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「都市と生活者のデザイン会議」②『商店建築』編集長と考えるエモーショナルな街の姿とは?(後編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
最初にご登場いただくのは、半世紀以上にわたり日本の商業空間を見つめてきた『商店建築』の塩田健一編集長。都市空間の変化が映し出す人間の心理、その欲望に応える「エモーショナルな街」の姿とは?(後編)
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<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者
 
NTT都市開発株式会社
商業事業本部 杉木利弘、岡本篤佳、石井友里香、福田早也花


解放感と高揚感ーー“予期せぬ出来事” を求める人々

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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)

『商店建築』塩田 先ほどもお話ししましたが、NTT都市開発の「新風館」や「WITH HARAJUKU」には、他のデベロッパーの物件にはあまりみられない要素として、開発者の個性や想いというべきものを感じます。ぜひ聞いてみたいのですが、会社として、そうした要素を大切にするカルチャーがあるのでしょうか?

ーーせっかくの機会ですから、「都市と生活者のデザイン会議」メンバー以外の方もぜひご一緒に議論を深めていきましょう。

NTTUD 杉木 NTT都市開発 商業事業本部の杉木です。弊社としては、“シリーズもの”の商業施設を展開しないスタンスがあるのは確かです。施設ごとに最大限、周辺の環境に合わせる姿勢が、結果的にオーダーメイドという形で表れるのかもしれません。私が担当した「WITH HARAJUKU」でいえば、表側は大型店舗のスケール感でも、裏側は路地につながるように個店のスケールを意識したり、館内もエリアの特徴である竹下通り一帯と同じスケールの歩行空間を設けるなどしています。

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NTT都市開発が開発・運営を手がけるJR原宿駅前の複合施設「WITH HARAJUKU」(東京都渋谷区/2020年開業)。「未来を紡ぐ“たまり場”」をコンセプトに、商業施設やイベントホール、シェアスペース、賃貸レジデンスで構成される。(Photo: © Nacasa&Partners)

『商店建築』塩田 なるほど。大きな商業施設でありながら、新しい可能性を感じさせるアプローチだと思います。

NTTUD 福田 NTT都市開発 商業ホテル開発部の福田です。スケール感の話でいえば、人が集まる横丁など、今後は小さな単位の店舗が路面店でも増えていくと思います。その上で、例えば表参道のような大きな区画の店舗がこうした小さな区画の店舗と共存していくには、どんな要素が必要だと思いますか。

『商店建築』塩田 実は私も、大きい区画の店舗はいわば金太郎飴のように均質で人の顔が見えづらく、小さい区画の店や個店のほうが魅力的だと思っていました。しかし、先ほどお話しした「JINGUMAE COMICHI」は比較的大きな施設にもかかわらず、テナント同士の交流を促進することでコミュニティが生まれ、施設全体の問題を自分たちで解決したり、自ら販促活動に取り組んだりしています。人間関係を深めることで、施設内に“一つの街”を形成できるという可能性を目の当たりにして、とても感動しましたね。

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『商店建築』2021年3月号より、「JINGUMAE COMICHI」の掲載誌面。

YOMIKO 水本 施設内の関係性の手がかりを設けることでコミュニティを育んでいくというのは、とてもいいストーリーですね。ただ、広告会社の視点としては、ミレニアル世代をはじめとする若い人たちがそうした人間的な交流に魅力を感じてくれるのかどうか、やや不安にも思えます。

『商店建築』塩田 それは、個人的にも同感です(笑)。交流や摩擦を経て深い関係を育むような人間関係は要らないと思っている若者の傾向について、むしろ都市生活研究所のみなさんはどう捉えているのでしょうか。

YOMIKO 城 人との関わり自体を避けるというよりは、深い関わりと距離の置きやすさ、この両面のバランスの取り方にコミュニケーションのヒントがあるかもしれません。例えば音声SNSの「Clubhouse」は、会話を深める“参加型のラジオ”ともいうべき側面が昭和の要素を感じさせる一方で、「面倒だな」と感じた場合には簡単に離脱できる仕組みを備えています。
一方で、塩田さんのおっしゃった3つの要素のうち、「身体的な心地よさ」と「人と集まりシンクロすることの高揚感」には、相反する側面があるようにも思いました。というのも、ライブや横丁のような大勢の人のいる空間で感じられる一体感や密度は、いま人気のソロキャンプのように自然の中で感じられる心地よさに対して、真逆のベクトルにあるとはいえないでしょうか。

『商店建築』塩田 その両者は解放感と密度という点では正反対に思えますが、背景にあるのは同じモチベーションではないかと考えています。それは、予定調和的な日常を離れて、自分のコントロールが効かない環境を求める欲求です。自然の中でキャンプをすること、見知らぬ人々が集う横丁へ行くこと……あえて面倒な環境に身を置くことで新しい刺激を求めるという意味では、同じ欲求が働いているように思います。

