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「都市と生活者のデザイン会議」③『WIRED』編集長と考える“多層化する現実×都市”の行方とは?(前編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
今回ご登場いただくのは、先端技術と社会や人間の行方について提言を続けるテックカルチャー・メディア『WIRED』の松島倫明編集長。デジタルテクノロジーによって驚くべき変貌を遂げる都市、向かうべき人類文明のあり方とは?(前編)
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松島倫明(まつしま・みちあき)
東京都出身、鎌倉市在住。未来をプロトタイプするメディア『WIRED』の日本版編集長として、Webメディア/WIREDの実験区"SZメンバーシップ"/雑誌(最新号VOL.40特集「FOOD: re-generative 地球のためのガストロノミー」)/WIREDカンファレンス/Sci-Fiプロトタイピング研究所/WIRED特区などを手がける。NHK出版学芸図書編集部編集長を経て2018年より現職。訳書に『ノヴァセン』(ジェームズ・ラヴロック)がある。
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<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者
 
NTTアーバンソリューションズ株式会社(以下NTTUS)
街づくり推進本部 豆田晃一
デジタルイノベーション推進部 山下悠一
NTTUD USA Inc.(米国現地法人) 清重千紘


『WIRED』編集長が語る “これからの街と生活者の姿


ーーこのたびは「都市と生活者のデザイン会議」の対話取材企画にご協力いただき、ありがとうございます。ディスカッションのテーマは「これからの都市と生活者の姿」。はじめに、『WIRED』として都市と生活者の関係をどう捉えているのか、プレゼンテーションをお願い致します。

『WIRED』松島 『WIRED』は、1993年にアメリカで創刊されました。シリコンバレーのお膝元であるサンフランシスコを拠点に、最新テクノロジーやカルチャー、ライフスタイルについて取り上げてきたメディアです。現在、日本では季刊の雑誌刊行、ウェブでの記事配信に加え、会員制の「WIRED SZメンバーシップ(Speculative Zone=特区の意)」の運営やカンファレンスなども開催しています。

創刊の辞を見返してみると、デジタルな変革は人類が火を扱えるようになったときに匹敵するほどの社会変化だと述べられています。人類が火を用いることであまねく文明を発展させてきたように、デジタルテクノロジーによって起こり得る社会変革のインパクトを先読みし、メッセージを発信する。その上で、単に最新ニュースを扱うのではなく、その情報にどんな意味があり、どういう文脈で読めばいいのかを提示する姿勢を貫いてきました。
例えば、今年(2021年)の年初に発表したエディターズ・レターでは、以下のようなメッセージを発信しています。「22世紀の歴史の教科書には、『プレ・パンデミックの時代には、インターネットはほとんど使われていなかった』と記述されることだろう」。インターネットが遙かに高度な発達を遂げた未来からすれば、現代はまだ人々が満員電車に乗って感染に怯えながら会社へ集まり、物理的に参加できる人だけでミーティングをしていた時代に見えるだろう、ということです。

その巨大な変化のうち、都市と生活者につながるテーマとしてお話ししたいのが「ミラーワールド」です。これは物理世界のあらゆるものが情報としてデジタル化され、インターネットにつながって検索やシェア可能な状態になった世界であり、現実世界にもう一つのレイヤーがぴたりと重なり合っている状況を意味します。これまでインターネットによって世界中のあらゆる情報がデジタル化され、SNSによって世界中のあらゆる人々にまつわる情報がデジタル化されてきました。それに続いて物理世界までもが検索とシェアの対象になることで、物理世界とデジタル空間が完全にミックスされるようになります。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。(雑誌版Vol.31「New Economy」特集ページ)

