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「都市と生活者のデザイン会議」④『MEZZANINE』編集長と考えるこれからの街と生活者の関係とは?(後編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
その最後を飾るのは、都市の進化にフォーカスし、世界の先進事例を深掘りしてきた『MEZZANINE』の吹田良平編集長。都市の未来を左右する「アーバンチャレンジ」、その原動力となる人々の創造性を育む方法とは?(後編)
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<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕

株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者  
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
都市建築デザイン部 今中啓太、阿南朱音
開発推進部 蕪木美穂


「アイデアの流動化」と日本的気質の悩ましき壁

ーーありがとうございます。ここからは「都市と生活者のデザイン会議」のメンバーとの自由対話の形で、議論を深めていきたいと思います。

NTTUD 權田 お話をうかがっていて、空間の中にさまざまな機能を集約するあまり、“余白”になり得る場所をつくりづらくなっていたという実態を痛感しました。その上で2点、ご意見をお聞かせください。まずは、都市や地域が発揮するべき特徴とはどんなものでしょうか。次に、アイデアを育むにはコワーキングスペースよりもカフェのほうが適しているというお話がありましたが、日本人の気質を考えるとカフェでも活発な議論が起きにくいかもしれない。これについて、どうお考えでしょうか。

『MEZZANINE』吹田 街の個性とは、その街の構成員が各々に“やりたいこと”を形にするうちに、自ずと醸し出されるものだと思います。この“やりたいこと”については必ずしもソーシャルイシューである必要はなく、その地域の人であれば、自ずと地域の特徴や課題が加味されるものと思います。重要なポイントは、その街にどれだけチャレンジを許容するコモンセンス(共通認識)があるか。デベロッパーやエリマネ(エリアマネージャー)が今後やらなければならないのは、挑戦する者に対して開かれた環境やコモンセンス、バイブスやムードをつくっていくことだと思います。それを担うのが、今後重要になる“攻めのエリマネ”の存在です。

二つ目の質問については、確かにカフェでも居酒屋でも、果たして対話が巻き起こるかどうかは難問ですね。日本人は、知っている者同士は過剰に相互に気を使いすぎる一方、知らない者同士では極端に他者を無視する国民ともいえます(『MEZZANINE』Vol.4 京都大学 こころの未来研究センター 広井良典教授インタビューより)。アイデアや問題意識のもとで、共感する相手をノックして対話をする習慣を身につける必要があると思います。街を舞台にそうしたムードを醸成したい。それが、私の考えるクリエイティブネイバーフッドです。
この問題の解決に向けて、いま開発に取り組んでいるのが、“アイデアの流動性促進アプリ”あるいは“クリエイティブネイバーフッドアプリ”とも呼んでいるスマートフォンアプリ『NeighborHEADS』です。アイデアを形にするためには、お互いが持つ知恵や失敗などを共有し合うのが得策。そこで、共通のアイデアや問題意識を持つ者同士を情報空間上でマッチングし、リアルな街での対話や議論につなげるサービスを提供しようと考えています。いわば、街の人々の間でアイデアやノウハウの“パス回し”を活発化することで、街の集合知を上げていく試みです。この春には札幌と奈良で実証実験を行い、ローンチをめざす予定です。

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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)

NTTUD 堀口 私たちとしても、余白にあたる空間をつくる必要性について常々考えているものの、それをどうマネタイズしていくか、とても難しい問題だと感じています。そのような“お金を生まない場”こそ、人々がその街を訪れる意味や価値を生む一方で、人にとっては自分を表現する場にもなるからです。その上で注目すべき事例があれば、教えてください。

『MEZZANINE』吹田 これは鉄道会社の例です。駅構内への広告出稿は彼らの収益を支える柱の一つですが、その出稿が危機に瀕しています。この点についてはコロナ禍以前より、ROIの観点から投資に対するリターンが不明瞭だという問題が指摘されていました。閲覧数が明確にデータ化されるWeb広告の仕組みにならう一方で、フィジカルなスペースが持つ新たな価値を考え出す必要に迫られているのです。
ではどうすればいいか。ある施設の例を挙げるなら、余白に心惹かれて人がふらりと訪れた場合、オープンスペースへの入場時にその人をロックオンし、購買履歴、行動履歴などを元にプロファイリングを始める。そして、オープンスペースで寝そべっているその人の携帯電話に確度の高いリコメンド情報を流し、次の行動を促すなどの仕組みが考えられます。だとすれば、デジタルとフィジカルの双方のリテラシーを持つNTT都市開発こそ、区画にひも付いた賃貸借課金を越えてフィジカル空間を情報空間化し、そこに課金するすべを発明していくリーダーになれるのではないでしょうか。そもそも生活者自体、もはや“消費=ショッピング”に、これまでのような価値を見出してはいないのですから。


