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原宿編① 東京が誇る“流行の街”の知られざる実像

風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
原宿といえば、若者向けのファッションやスウィーツのショップが立ち並ぶ、日本のポップカルチャーの中心地。こうしたイメージはいかにして生まれ、街の空間にどんな影響を及ぼしてきたのでしょうか。
意外な場所に残された縄文時代の痕跡から、明治神宮に広がる人工の森、近年の代名詞となった“原宿KAWAii文化”まで。めまぐるしい変化を続ける商業エリアの歴史をひもとき、“個性豊かな街づくり”のヒントを探っていきます。
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※新型コロナウイルスの感染拡大による制作作業の中断のため、本記事は2019年12月中旬と2020年6月初旬の2回に分けて撮影した写真を組み合わせて構成しています。
① 東京が誇る“流行の街”の知られざる実像
…流行とともに語られる若者の街。無数の断片が織りなす複雑なイメージをひもとき、その成り立ちについて考えていきます。

② 縄文時代の記憶を探る“アースダイバー”の試み
…“土地の記憶”を読み解く思想家・人類学者の中沢新一さんを迎え、縄文時代の地形を巡る“原宿アースダイバー”の街歩きに臨みます。

③ “無意識の記憶”が導く街の行方
…“原宿アースダイバー”の街歩きに続く、中沢新一さんのインタビュー後編。日本の精神文化が街づくりに及ぼす、深遠なる影響が明らかに。

④ “ブームの街”が向かうべき消費文化の展望
…行列ブームの街となった原宿の消費文化。その課題と解決策を考えるべく、リテール・フューチャリストの最所あさみさんにインタビュー。

⑤ 愛着と誇りで育む商業エリアの未来
…縄文時代の記憶と最先端の流行が共存する特異な街。リサーチメンバーの視点から、成熟を極めた商業エリアにおける“個性豊かな街づくり”のあり方を考えます。

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刻々と変化し続ける、東京随一の“流行の発信地”

いまや東京を代表する流行の発信地として世界的に知られるようになった街、原宿。
「若者の街」「流行の最前線」などの言葉が、若者向けのファッションやスウィーツなどの話題とともにテレビ番組や雑誌、Webなどを通して日々拡散され、そのイメージを不動のものにしてきました。
しかし、こうしたイメージによって紡ぎ出される原宿の姿は、断片的な印象の寄せ集めでしかありません。まず、若者文化ならではの移り変わりの早さゆえに、人々が思い浮かべる“原宿像”は世代や個人的な嗜好など、街との接点によって異なるものになります。しかもそれは原宿一帯のうち、どのエリアを思い描いたものかによっても、それぞれに違った様相を呈してくるのです。

この多様性は、原宿一帯を大まかにエリア分けするだけでも説明可能です。JR原宿駅から続く竹下通りにはティーンエイジャー向けをはじめとしたキャラクターグッズやスウィーツの店が所狭しと軒を連ねています。竹下通りを抜けて明治通りを南へ折れると、ラフォーレ原宿前の交差点を中心にセレクトショップや大型店が立ち並ぶ光景が。この神宮前交差点で明治通りと直交する表参道にはケヤキ並木が木陰を落とし、青山方面にかけてラグジュアリーブランドが旗艦店を構えるなど、高級ショッピングゾーンを形成。さらに、表通りの裏側にあたる細い路地の奥にも、おびただしい数のショップが住宅街にかけて点在しています。
こうした店舗が扱うファッションのジャンルも、ゴシック&ロリータ(ゴスロリ)やフェアリー系などの小規模なアトリエショップから、限定アイテム目当ての行列で知られるストリート系ブランド、欧米のファッションウィークに出展するコレクションブランドに加え、グローバルなカジュアルブランドやスポーツブランド、ファストファッションまで、あらゆる分野に及んでいます。

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表参道はその名のとおり、1920(大正9)年に創建された明治神宮の参道。まっすぐな軸線上に連なるケヤキ並木が、特有の景観を生み出している。

原宿におけるファッションの流行もまた、時代の流れとともに大きな変遷をたどってきました。この30年間の大きな流れを見ても、1990年代半ばには表通りから見て裏側にあたる“裏原宿”エリアを中心に、“裏原系”と呼ばれるストリート系ブランドが次々と誕生して一世を風靡。2000年代には“青文字系雑誌”の読者モデルに憧れるガーリー系の10〜20代女子が神宮前交差点に集まり、話題を集めました。2010年代前半には低価格帯のファストファッションやプチプラ(プチプライス)ファッションが街を席巻しますが、現在は個性的なドメスティックブランドが再び盛り返しを見せています。
その一方で、“原宿=流行の最先端”というイメージの発信手段がこの10年間で雑誌からSNSへと取って代わる中、ポップでカラフルな“原宿KAWAii文化”が全世界的に認知を広げ、外国人観光客からも大きな人気を集めるようになりました。

