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From our Editors ── 今この瞬間も誰かが街をつくっている

「まちを読む」をテーマに、多様な視点を持つゲストを招いてお届けするデジタルZINE「まちのテクスチャー」シリーズも、いよいよ最終回。個性豊かな10名の方々と共に沖縄・読谷村や勝どきエリア、表参道、はたまた“数十年後”と思しき銀座などを、それぞれの視点で読み解いた今回のリサーチ。それは、無数の視点とイメージが積層して生む“街の奥行き”を体験する営みでした。果たして「まちを読む」とは、どういうことなのか ──。そうした問いのもと歩いた先に、5つの気づきが浮かび上がりました。

Text by NTT UD
Editing by Takram
Illustrations by Takashi Koshii

【まちの読み方 1】 “街の気配”に想いを馳せる

朝吹真理子さんがエッセイで綴ってくれた「かつて生きていた、名前もわからないひとたちの気配」を感じる体験。あるいは、井上聡さんが教えてくれた「沖縄戦の悲しい歴史が刻まれたガマ(洞窟)で遺骨収集に参加した移住者を、地元の人たちが仲間として迎え入れてくれた」というエピソード。

そうして街の歴史をたどり、文化を学びながら、その場所を形づくってきたものや、かつてその場所にいた人々の“気配”に想いを馳せてみる。リアリティを持って過去を捉えることで「まちを読む」解像度が高まり、今ある街の姿とは異なる風景が広がるのではないでしょうか。

Other References
「『私たち人間は、行った先々に生物の大群を残していく(序文より)』。人類は今も昔も、いや、都市を造り、有人宇宙船を打ち上げるようになったいまこそ、生態系の『種まき人』なのだ」(竹村泰紀さん

【まちの読み方 2】 五感で“街と対話”する

津久井五月さんは、寄稿してくださった「ウーリツァの娘」の中で、「光でできた大きな手で街を撫でて、ざらざらやでこぼこを感じるの。優里亜が点字を読むみたいにね。そうやって工夫して感覚を磨いていけば、できることがどんどん増えるんだよ」と描きます。

視覚に偏りがちな「読む」という行為も、あらゆる感覚を駆動できる余地があるのではないでしょうか。例えば、和田夏実さんたちが手話言語で捉える街のスケール感も、平野紗季子さんが擬人的に「街と対話してる」と語る言葉も、五感を使って対話していると考えてみるとどうでしょう。ダクトからの匂いや、店主こだわりのBGM、タワーマンションと工場のコントラスト、老舗の味、裸足で歩く砂浜......。街を読むセンサーとして自分の感覚を研ぎ澄まし、街との対話を楽しんでみると、いつものあの街が違った景色に見えてきませんか。

Other References
「道や周りの状況に合わせて、身体の使い方が変わることに気づかされました」(西脇将伍さん

「わたしの耳はようやく、街を聴きはじめている。耳元に追ってくる雑踏ではなく、街そのものを。銀座通りの両側に立ち並ぶビル群の音楽を、聴き取れるようになってきていた」(津久井五月さん

【まちの読み方 3】 移動して視点を変えてみる

街の様相は視点とともに変わります。コペンハーゲンから読谷村に移住した井上聡さんはクルマで移動することが日常となり、コペンハーゲンとは景色の流れやスケールなどの感覚が大きく変化したといいます。また、平野紗季子さんとの街歩きは、銀座でバスに乗車し、車窓の移ろいを通して街並みの特徴や連続的なつながりを体感することから始まりました。

街から街へ移動するうちに、視点は刻一刻と変化します。その視点の変化が、異なる角度から街の個性や街同士の関係性を浮き立たせ、気づかなかった街の魅力の発見へといざないます。それは街の個性が混ざり合う“間の街”にも目を向けさせてくれ、そこにもまた独自の個性が宿っていることに気づかせてくれるはずです。

Other References
「オーストラリア先住民のアボリジニには、世界観を絵画や音楽、ダンスなどで表現する『ソングライン』という文化があります。地理や道筋を歌で伝えていくのですが、中心に自分がいて、移動しながら世界を捉えていく感覚です」(和田夏実さん

「ほら、つるつるの高いビルがあるよ。四角いのがぼこぼこしたビルがあるよ。オリガミみたいなビル、それに、編み編みの籠みたいなのがあって、丸い筒があって、石鹸の泡みたいなビルがあって、魚みたいなのもあって、それから ── 」(津久井五月さん