「クリエイティブネイバーフッド」のあるべき形とは


NTTUD 今中 創造的な街やエリアの鍵を握る存在として、より積極的な役割を担う“攻めのエリマネ”が必要になるというお話ですが、従来のエリアマネージャーとの違いはどんなところにありますか。

『MEZZANINE』吹田 “攻めのエリマネ”の特徴は、街を“どう使いこなすか”に向けた、街の構成員の意識変化と行動変容の促進役を担うこと。以下の図でいえば、アジェンダのもとに共感者が出会う仕組みやコモンセンスを整備したり、対話や議論によってアイデアが洗練化されていく場所を整備したりすることです。ポイントは企業の枠を超えて、街中の来街者を対象に知的資源同士のマッチングを図ること。これはエリマネにしかできないことです。次に、そのアイデアをプロトタイピングする際に、実現できる力を持った企業とのマッチングやファンディングを行う。エリア内で収集されたビッグデータを流通させることで、IoT系ベンチャーを街へ呼び込むこともできるかもしれません。さらに、プロトタイプの社会化を図る段階においては、実証実験の支援や許諾申請のコーディネート、PRなどの情報発信に携わる役割なども挙げられます。

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スマートフォンアプリ『NeighborHEADS』の開発資料より。

YOMIKO 小林 “都市の余白”について、ただスペースをつくるのではなく、人を惹き付けるための何らかの補助線があってこそ、うまく機能していくのではないかと考えています。例えばポートランドでは、有望な起業家やNPOをビルに誘致するデベロッパーの取り組みに対して、費用負担の軽減などのインセンティブが用意されているという話を聞きました。この施策では、人が人を惹き付けることで雇用が増えたり多様性を高めたりと、起業家やNPOをはじめとする“人”の存在が補助線となり、地域活性化につながっているというのです。

『MEZZANINE』吹田 ポートランドで私が学んだのはインセンティブなどの制度設計よりも、次々に新しいことにチャレンジしたいという人々の存在と、彼らを有形無形に歓迎、応援する市民のマインドセットでした。印象に残っているのは、会社を辞めてアップルサイダーのメーカーを立ち上げた人のエピソード。味がどうにもうまく決まらないと、同業者の集まりでつい愚痴をこぼしたところ、ベテランメーカーの一人が「自分の知るありったけのノウハウを教える」と言い出して、その場でアイデアのシェアが起きたのです。そこにあるのは、競争ではなく共創したほうが業界全体のレベルが上がり、マーケットも広がるという発想です。まさに、この街がクラフトビールやサードウェーブコーヒーの震源地となったゆえんだと思います。私もそうした街のバイブスづくりに貢献したいという想いから、アプリ開発に乗り出したというわけです。

YOMIKO 城 今のお話にあったように、アイデアや知的財産を共有してスパイラルを起こしていく取り組みは、「クリエイティブネイバーフッド(創造界隈)」という言葉のように小さいスケールの方が実現しやすく、かつスピーディに進むように思います。その点では郊外や地方のほうが有利かもしれませんが、大きな都市でありながら同様のうねりを生み出していくポイントはなんでしょうか。

『MEZZANINE』吹田 新しい何かを生み出したいのであれば、顔見知りや仲間同士で集まっている場合ではないと思います。アイデアのジャンプが起きるかどうかは、自分と異なる文化や価値観の人といかにつながるか次第だからです。その点で、地域ベースのコミュニティは顔ぶれが定まりがちです。一方、都市には多様な知識や技術、さまざまな知見やスキルに通じた人がいるという利点がある。とかく、地方で変化を起こす際には大変な苦労を強いられがち。それに対して都市では、変化を起こさないことには肩身が狭いという習慣もある……いや、そんなことはないか(笑)。

