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「都市と生活者のデザイン会議」 ②『商店建築』編集長と考えるエモーショナルな街の姿とは?(前編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
最初にご登場いただくのは、半世紀以上にわたり日本の商業空間を見つめてきた『商店建築』の塩田健一編集長。都市空間の変化が映し出す人間の心理、その欲望に応える「エモーショナルな街」の姿とは?(前編)
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塩田健一(しおた・けんいち)
月刊『商店建築』編集長。東京都生まれ。工学院大学大学院修了後、2006年より株式会社商店建築社にて『商店建築』編集部に所属。カフェ特集など毎月の店舗取材を担当するほか、「コンパクト&コンフォートホテル設計論」、「CREATIVE HOTEL & COMMUNICATION SPACE」など増刊号も制作。2017年2月より現職。
『商店建築』は、レストラン、ホテル、ファッションストアなど最新の空間デザインを豊富な写真で国内外に向けて発信する、1956年創刊のストアデザインの専門誌。
▶ 『商店建築』公式サイト
<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」

NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者  

NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
商業事業本部 杉木利弘、岡本篤佳、石井友里香、福田早也花


『商店建築』編集長が語る “これからの街と生活者の姿”

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『商店建築』2021年4月号表紙。(特集:いま、「働く場所」)

ーーこのたびは「都市と生活者のデザイン会議」の対話取材企画にご協力いただき、ありがとうございます。ディスカッションのテーマは「これからの都市と生活者の姿」。はじめに、『商店建築』として都市と生活者の関係をどう捉えているのか、プレゼンテーションをお願い致します。

『商店建築』塩田 月刊『商店建築』は、建築やインテリアなどさまざまな商業空間の動向を紹介し、注目の建築家・デザイナーへ取材を行っている雑誌です。本日は「これから行きたいのは『エモーショナルな街』」と題して、以下の3つのキーワードから今後の店舗や商業空間、街づくりに求められる要素をひも解いていきたいと思います。

第1に、「身体的な心地よさ」。体が理屈抜きで気持ちいいと思える空間であることです。「GYRE.FOOD(ジャイル フード)」は、原宿の商業施設「GYRE」の1フロア全体を占める複合飲食店。田根剛の設計による自然素材の空間にカフェやレストラン、バー、食品店が植栽とともに境目なく配置され、木陰でお茶や食事をすることができます。同じく樹木に囲まれた空間としては、隈研吾が共用部分のデザインを手がけたホテル「東京エディション虎ノ門」が挙げられます。また、立川の「GREEN SPRINGS」は、立川駅の北側に誕生した新街区で、大きな中庭やビオトープなどを大胆に取り入れています。
これらはいずれも「ものを買う」、「食事をする」といった目的以前に「ここで過ごしたい」と思える空間です。こうした身体的な心地よさは、新型コロナウイルスの影響でオフィスの必要性が問われるなか、人が集まることによって創造性を育むワークプレイスのあり方を考える上でも重要な要素になっていくと思います。

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緑あふれる「GYRE.FOOD」の店内風景。(撮影:塩田氏)

第2に、「人と集まりシンクロすることの高揚感」。スポーツスタジアムやライブ会場、クラブなど、人々がリモートではなく直接集まることで高揚感を生み出す場がこれに相当します。象徴的な例としては、「東急プラザ銀座」内にオープンした「NewsPicks GINZA」。ウェブサイト「NewsPicks」が東急不動産との共同プロジェクトとして展開する施設で、プロジェクト型スクール「NewSchool」や「NewStore by TOKYU HANDS」など、ビジネスパーソン向けに学びや創造、制作したプロダクトを販売する場などの機能性を備えています。
加えて注目したいのが、「虎ノ門ヒルズ」内に誕生した「虎ノ門横丁」のように、飲食店が並ぶ横丁やフードホールなどの業態です。これらは知っている仲間だけでなく知らない人とも肩を寄せ合い、交流するという、いわば“密になること”を求めて訪れる場所。人が集まることで、そこでしか得られない高揚感を生み出す場所といえるでしょう。

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『商店建築』2020年9月号より、「虎ノ門横丁」の掲載誌面。