【まちの読み方 4】 角を曲がって一歩を踏み出す

思い返すと、コロナ禍の行動制限下、今まで素通りしていた路地に足を踏み入れてみたことが、今回のデジタルZINEのテーマ「まちの読む」の出発点でした。いみじくも、フードエッセイストの平野紗季子さんが「一人で次の角を曲がる瞬間の、サスペンス映画を観ているような緊張感や、ヒリヒリする感じ……。」と語る言葉とともに、その時の感情が蘇ってきました。

今は手元で何でも検索できて、道に迷うこともなければ、寄り道することもなく目的地に到着できてしまう。でも、私たちが欲しているのは、平野さんが人気のない倉庫街の先にお店を見つけたときの鮮烈な記憶であったり、路地を曲がるちょっとした緊張感なのかもしれません。興味の赴くままに、角の向こうへ踏み出してみる。そうした小さな体験の先に、人と街との関係が無限に生まれてくる。歩き方一つで、街は変わるのです。

Other References
「街路から隔離された暗がりの代わりに、クローズドなバーチャル空間とARによって不法占拠された裏道が、次の都市を形成するだろう。」(番匠カンナさん

【まちの読み方 5】 人と街の“体温”を感じる

井上聡さんが「『まちを読む』ことはずばり、『人を読むこと』なんじゃないかな」と語り、その視点で沖縄・読谷村を案内してくれました。平野紗季子さんもまた、「たとえ小さなことでも、心動かされる何かを見つけること。まずは、気になった店の人と話してみる」と自身が体現する街との向き合い方を教えてくれました。

どちらにも共通するのは、そこから人と人との縁をたどっていくこと、そして気になるお店の店主と少し話をしてみること。人から人へと自然につながっていく。街に根差した人々の想いや文化と触れ合うことで、その街の温かさを感じることができる。それはすなわち、人と街の“体温”を感じるということなのかもしれません。

Other References
「空襲を体験したおばあさまの話で忘れられない言葉がある。(中略)表参道を歩くとき、タイルの貼られたお店をみたりすると、その声がよぎってふしぎな気持ちになる」(朝吹真理子さん

【考察】「まちを読む」ことは「つくる」こと

今回、10名の方が、私たちの「まちを読む」リサーチに協力してくださいました。つくづく感じるのは、“まちの読み方“は人の数だけあるということ。人々が感じ取るその街の個性や魅力は、誰かがその街で起こした行動と関係しています。意識的であれ、無意識的であれ、 誰かの行動が積み重なって街の個性はつくられていくもの。 つまりは、誰しもが街のつくり手となり得るのです。

そして、勝どきエリアを共に歩いた平野紗季子さんの「街をつくっても完成しない。つくってからが街づくり」という言葉が象徴するように、街づくりに終わりはありません。では、魅力あふれる街をつくり続けるためには、何が必要なのでしょうか。ヒントは、「街づくり」という言葉そのものを捉え直すことにありそうです。

例えば、大抵の街づくりはめざすべき “ゴール”へと導くために“揺るぎない”コンセプトを定めて進めていきます。一方で、建築家の青木淳氏は著書『フラジャイル・コンセプト』の中で、実際の創造行為の始まりにおいて、コンセプトとはもっとあやふやなものではないかと問いかけます。それは試行錯誤の中で発見を繰り返しながら、できあがったときに事後的に表出する、本来的にフラジャイルなものなのではないかと。

この考えに導かれるならば、初期コンセプトを立案しながらも、あえて変更可能な余地も残しておき、そこに暮らす、あるいは訪れる人たちの"体温"を呼び込むような街づくりも、今後重要になってくるのかもしれません。その第一歩となるのが「まちを読む」こと、そして「読み続ける」ことであり、それこそが「つくる」ことにつながると、今回のリサーチが気づかせてくれました。

Other References
「今の世界の状況は不安が尽きないけれど、僕は絶対に変えられると信じています。だったら、街づくりも同じ。『何かがおかしい』『このままでは嫌だ』と思うことがあれば、自分たちの手で変えていけばいいんだから!」
井上 聡さん

「建てた最初がピークじゃなくて、そこから育っていく感じ。今後つくられる街にも、そういう感じがあったら、楽しいですね」(平野紗季子さん

▶︎「まちのテクスチャー」記事一覧

主催&ディレクション
NTT都市開発株式会社
井上 学、權田国大、吉川圭司(デザイン戦略室)
梶谷萌里(都市建築デザイン部)

企画&ディレクション&グラフィックデザイン
渡邉康太郎、村越 淳、江夏輝重、矢野太章(Takram)

コントリビューション
深沢慶太(フリー編集者)