YOMIKO 小林 確かに現代は、誰もが社会生活のあらゆる局面においてセルフマネジメントを求められる状況になっています。そうした制約から解放される環境を、大自然だけでなく都市の中にも本能的に求めることで、生きている実感を追求したり、自分の内なる野生を解放したりしているのかもしれません。

『商店建築』塩田 その“マネジメント”という発想こそが、まさに現代人をがんじがらめにしているように思います。注目を集めているアンガーマネジメントにしても、怒りの感情すべてを抑制するのではなく、心を許すことのできる間柄であれば、怒ったり泣いたりしてもいいと思うんです。友人と居酒屋へ行ったり、スナックのママに叱られに行ったりするのも、そうした欲求の表れかもしれませんね。

YOMIKO 小林 その意味では、最近注目されている“小商い”のプロジェクトも、心を許すことのできる身近な居場所を育んでいる気がします。『商店建築』でも紹介されている「富士見台トンネル」は、設計を手がけた建築家の能作淳平が「郊外における新たな働き方を提示する実験の場」として自ら運営に携わっていますが、「正解が必要ない場」だからこそ、日頃の役割などから解放される環境になっていて、住民の方々の共感を呼んでいるのかもしれません。

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『商店建築』2020年8月号より、「富士見台トンネル」の掲載誌面。


“顔が見える人” が街に果たす大きな役割

NTTUD 岡本 NTT都市開発 商業ホテル開発部の岡本です。これからの店のあり方として、公園とショールームとコンシェルジュデスクの3つの機能が求められるというお話がありましたが、なぜコンシェルジュデスクなのでしょう? いまの時代、ネットを介して情報は得られるものの、そうではない評価を与えてくれる相談先ということでしょうか。逆に、人と接点を深めることを面倒だと思う風潮を考えると、店舗としてはどう対応するべきかと考えさせられました。

『商店建築』塩田 ご指摘のとおり、コンシェルジュデスクの機能を挙げたのは、全体的な視点から偏りのない評価を提供するという意味からでした。あらゆる情報がネットで手に入るようになったとはいえ、人に聞けば一瞬で解決する場合がまだまだある。というのも私自身、万年筆について何日も調べて迷った挙げ句、「銀座 伊東屋 本店」の万年筆売場で相談したところ、一瞬で求めるタイプの商品が見つかったということがあったのです。

NTTUD 吉川 一方的にものを売るのではなく、より中立的な視点から知識を与えてくれる存在が必要だということですね。店員とつながらずにものを買うことのできるネットの仕組みに慣れた世代には、これまでの“売る人”とは異なるコミュニケーションが有効なのかもしれないと思いました。

NTTUD 堀口 逆の方向性として、「自分のほしいものをわかってくれる人から買いたい」という意識が高まっている側面もあると思います。自分の半歩先の視点から新しい価値を提案してくれる存在が、あらためて求められているのではないでしょうか。

YOMIKO 城 消費者心理としては「一方的に売りつけられるのは嫌だ」という前提がありつつも、「これだけ情報があるから、全部自分で調べて決めてください」という状況に不安を覚えているところがある。だからこそ、市民感覚を共有できる生身の相手に自分の判断を後押ししてもらいたい。それを街の空間の中に、コンシェルジュデスクとして実装するということですね。

『商店建築』塩田 はい。最初は純粋に情報だけを求めていても、接客に感動したり、自分の好みを知ってもらったりすることによって、それが「この人から買いたい」という欲求へと変化していく。この“顔が見える人”という存在をとくに重視しているのが、「DEAN & DELUCA」を運営するウェルカムです。横川正紀社長は「多店舗展開していても、ライバルは個人商店」と常々おっしゃっています。めざすところは「その店ごとに想いや顔が見える、人や会社の個性が見えること」。このように街の中で“人の顔が見える店や場所”が果たす役割には、大きなものがあると思います。

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(左)『商店建築』2021年1月号の表紙(特集:モノを売る前に、人を集めよ!)。(右)同号より、カフェに加えてシェアロースターやバリスタのトレーニングステーションなどの機能を備えた「OGAWA COFFEE LABORATORY」の掲載誌面。


変化しない “人間の本質” にこそ、ヒントがある


NTTUD 權田 そのような変化のなかで、私たちとしては短くても4〜5年先の完成を見越して建物を設計しなければなりません。時代の変化に適応していけるような可変性を持たせる一方で、どこに重点を置いてコンセプトを立てるべきか、常に悩まされています。

『商店建築』塩田 可変性あるいは更新性は、都市・建築・インテリアなど規模の大小にかかわらず、最も重要になっていく課題だと思います。私自身、建築家やデザイナーに取材するなかで、空間設計という作業が「竣工時にすべてを決める行為」から「プラットフォームやインフラを設計する行為」に変わってきていると感じます。空間の運用ルールをガチガチに決めて管理するのではなく、利用者や住人が主体的に関わることのできる余白を多く用意する……いわば、キュレーションされすぎていない空間をつくるイメージでしょうか。