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吹田氏の提供資料より、コロナ禍を経た都市における、CBD(Central Business District/中心業務地区)と郊外の役割変化を表した図。


人々のアイデアを実現し、“都市の創造性”を高める試み


ーーここからは「都市と生活者のデザイン会議」メンバー以外の方にも参加いただいて、議論を深めていきたいと思います。

NTTUD 蕪木 NTT都市開発 開発推進部の蕪木です。二つ、質問をさせてください。一つは、街の個性に関することです。街づくりを推進する上で「この場所でしかできないこと何か」というテーマは必ず考えますが、人々のニーズを突き詰めていくと、そうした価値は街ごとに大きく異なるものではありません。むしろ、街の個性は提供される価値そのものではなく、訪れる人の属性や価値の実現手段によって表れるという仮説もありますが、どうお考えでしょうか。もう一つは、街における“余白の空間”をはじめ、人に喜ばれることは往々にして利益につながらないという問題です。賃料など既存のKPI(重要業績評価指標)以外の可能性を探るにあたり、来街者の数や多様性、リピート率など、さまざまな項目があると思いますが、何が有効でしょうか。

『MEZZANINE』吹田 一つ目の質問ですが、なぜ地域ごとの差が出にくいかといえば、それは「人の営み」の最終ゴールがハピネス(幸福)だからだと思います。ある調査によれば、人間が最も幸福を感じるのは「自分がやりたいと思ったイメージを具体的な活動に起こした時」だそうです(『MEZZANINE』Vol.4 日立製作所 矢野和男フェロー インタビューより)。どこの地域でもその境地をめざしながら、結果として生まれるものが違えばそれでいい。やがてそれが地域差として表れてくるのではないでしょうか。つまり、街のコンセプトと称して街の個性を方向づけるのではなく、街の住民がやりたいことをしやすい環境を整えることが、いまデベロッパーに求められている役割のような気がします。

二つ目の質問についても、新たなKPIがあるはずというのはまったくそのとおりだと思います。例えば、プラットフォーマーのようにビッグデータから広告出稿の費用対効果を証明するような方法を、リアル空間にも導入できるかもしれません。情報空間のプラットフォーマーができなくて、リアル空間のプラットフォーマー(=デベロッパー)だからこそできること、例えば人のフィジカルな遷移や行動促進への寄与に対する課金などが考えられます。そうすれば、人々に余白としての心地よさを提供しながらも、その場をつくり運営する費用に見合った収益を得ることができるようになるでしょう。

NTTUD 今中 NTT都市開発 都市建築デザイン部の今中です。街づくりを巡る制度の部分について、悩みがあります。日本は特に法制度の面でルールが多く、時代の変化にそぐわない部分が増えてきている。ロンドンでプロジェクトに携わった時は、何事も定量的に全国一律で法律が決められている日本とは対照的に、よりよい街の形を考えていくフレキシブルな姿勢を実感しました。この状況に対して、デベロッパー同士の連携や行政への働きかけなど、何か示唆があればぜひお聞きしたいです。

『MEZZANINE』吹田 日本の法制度の仕組みは、そもそも規定から外れたことが起こらないようにするための縛りであり、新たな参入や取り組みを支えるための促進主義ではない印象を持ちます。ただ、その状況に対してブレイクスルーをもたらし得るのは、先ほどお話しした“攻めのエリマネ”の存在です。今後はエリマネの機能を、どんどん先鋭化していくことが必要だと思います。

NTTUD 阿南 NTT都市開発 都市建築デザイン部の阿南です。一人ひとりの創造的な生活が都市のダイナミズムにつながると考えると、必ずしもクリエイターではない“アイデアのある人”の存在が重要だと感じました。ただ、そこでネックになっているのが日本人のシャイな傾向で、お互いにアイデアを積極的に出し合い、そこから新たなものを生み出すことが苦手なように思われます。このように表に出ることなく埋もれてしまっているアイデアを引き出すには、どんな取り組みが有効でしょうか。

