというアプローチが際立っている。「そんなの別に普通じゃん」と思うかもしれんが、1998年リリースということを踏まえてほしい。レディオヘッドの『OK Computer』が1997年、『KID A』が2000年にリリースされたことからも分かるように、当時はロックと電子音楽の融合が試行錯誤されていた時期であった。時代の先駆けとまでは言わなくても、前作が1000万枚も売れたオルタナロックの超売れっ子バンドがやってるんだから、当時としては先見の明があったと言っても良いのではなかろうか。

『Adore』の楽曲たちは内省的な繊細さに溢れていながら、どれも聴きやすく仕上がっているのが特徴だ。前作のように明確でガチガチな構成の曲が少ないため、アルバム全体が品の良さをまとっている。思えば、高校生の時に後追いでこのアルバムと出会った私。買った理由はスマパンのアルバムでは断トツに中古価格が安かったから。そんな出会いではあったものの、それなりに思春期を満喫して、それなりに傷ついていた私の心は、繊細と孤独と優しさが入り混じったこれらの楽曲たちにどれほど救われたことか。マジでその節はありがとう。

そして、実は前作『Mellon Collie』よりも優れている点だってある。それはアルバム全体の長さだ。前作はCD2枚組の全28曲、計121分という長編映画1本分くらいの長さがある。そのため、正直聴いていて疲れてしまうのは否めない。それに比べて『Adore』はどうだろう。なんと全16曲の計73分という、前作よりも48分もの短縮に成功しているのだ。73分といえば長編映画の中ではかなり短い部類に入るだろう。もしも、いや充分長えよ!という方がいたのなら、そこはどうか我慢してくれ。それが無理なら、せめて元々は30曲以上あったものを厳選して16曲に絞っているという努力だけは認めてほしい。

ちなみに、このアルバムの制作過程はかなりの難産だったようで、実は途中でテコ入れが入っている。その大役を任されたのが天下の名プロデューサーであるリック・ルービン!しかしリックとビリーは共同で1曲作ったものの、いかにもシングル曲といった出来栄えにビリーはアルバムに相応わしくないと判断し、お蔵入りとなる(後に『Machina 2』に収録された「Let Me Give Me the World to You」)。そして、そのままテコ入れ自体も消滅した。後にビリーは「今思えば、あの時にリックが言ってくれた助言はどれも正しかった」と発言している。どれだけ『Adore』を後悔してるんだよ。

しかし、私はリック・ルービンによるアルバムのテコ入れがなくて本当に良かったと思う。だって、もしそうなっていたら私の大好きな『Adore』は今の形でリリースされなかったのだから。たとえ作った本人にとっては思い出したくもない嫌いなアルバムだとしても、私にとってはマジで大好きなアルバムなのだ。

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