その結果訪れる社会を、米国版『WIRED』の初代エグゼクティブエディターであるケヴィン・ケリーは「ニューエコノミー」という言葉で表現しています。これまでの経済は、物理的な希少性が価値を生む経済でした。つまり、世界に一つしかないから高価な値段が付いたり、都心の一等地にオフィスがあることが価値へと結び付いていた。でもデジタルの世界では、無限に複製が可能です。その潤沢さのなかで、どうやって新しい価値を生み出していくのか。まさにいま、経済のルールが大きく変わり始めているのです。
この変化は、デジタル経済学者のアンドリュー・マカフィーによる「More from Less」という言葉からも捉えることができます。かつての固定電話やテレビ、カメラ、ラジカセなどの機能がいまやスマートフォン1台に集約されたように、身の回りのものが物質からデジタル情報へと置き換わり、非物質化していく流れによって、地球資源の消費量を抑えながら経済規模を拡大することが可能になっていく。

自然と人間、テクノロジーの観点から、都市の行方を考える


この流れをふまえた上で、都市空間は今後、どのような変貌を遂げるのでしょうか。ミラーワールドは、例えば自律走行車が街中を24時間、カメラやセンサーでスキャンし、物理空間をデジタル化していくことで構築されていきます。そして、デジタル上に原寸大で完全再現された「デジタルツイン」としての都市空間が誕生する。この世界に意味を与えるのが「コンテクスチュアルAI(文脈を理解するAI)」です。このAIによって初めて、どこが路面や壁面であり、どこに木が生えているのか、また、壁のなかでドアがある部分だけ物理的な行き来ができるといった“意味”が3D空間上にひも付けられていきます。
これによって、リアルな都市とそのデジタルツインは完全に重なり合い、相互にインタラクションするようになります。それが、ミラーワールドの時代における都市の姿になっていくのです。現実はもはや、物理的な空間に加えてバーチャルに生成された複数のレイヤーにまたがるようになり、僕たちは複数形の「リアリティーズ(realities)」を生きるようになるでしょう。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。

そうなったとき、都市空間に求められるものとはなんでしょうか。『WIRED』日本版Vol.33「MIRROR WORLD」(2019年6月発売)で建築家の豊田啓介さん(noiz architects)は、モノと情報が重なる共通基盤として「コモングラウンド」をどうつくっていくかが重要になると語っています。都市はもはや、人間が認識する物理的な世界だけでなく、自律走行車やロボットが認識するデジタルな世界としての側面をあわせ持ったものになる。では僕たちは、自然を含む物理環境とテクノロジーが混ざり合っていくこの状況をどう受け入れていくのか。肉体としては自然のなかに身を置いていたいけれど、仕事などの活動はバーチャル上で行うようになったとき、肉体と精神の健康や人間としての幸せをどのように実現していくのかが問われていくでしょう。

また都市に限らず、人類とテクノロジーが地球環境とどう共生していくのかという問題についても考えなければなりません。人類が地球環境や生態系に重大な影響を与えるようになった状況を、新たな地質年代として「人新世(じんしんせい/Anthropocene)」と呼ぶこともありますが、一方で、全人類がテクノロジーを捨てて自然に戻る暮らしをするのはもはや不可能です。
では、どのようにしてこれからの都市や文明のあり方を考えていけばいいのか。
一つの可能性として僕たちが注目しているのが、SF小説にみられるように、想像力を駆使して描いた未来像を現在へバックキャスティングし、取るべき行動を考える「Sci-Fiプロトタイピング(別名:SFプロトタイピング)」と呼ばれる手法です。『WIRED』日本版Vol.37「BRAVE NEW WORLD」(2020年6月発売)でも、SF作家や科学者の方々に未来社会を予想したストーリーを書き下ろしていただきました。また、クリエイティブ集団のPARTYとともに「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」を設立し、企業向けに未来を構想するコンサルティングサービスを展開しています。ポスト人新世の都市像や産業はどうあるべきか、数十年後の未来を想定し、新たな道筋を切り拓いていく試みです。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。