『MEZZANINE』吹田 賛成です。クリエイティビティは知識創造産業の専売特許ではありませんね。人間誰しもが持つ基本性能です。かつての私のボス(ライフスタイル・プロデューサー 浜野安宏)が作り上げた東急ハンズのコンセプトは、「クリエイティブ・ライフ・ストア」。“自らが思い描く生活を自らの創意工夫と自らの手で自由に作れるすべを提供する店”です。どうでしょう、まさにクリエイティブネイバーフッドのアナロジーですよね。大事なのは、欲望とインスピレーションと挑戦のマインドセット。都市側、デベロッパー側でいうと、人のチャレンジを応援する環境の整備だと思います。

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スマートフォンアプリ『NeighborHEADS』の開発資料より。

ーー今のお話では、やりたいことのある人がまず対象になりますが、一方で街の環境がいわばアフォーダンスのように作用することで、当人も気付いていなかった創造性やアイデアが引き出されるようになれば、さらなる可能性が拓けるのではないでしょうか。

『MEZZANINE』吹田 おっしゃるとおりです。アジェンダベースで対話が創発しやすい場とは果たして、いわゆるイノベーションラボ的施設なのか、“街の余白”や居酒屋なのか……いずれにせよ、Wi-Fiとホワイトボードは必須ですけどね(笑)。アジェンダベースで知らない人の扉をノックしてもいいのか、できるのか。それらが街中で許容されるようなコモンセンスやバイブスをどうつくるのか。これを解決する手立ての一つが、NTT都市開発のお家芸でもある街のDX化なのだと思います。街のリアルデータもいいですが、街に滞在する人の挑戦に向けた欲望のリアルデータにこそ光を当てたい、それが『NeighborHEADS』の開発思想です。共感いただける方はぜひ、アプリへの参加をお待ちしております。



3誌編集長との対話を振り返って


私たちは都市に何を求めているのか。
都市にまつわる3誌の編集長と対話を重ねるうちに、人は都市に対して、利便性や経済性といった合理的な枠に収まらない価値を求めているのではないかと感じるようになった。

対話テーマ「生活者の意識変化とこれからの街づくり」を前にして、3誌の編集長が提示した視点。端的に表すなら、『商店建築』の塩田編集長は「エモーショナルな体験」を、『WIRED』の松島編集長は「身体を解き放つテクノロジー」を、そして『MEZZANINE』の吹田編集長は「人間のクリエイティビティを発露させる仕組み」を、今後のヒントとして語ってくれた。さらに、都市の可能性は、合理性とは対極ともいえる“余白”にこそ潜んでいるのだ、ということも。

いま私たちは、これまでになく本質的に、自らのあり方を深く問い始めている。自分が本当に必要としているものは何か、自分らしく生きるにはどうすればいいか……。その解を探す過程において、大切なこと。それは“与えられること”よりも、“自ら見つける姿勢”に重きを置く意識ではないだろうか。

これまでの効率偏重の視点を改め、より深く本質的に、都市の価値を突き詰めること。その先に見えてくるのは、私たち自身の生活や社会をよりよく変えていく、本物の“出会い”や“つながり”かもしれない。だとすれば、都市と生活者の関係には、まだまだ大いなる可能性が潜んでいる。例えば、自分と異なる価値観に触れながら、新たな気付きを見つけること。自分の想いやアイデアを他者と共有し、議論を深めながら、共感の輪を広げていくこと。
人々が求めているのは、どこにでもあるような均質化された発想や価値観ではない。その場所でしか体験できない、“この街だけ”のオーセンティシティこそが求められているのである。

誰もが自分らしい生活を送り、お互いを尊重しながら、他者や自然環境と心地よく共生することができる都市ーー。産業社会批判で知られるオーストリアの思想家、イヴァン・イリイチの言葉を借りるならば、人々が本来の創造性を最大限に発揮できる「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」のために、あるべき都市の姿とは何だろうか。そのために、これからの街づくりはどのように行われていくべきだろうか。答えは、都市と生活者のインタラクション(相互作用)の中にあるはずだ。

生活者の意識変化とこれからの街づくりは、果たしてどこへ向かうのか。
「都市と生活者のデザイン会議」の第1弾企画となった、雑誌メディア3誌の編集長との対話シリーズ。ここで提示された数多くの視点ーー多様化していく価値観を受け入れ、より豊かな関係性を育む社会のために、今後もさまざまな角度からアプローチを続けていきたい。


実施日/実施方法
2021年2月19日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室

井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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