街並みの表層を超えて、土地の記憶を探る試み

このような“若者中心のショッピングタウン”としての特徴は、JR原宿駅の利用客層にも見て取ることができます。同駅で利用される乗車券の種別は、定期券以外の利用者比率が約7割。東京ディズニーランドの来園者でにぎわうJR舞浜駅を抑え、首都圏第1位の数字となっています(JR東日本の2016年度統計)。

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JR原宿駅、1924(大正13)年に建てられた木造の旧駅舎(右)と、2020年3月に供用を開始した新駅舎(左)。

南側では渋谷という巨大な商圏と接続しながらも、まったく異なる独自の商業文化を築き上げてきた原宿の街。その多様にして多層的な街の個性は、いかにして成立し、どのような成長を遂げてきたのでしょうか。しかし、ここで懸念されたのが、ファッションビジネスの競争原理がかつての住宅街の風景をはじめ、歴史的な痕跡のほとんどを塗り替えてしまっているという、原宿ならではの状況でした。
そこで私たちは、現在の街並みの表層を超えて“土地の記憶”を探るべく、著書『アースダイバー』をはじめとして、都市の深層を見据えた独自の思索で知られる思想家・人類学者の中沢新一さんを迎えることにしたのです。

「縄文地図を持って東京を散策すると、見慣れたはずのこの都市の相貌が一変していくように感じられるから不思議だった。どうして渋谷や秋葉原はこんなにラジカルな人間性の変容を許容するような街に成長してしまったのか、(中略)東京に暮らしながら日頃抱き続けてきた疑問の多くが、手製のこの地図をながめていると、するすると氷解していくように感じられるのだから、ますます不思議な思いがしたものである」(中沢新一著『アースダイバー』講談社/エピローグより抜粋)

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<地域> 東京都渋谷区神宮前 …1965年、住居表示の実施によってかつての「原宿1〜3丁目」「竹下町」「穏田1〜3丁目」はすべて「神宮前」に改編され、「原宿」という名は町名としては現存しない。
<鉄道> JR原宿駅(山手線)、東京メトロ明治神宮前駅(千代田線、副都心線)
<沿革> 鎌倉時代、幕府と各地を結ぶ鎌倉街道の宿場町として記録が残る。江戸時代には穏田地区に伊賀衆の組屋敷が置かれた。1906(明治39)年の国鉄山手線延伸に伴い原宿駅が開業、19年(大正8)年には明治神宮の創建とともに表参道が整備された。戦後、近隣の代々木練兵場跡地に建設された米軍兵舎の将兵や家族向けの店舗が開店。この兵舎跡地が64年の東京オリンピック選手村となり、代々木体育館も完成。五輪会場の近隣地域として注目され、高級マンションの建設が進み、ブティックや飲食店が増え始める。70年代創刊の女性ファッション誌『an・an』、『non-no』への掲載や78年のラフォーレ原宿の開業を契機にファッションの街として認知が進み、80年代には竹下通りや竹の子族、歩行者天国(原宿ホコ天)のバンドブームが話題を集めるなど、時代とともにさまざまな流行を生み出し続けている。

注目ポイント: “流行の発信地”における街と文化の関係

常に文化を発信し続ける街「原宿」。1970〜80年代に最先端のクリエイターたちが集った原宿セントラルアパートをはじめ、裏原宿系のファッションカルチャー、そして世界が注目したカワイイカルチャーなど、常に新しい文化が生まれ続けている。その背景にはどのような要因があったのだろうか。そして現在、さらにこれからも、この街は文化発信地としての輝きを更新し続けていくことができるだろうか。
街歩きを通したリサーチから、隣接する渋谷との歴史的な比較、人々の消費行動の変化と街の関係との洞察に至るまで。原宿という街の実像について有識者に話をうかがい、切っても切り離せない要素である“街と文化の関係性”を通して、街づくりのヒントを探りたい。


→ 次回  原宿編②
縄文時代の記憶を探る“アースダイバー”の試み


リサーチメンバー (取材日:2019年12月13〜14日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨県、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京都の原宿です。

その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。

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