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Twitterという名の蟲毒

TwitterというSNSが意見を尖鋭化させやすいのは、言わば一般常識かと私の中では思っている。その事について考察したい。

意見の尖鋭化とは

そもそも意見の尖鋭化とは、世間一般の共通認識とはずれて過激化していくことと考える。もし世間一般の共通認識と同じような意見であれば、尖鋭化したとは言われないであろう。その方向性で深く考察できたのなら全く別の好評を受けるはずである。

世間一般とずれる。

ここが重要だと考える。

匿名かつ社会的立場の均質化

Twitterを利用する者で本名で登録する人は少数派であろう。アイコンも自分の写真を示している人は少ない。つまりアカウントのユーザーと実社会でのユーザーが紐付けされている方が少ないと考える。ここで問題になってくるのは、ならば建前を立てる必要性に乏しいということだ。つまりより本音に近い言動がTwitter上では行われている可能性は高い。
そして閲覧するフォロー数フォロワー数も関連するので一概には言えないが、基本的には各ユーザーの発言権や他の発言へのアクセスは平等であり、ニートと大学教授であっても変わらないと考える。
これはつまり、現実社会よりも各々のもつ発言の力の差がより小さいことを意味する。
リテラシーが低ければ、妥当でない意見も妥当な意見も同価値と判断する危険性がより増していると考える。

140字の文字の限界

基本Twitterは140字以内の文字列でやり取りされる。これは実社会では、言動にも表情、声色、身振り手振りなど随伴する情報が加味されるが、それらが無いことを意味する。また文字数制限で伝えたいことを完全にツイートに載せられないことも多い。
つまりツイートは話し手の伝えたい情報を制限しやすいため、受け手独自の解釈により依存しやすいツールだと言える。話し手と受け手である話題について齟齬が生じることも多いが、これはそうした限定的な情報によるもの故と考える。

フォローフォロワーいいねミュートブロッククラスタエコーチャンバー

Twitter最大の問題点と言えばこれであろう。
これらによりユーザーはより見たいものしか見ない状況を作り出すことが出来る。当然世間一般との交流を半ば遮断するため、世間一般との意見や価値観から大きくずれていく危険性を孕むし、実際そういうクラスタは数えきれないほどあるだろう。
そして何より恐ろしいのがそうして尖鋭化して世間一般とはずれた価値観を持ちながら、広いコミュニティに出ていき、見当外れなことを主張しながら当然批判されれば、批判を理解できず怒り自己正当化し、カルト染みていく人が多いということだ。
狭量な価値観だと自覚し狭いコミュニティに引きこもるか、世間一般の価値観に触れることを忘れないことがSNSを利用する上で求められている。

αツイッタラー

実社会の影響力が反映されにくく、ユーザーの発言力は均質化しやすいと言った。だがTwitterもコミュニティを形成する以上、新たな特有の身分や階級など階層も形成しているといえる。フォロワー数の多い所謂αツイッタラーは影響力や発言力は強いといえる。だが実社会でも同様だが、支持者が多いことは必ずしも妥当性の担保を意味しない。むしろTwitterは耳触りの良い言葉、難解ではない平易で単純な言葉や論理が好まれ、支持者を集めると考える。これはユーザーごとの立場の均質化によるものと考える。つまり比較的リテラシーの高い者が影響力を握っており、その影響力による再生産で、より妥当性のある論理が展開される実社会。それと、より多くの人が理解できる平易で単純が好まれ影響力をもち、その再生産で、平易で単純なことが正しいとされる社会をTwitterは形成していると考える。αツイッタラーはそうした特性が強いと考える。必ずしも平易で単純なことが間違っているとは言いがたいが、物事の単純化は一つの視点、もしくはそれすら持てていないことも多い。

結語


Twitterはこのように、尖鋭化しやすい要素を抱え血で血を洗いより毒性の強い毒を産み出す蟲毒であると考える。
だから世間一般の感覚や価値観に触れることを忘れないようにしたいし、自分の意見は妥当性はあるのを常に見返していきたい。

ただしTwitterだけではない

存分にTwitterをdisったが、必ずしもこれらはTwitter特有の特性ではない。
2ch(5ch)、ガルチャン、ヤフコメ、togetter、youtubeコメント欄など蟲毒は沢山ある。
では何故これらは蟲毒化してしまうのか。
そもそもこれらはある話題について好き勝手にコメントをする、多くが気に入ったコメントに反応するいいねを採用している。
まずそこのサイトにたどり着く時点でユーザーは限られ、ある話題を選ぶ時点で選んだユーザーはその話題に興味のある者となり限られてくる。いいねや反応があると嬉しい、また支持を得られたということだ。サイトの歴史が長ければ、ユーザーは固定化、好まれる方向性は決まるものだと考える。つまり限られたコミュニティでそこの意見は尖鋭化していくのである。これらも蟲毒を生む素因を持っているといえよう。

ほんとの結語

実社会のコミュニティの多くは、運営していく上で他コミュニティとの接触が避けられず、結果折り合いをつけ意見はマイルドになりやすいと考える。
だがネットでのコミュニティは、サイトを運営する人は別だがユーザーは基本的には、他コミュニティと接触する必要はない。むしろ価値観が揺らぐので嫌う傾向すらあるとみる。
結果ネット社会はTwitterのみならず、蟲毒を生みやすい環境にあると考えるが、最強はTwitterだと考える。

Twitter以外の例

何故か、ここのコメント欄は核保有賛成の意見が大多数で、多様性など無いことがわかる。

ここでも同様である

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