3つ目は「発見する歓び」。背景としては「インスタグラム」をはじめ、世界中の美しい景色やオシャレな場所の写真があふれている状況に対し、写真ではなく自分の身をもって場を体験したいという欲求が高まっていること。また、コロナ禍の影響によって生活圏である徒歩圏や自転車圏への興味が高まるなかで、身近な街レベルの発見が増えつつあります。こうした意識の変化が、職住近接や住居と店舗を一体化していく“小商い”の流れとも重なっているように感じます。
例えば建築家の菅原大輔は「マイクロパブリック・ネットワーク」と題して、従来の鉄道網の隙間にあたるエリアを徒歩や自転車、バスなどでつなぎ、その拠点となるカフェを手掛けるなど、コミュニティづくりに取り組んでいます。また、建築家の仲俊治(なか・としはる)は、街と接続する半パブリックスペースとして大きな土間のある住宅を手がけています。いずれも、街の中に新たな発見を生み出す仕掛けといえるでしょう。

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『商店建築』2020年8月号より、職住一体型の賃貸集合住宅「欅の音terrace」の掲載誌面。

これら3つの要素の共通点ーーそれを「エモーショナルな街」という言葉に集約できるのではないか。いわば、訪れることで心が刺激される街。街というハードの側面ではなく、人間像から捉えるならば、哲学者のアンリ・ベルグソンが提唱した「Homo Faber(ホモ・ファーベル/ラテン語で「作る人」の意)」に倣った造語で「Homo Emozionale(ホモ・エモッツィオナーレ/感動する人)」と表現するのはどうでしょう。人間は感動したい生き物であり、そのための場所が求められていくということです。
ではなぜ、こうした流れが起きているかといえば、世の中の仕事の多くがPCの中で完結するようになり、心の刺激や生きているという実感を欲する人が増えているから。それが、絶景をめざす旅やアウトドアレジャー、地方移住や農業を見直す流れにつながっているのではないかと感じています。

では、「エモーショナルな街」とはどんな街でしょうか。常に何かが起こり、変化し続ける街。予想もしない発見や出来事に出合える街。人とつながり、主体的に関わることができる街……いろいろな切り口が思い浮かびますが、なかでも「ものを買う」、「食事をする」といった目的だけに縛られないことが重要なポイントです。
例えば表参道にオープンした「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」は、まず居場所としての空間があり、その中で客自身が自分について発見を深め、その体験を元に商品とつながる場としてデザインされています。いわば、公園とショールームとコンシェルジュデスクの3つの機能が合わさった場所であり、今後の街づくりの鍵を握る要素が詰まった空間になっていると感じます。
このように、「身体的な心地よさ」、「人と集まりシンクロすることの高揚感」、「発見する歓び」という3つの要素の組み合わせによって、これからの空間づくり、街づくりのヒントを見いだすことができるのではないでしょうか。

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『商店建築』2021年1月号より、「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」の掲載誌面。


3誌編集長への共通質問「都市と生活者の関係とは?」


ーーこれからの「都市と生活者のデザイン会議」の活動に向けて、数多くのヒントをいただき、ありがとうございます。ここで、今回の3誌編集長との対話企画の共通テーマとなる3つの質問をさせてください。1問目、先ほどのお話では生活者が心への刺激を欲するようになった結果、エモーショナルな街づくりが求められるということでしたが、その背景に関わる質問です。「生活者の意識変化と都市(場や空間)は、どのような関係にあるとお考えですか」。

『商店建築』塩田 それは非常に根源的な質問ですね。シンプルに言うならば、商業施設やお店にはいまの生活者の無意識の欲望が反映されている。そして、その集積が都市を形作っていくのだと思います。そう考えると『商店建築』は、都市空間の変化を見定めることで、人々が求めるものを読み解いていくアプローチを取っているともいえます。

ーー2問目、「その関係は今後、どのように変化していくと思いますか」。

『商店建築』塩田 人間の欲望の形は時代によって変わるものだと思います。例えば日本の高度経済成長期は、生活水準を上げるために洗濯機や自動車など「みんなと同じものがほしい」時代だった。それが一通り満たされた1980年代以降は、「こんな車があったらいいな」とか「こんな家がほしい」というように細分化が進んでいきました。さらに現在では「もっと心を刺激するものがほしい」という方向へ変わってきたということでしょう。

ーー3問目、「そのなかで今後求められる場の役割や、街づくりの方向性について教えてください」。先ほどのお話によれば、心を刺激するような場が求められていくということですね。

