心療内科への通院~後編~

※お食事中の方はご注意ください

その後、心療内科には月に1回のペースで通院を続けました。
寝つきを良くする漢方薬の効果は劇的なものではありませんでしたが、現部署の閑散期が近づき、前部署の併任解除とともに、緩やかに眠れる日々も少しずつ増えてきました。

現部署では欠員が続いており、比較的忙しい日々を過ごしていましたが、それでも夏の間は比較的定時で帰れる日も増えてきました。

ちなみに課長には期首面談の際に心療内科の通院の事実について伝えました。
併せて、欠員により業務負荷がかかっている事と、抱えている人間関係の問題についても。
しかしながら課長からの返事は、
「かぼすさんに特に負荷がかかっているのは重々承知している。欠員が続いて申し訳ないが、人事課に増員を催促しているからもう少し待ってくれ。人間関係については束の間の辛抱だと思って、耐えるしかない。今の課以外の人と接する時間をもっと持ったらどうだ。仕事を休めそうなときは休んでも良い」
・・・といった返事でした。

また、ちょうどその頃、現部署で平成中期から慣例のように横行していた業務手順があったのですが、その行程、今なら削減できるんじゃね?
削減できたら行程のうち40%の業務を削減できるんじゃね?…という思いに駆られて、業務フローの刷新について取り組みました。

他部署から異動したばかりの頃は、その部署のおかしな慣例にも比較的気がつきやすい時期だと思うのですが、私はこれを見過ごせませんでした。

少しだけ残業は続きましたが、その業務フローの刷新についての提案を受け入れてもらえたこと、他の課員にも協力して貰えた事で業務改善は進み、例のモンスター主事からの当たりも心なしか柔らかくなっていったのですが、同時期に、今度は私の上司の精神状態がおかしくなっていったのです。

複合機の前でずっと頭を抱え込む。
タバコ休憩に行ったまま、1時間は帰ってこない。
定時を遥かに超えた20時頃に、「そろそろかぼすさんにはこの業務も知っておいて貰いたいんだけど」…と唐突な業務の引き継ぎが始まる。
「すみませんが少し遅れます」から「やはり今日は1日休みます」…と、毎朝遅刻、もしくはそのまま当日休みを取得される事も増えました。

そのたびに、私個人あてに、
「俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない」
「玄関まで出たが吐いてしまった」
「夜眠れない」
…と心身の状況について、まるでXのポストの如くTeamsでチャットが送られてくるようになったのです。

その上司は、私が心療内科に通院している事を課長を通じて知っているのですが、
「差し支えなければ、かぼすさんが服薬している薬の種類を教えていただけませんか」
・・・といった旨のチャットが届いた日は、さすがに不快感を隠すことができませんでした。

服用している薬はプライバシーにも関わる事であり、課長や産業医でもない上司に何故教える必要があるのか、という気持ちで頭がいっぱいでした。
もちろん教えることはありませんでしたが。

上司のメンタルの揺らぎと連動して、次第に私の心身も揺らいでくるようになり、処方されていた漢方薬が全く効かない日が増えてきました。

心療内科に相談したところ、抗うつ薬(レクサプロ)、入眠剤(ゾルピデム)という新しい薬を処方されました。
抗うつ剤の副作用は強いものが多い中、このレクサプロという薬の副作用は比較的軽いほうに分類されるとの事ですが、それでも私は身体が薬に慣れるまで、ずっと船に乗ったような吐き気やふらつき、焦燥感、冷や汗に苛まれる日が続きました。

また、いきなり飲むのを止めてしまう事で起きる離脱症状にも苦しめられました。残業で遅くなった時など、うっかり薬を飲み忘れた時はまるで地獄のような思いをしました。

いつまで続くのか分からない副作用、不安定な上司の中、それでも謎の使命感に駆られるように日々の業務を懸命に回していましたが、そんなある日突然、ついに上司が病休に入ってしまったのです。

新部署での通常業務のフローもすっかり身に付いていた頃でしたが、上司の広げていた大風呂敷も少しずつ炎上を始めていたのです。
「例の案件はどうなった」
「もう2週間近く待っているんだけど」
…当然それらは全く共有されていない案件だったので、上司しか知る由もない案件でした。

一から調べ、解決策を考え、正解かも分からない代替案を提案し、その間にも通常業務を回す。
船底に開いた穴を塞ぐ余裕もなく、ただ船が沈まないように、必死でバケツで水を掬っては捨てるような日々。

「忙」という時は心を亡くす、と書きますが、文字通り感情を無くして、目の前の業務に一生懸命取り組むことしか、あの時の私にはできませんでした。

上司がようやく復職した頃には、私はすっかり燃え尽きてしまいました。
服のボタンをかける単純な動作すらできなくなってしまい、朝の電車に揺られ、気分が悪くなり途中下車。
帰宅途中の路地裏で、突然吐き気を催し、嘔吐。

今だからお話できますが、職場のデスクに座っているだけでも周りの音が耳をつんざくような大音量で聞こえ、しばらくは別室で業務を行えるよう配慮して貰ったことがあります。

心療内科の先生にも休職を打診されましたが、固辞し続けました。
それはきっと、休む事で上司と同じになりたくなかった、私のちっぽけでくだらないプライドと、主任としての期待に応えなければという使命感、この課の仕事を回したいんだという強い思いがあったからだと思うのですが、生きているのか、死んでいるのかすら分からない、感情の薄い空虚な日々が続きました。

現在、私は自立支援医療制度に加えて、精神障がい者手帳3級を取得していますが、この取得にあたる経緯については更に深い話になりますので、もし機会があれば追って記事として綴りたいと考えています。

心療内科編は以上となります。
次は、転職に向けての動き出しについて綴りたいと思います。

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