この先の社会変化について駆け足で触れてきましたが、プレゼンテーションの最後にあらためて、これからの都市像についてまとめてみましょう。未来の都市は、リアルワールドとデジタルワールドが融合し、複数の現実をまたいだ空間になります。いまはまだごく初期の段階で、かつてデジタル化の流れにおいて「デジタルファースト」という言葉が使われてきたように、これからはミラーワールドの成長につながる「バーチャルファースト」の時代になるでしょう。これまでの物理的な都市空間に加えて、人それぞれの志向に合致するようパーソナライズされたバーチャルな都市空間が重ね合わされ、そのなかで人と人、人と物事とのセレンディピティ(偶然の出合い)といった都市の機能も、AIが担っていくようになるのかもしれません。


3誌編集長への共通質問「都市と生活者の関係とは?」


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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)


ーーテクノロジーや環境問題など、巨視的な見地から示唆に富んだお話をいただき、ありがとうございます。ここで、今回の3誌編集長との対話企画の共通テーマとなる3つの質問をさせてください。1問目、お話しいただいたような都市の変化の背景についての質問です。「生活者の意識変化と都市(場や空間)は、どのような関係にあるとお考えですか」。

『WIRED』松島 都市はそれ自体が常に最先端のテクノロジーであり続けてきたと思います。生物が環境とのインタラクションによって進化するように、テクノロジーも人間を含む環境とのインタラクションによって進化してきたと考えると、都市と生活者も同じような関係性のなかにあると捉えています。

ーー2問目、都市空間と現実そのものが複層化していくというお話にもつながりますが、「その関係は今後、どのように変化していくと思いますか」。

『WIRED』松島 いま起こっているのは、都市そのものの物理空間が情報化されるという変化です。この「情報化」という言葉はすでにコモディティ化していますが、実態としてはこれからが本番になるでしょう。僕たちはこの25年をとおして文字や映像がデジタル化されていく様子を見てきましたが、それと同じことが都市のレベルで起きるとともに、人々の意識も変化していきます。20〜30年後の僕たちは、物理空間だけで構成された街=デジタルツインの情報が重なっていない都市を目にして、プリミティブにさえ感じるようになると思います。

ーー3問目、「そのなかで今後求められる場の役割や、街づくりの方向性について教えてください」。

『WIRED』松島 都市にまつわる情報の中でどういったものが検索され、シェアされてリミックスされるのかによって、新たな価値観が育まれていくと思います。ヒッピーカルチャーを象徴する雑誌『Whole Earth Catalog』(全地球カタログ/1968年創刊)の編集長であるスチュアート・ブランドが言うように、情報が無料になる一方でリアルな場の価値が上がり、都市はより祝祭空間としての意味を増していく。そして、人新世においては何よりも、自然を再生していくことが都市づくりとして急務になります。人々が集積して住み、効率性を高めることによって環境へのインパクトを下げるなど、快適な暮らしを維持しながらもリジェネラティブ(環境再生型)な街の形をどう実現できるかが、リアルなまちづくりの方向性として問われていくと思います。

ーー気候変動や環境汚染などの問題に対応する一方で、人間自身のウェルビーイングもまた、新たな幸福や豊かさの形として追求されていくわけですね。

『WIRED』松島 インターネットの進展により、かつて都市が担っていた機能が分解され、その一部はスマートフォンなどで代替されるようになりました。そうした機能を、「人間が集積して過ごす都市に求められるものとは何か」を考えることでさらなる形へと再構成していくことが、これからのウェルビーイングのカギを握っているように思います。物理的な都市がヒューマンスケールを超えた巨大なテクノロジーとして発展してきたことを考えれば、その広がりをいま一度ヒューマンスケールで捉えることのできる姿へと、戻していく必要があるでしょう。


▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議」
 ③『WIRED』編集長と考える
 “多層化する現実×都市”の行方とは?(後編)


実施日/実施方法
2021年2月18日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室

井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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