『商店建築』塩田 はい。人々の購買行動の変化でいえば、かつては商店街の魚屋や八百屋などで「どれがオススメ?」「これ安くしてくれない?」というやりとりが当たり前でした。ところが、そうしたコミュニケーションにかかるコストをどんどん下げてきた結果、いまや魚を買うのでさえ、スーパーでほぼ同じ大きさの切り身の中から選んで手に取るだけになり、誰とも会話せずに買い物が済んでしまうようになった。いわばその揺り戻しで、地元で交流を深めたいという欲望が高まっているのではないかと思います。

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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)


オーナーや開発者の “想いが伝わる” 空間の魅力


ーーありがとうございます。ここからは「都市と生活者のデザイン会議」のメンバーとの自由対話の形で、議論を深めていきたいと思います。

NTTUD 井上 人々の欲望とともに街に求められる要素も変わっていくというお話でしたが、商業施設をつくる立場としては、その変化にどういう形で対応していくか悩ましいところです。むやみにスクラップ&ビルドをして街の風景を変えてしまうのは避けるべきとして、建物の骨格を変えずに中身を変えていく場合、どんな空間が望ましいと思いますか。

『商店建築』塩田 これはお世辞抜きの話ですが(笑)、NTT都市開発が手掛けた京都の「新風館」がまさにその好例だと思います。大切なのは、マーケティング的な機能や効率とはひとまず関係のないところで、「ここにいると気持ちいい、幸せだ」と思えるような価値があること。利益や効率性といったスパンの短い発想で場をつくった場合、人はそれを敏感に察知するものです。そうではなく、施設であればデベロッパー、お店であればオーナーの顔や想いが見えることがとても大事。例えば「GREEN SPRINGS」は、開発を手がけた立飛ホールディングスをはじめ設計者やランドスケープデザイナーなど、計画に携わった人々の個性や想いが感じられる空間です。入居テナントにしても、手堅く集客できる有名店やチェーン店ではなく、ファミリーが幸せに過ごせる場をつくろうというコンセプトが貫かれている。要は、場をつくり、提供する側の「これが正しいと思う」という噓のない使命感や純粋な想いが感じられるということですね。

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「GREEN SPRINGS」敷地内にて。(撮影:塩田氏)

NTTUD 吉川 弊社では街の文化や風土を読み解いた上で、その場に合わせた開発を行うことを心がけています。デザイン戦略室ではその姿勢を「コピペじゃない街づくり」と呼んでいるのですが、とはいえ私たちは、その土地の人々からすればあくまで外の人間にすぎません。デベロッパーとして、街の人々とどう関係性を深めていけばいいのでしょう。

『商店建築』塩田 人々の人生に関わる場所をつくる以上、プロジェクトに携わる人間が実際にその土地に住みながら、気付きや関係性を深めていく方法も一つだと思います。例えば原宿の「JINGUMAE COMICHI」は、2フロアに18店舗が入居する、人の温もりが感じられる小径(こみち)のような空間です。面白いのは、企画・プロデュースを手がけた札幌拠点のデベロッパーである街制作室の担当者が施設内に常駐し、テナントの関係者同士が互いにご飯を食べに訪れるイベントなど、積極的なコミュニティづくりに取り組んでいることです。
あるいは、地元の行政に携わるキーパーソンとつながる方法もあります。これまでの取材経験上、行政と民間企業が組んで面白い動きが生まれる場合には必ず、行政の側に“型破りな公務員”と呼ぶべき方がいて、地域活性化の大きな求心力になっている。宮崎県日南市と乃村工藝社が共同で古民家を再生した宿泊施設「Nazuna 飫肥 城下町温泉」(旧「季楽 飫肥」)などは、その象徴的な例といえると思います。

NTTUD 吉川 後者の例に関して、デザイン戦略室のフィールドリサーチで話をうかがった、尾道の「ディスカバーリンクせとうち」の事例が思い浮かびました。一方で、そうした“型破りな公務員”とつながるにはどんな方法が考えられますか?

『商店建築』塩田 これまでに魅力的な街づくりをしてきた実績と発信力があるからこそ有効な方法だと思いますが、各地で比較的小規模なセミナーや勉強会を開催することが、地元のキーパーソンとの出会いにつながるかもしれません。

▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議」
 ②『商店建築』編集長と考える
 エモーショナルな街の姿とは?(後編)


実施日/実施方法
2021年2月5日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:

NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆

深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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