NTTUD 權田 ありがとうございます。また、私たちとしてはNTTグループが保有するICTや最先端の技術を活用することも重要だと考えているのですが、技術が街づくりにもたらす可能性についてはどうお考えでしょうか。

『商店建築』塩田 いまの技術の発展や社会の変化を考えると、もはや数年後を想像することさえ難しいのが実状です。とすれば、最先端の技術はもちろん重要ではあるけれども、正反対ともいえる「数万年変わらない人間の普遍的な性質」に目を向けるのはどうでしょうか。よく「現代人が1日に触れる情報量は平安時代の一生分、江戸時代の1年分」といわれますが、人間の脳の情報処理能力自体は原始時代から大して変わっていないという研究結果もあるそうです。であれば、この“変わらない部分”にヒントがあるかもしれない。
例えば私自身の欲求として、もしクラブのように高音質かつ大音量で自分の好きな音楽を思い切り聴いたり歌ったりできるホテルの客室があったら、何度も泊まってみたいと思います。いまやスマートフォンの普及によって、あらゆる人が好きな曲を簡単に、ほぼ無料で聴くことができますが、大抵はイヤホンで聴いているわけです。自宅で大音量を出すのは近所迷惑になる以上、昔はジャズ喫茶や名曲喫茶があり、現代ではクラブやミュージックバーがある。けれどももっとパーソナルな空間で、恋人と二人きり、あるいは一人で読書をしたりお酒を飲んだりしながら、好きな音楽を大音量で、体全身で聴いてみたいと思う人は多いでしょう。そしてこの気持ちよさは、人間にとってすぐには変わることのない感覚だろうと思います。そのような人間の身体的かつ本能的な欲求をベースに据えて開発や設計ができたなら、そう簡単には古びてしまわない空間を実現できるかもしれません。


技術や価値観の変化を超え、新たな価値を切り拓く試み


NTTUD 石井 NTT都市開発 商業ホテル開発部の石井です。いままさに感じている課題として、テレワークによって都市と地方との人口分布や不動産価値がどう変わっていくのか興味があります。その変化を見据えて、今後はどこに商業施設を設ければいいか。鉄道の代わりに自動運転が普及することを考えると、従来の駅前商業に代わって街なかに回遊性が広がるなど、これまでとは違う場所が価値を持つようになるかもしれません。

『商店建築』塩田 駅から離れるほど地価が下がるという単純な価値尺度をはじめ、不動産価値の基準が今後どのように変化していくのか、私も大いに気になっています。さまざまな可能性が考えられますが、例えば“健康度”という指標はどうでしょう。IT技術の進歩とともに植栽や緑地が環境にもたらす影響が“見える化”されるなど、これまでは捉えられなかった微気候(マイクロ・クライメイト)の状況を計算できるようになれば、周辺の緑地の効果や空気の清浄度などが数値化され、不動産価値に影響を与えるようになるかもしれない。また、自然の心地よさを解析して再現することで、高層階でありながら地上にいるのと変わらない感覚が得られるようになるかもしれないですね。
その一方で場所にかかわらず、今後の商業施設の鍵を握るポイントとしては以下の3つが重要だと考えています。一つは住宅やワークプレイス、商業施設、保育園や学校、役所やイベントスペースなど、さまざまな機能が「複合していること」。そして、居場所として「過ごせること」、さらに「歩けること(walkable)」ですね。

NTTUD 堀口 これはデザイン戦略室自体の課題でもあるのですが、エモーショナルな街づくりにおいて重要とされる、いわゆる“お金を生まない場”をどう実現できるかが問われていると感じます。企業の中でその事業的価値をどう説明し、確立していけばいいのか……とても悩ましいところです。

『商店建築』塩田 確かに、直接的に収益へ結び付かないスペースをどう事業化できるか、これは難しい課題だと思います。例えば、以下のような方法はどうでしょうか。あるエリアの中に複数のマンション、オフィス、商業施設などを所有しておく。その一部に「お金を生まないけれど、エリアの価値を向上させる余白のような空間」を設けることで、エリア内の物件全体で採算を取っていくのです。「GREEN SPRINGS」はこれに当てはまりますし、原宿のキャットストリート界隈で複数の飲食店やイベントスペースを運営している、ある若い事業家の例もあります。限定的なエリア内に複数の施設を持ち、エリア全体の魅力を向上させていくことで、余白にあたるスペースの価値を高めていくわけです。
今回の「都市と生活者のデザイン会議」のような取り組みを通じて、ぜひこの手法を洗練させていっていただきたい。そして、その街にしかない“エモーショナルな価値”を切り拓いていただきたいと思います。


▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議」
③『WIRED』編集長と考える
 “多層化する現実×都市”の行方とは?(前編)

実施日/実施方法
2021年2月5日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室

井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆

深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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