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悟る者たちの旅路。 ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 勝手にプレビュー

灼熱のグランツール、あるいは山岳のグランツールとも称される3週間のロードレース「ブエルタ・ア・エスパーニャ」が8月14日に開幕する。ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランスと並ぶ3大グランツールの一つで、毎年8月から9月にかけて、スペインで開かれる。

シーズンは後半戦。選手のコンディションが一定ではないことや、比較的経験の浅い選手を送り込むチームがあること、大きなタイム差が付く山岳ステージが多いことなどが相まって、日替わりでリーダージャージーの保有者が変わるのが「ブエルタ・ア・エスパーニャ」の大きな魅力だ。ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスで結果を残せなかった選手が積極的に仕掛けていくため、逆襲のグランツールという側面もある。

20210812_ブエルタメモ_マイヨロホ

険しい山岳を過ぎた先にスプリントポイントがあったり、画面に表示される距離やタイム差が現実と異なっていたりして、視聴者に哲学的な問いを投げかけていることでも知られている。

総合優勝候補は?

そんなブエルタで争われる各賞ジャージーは、

・個人総合時間賞(マイヨ・ロホ)=赤
・ポイント賞=緑
・山岳賞=青色の水玉
・ヤングライダー賞=白(25歳以下)

の4種類で、ほかに、ジャージーはないが、チーム総合賞や敢闘賞などが設定されている。ポイント配分の特徴から、ポイント賞は総合優勝者が獲得しやすい傾向にあり、山岳賞は逃げに乗って稼ぐ選手が獲得しやすい。

一番の注目は個人総合時間賞。マイヨ・ロホという真っ赤なジャージーを巡る争いだ。今年もグランツール初優勝を目指す者やツールでの失敗をバネに逆襲を期す者などが、激しいバトルを繰り広げる。

個人総合優勝の上位に入ってくる候補選手は次の通り。

ユンボ・ヴィスマ
プリモシュ・ログリッチ(No.1)
 →最有力。大会3連覇を狙う。今年もツール・ド・フランスの雪辱戦となる。
AG2Rシトロエン
ジョフレイ・ブシャール(No.11)
 →今年のジロで山岳賞。個人タイムトライアルでのロスを最小限にしたい。
アスタナ・プレミアテック
アレクサンドル・ウラソフ(No.31)
 →今年のジロ総合4位。アシストも強力な布陣。チームのごたごたが心配事。
バーレーン・ヴィクトリアス
ミカル・ランダ(No.41)
ダミアーノ・カルーゾ(No.43)
 →2枚看板で臨む。カルーゾはジロ総合2位。経験豊富な新城幸也がアシストする。
ボーラ・ハンスグローエ
フェリックス・グロスチャートナー(No.51)
 →パリ~ニース2連覇のシャフマンとのダブルエース体制。表彰台圏内を狙いたい。
コフィディス
ギョーム・マルタン(No.81)
 →昨年のブエルタで山岳賞。クライマー脚質。山岳ステージでまずは勝利したい。
EFエデュケーションNIPPO
ヒュー・カーシー(No.101)
 →ジロで総合8位。EFは出場選手8人中、6人が名前が「C」から始まるという布陣。
イネオス・グレナディアーズ
エガン・ベルナル(No.131)
リチャル・カラパス(No.132)
パヴェル・シバコフ(No.136)
アダム・イェーツ(No.138)
 →ジロ総合優勝のベルナルとアダム・イェーツのダブルエースではないかと思われる。
モビスター
エンリク・マス(No.171)
ミゲル・アンヘル・ロペス(No.174)
アレハンドロ・バルベルデ(No.177)
 →ツール総合6位に入ったスペイン人ライダーのマスがエースを担う可能性が高い。
バイクエクスチェンジ
ミケル・ニエベ(No.185)
 →チームはマイケル・マシューズのステージ優勝を狙う布陣だが、ニエベで総合も狙えるか。
DSM
ロマン・バルデ(No.191)
 →直近のブエルタ・ア・ブルゴスで山岳賞。クライマーとしての能力は衰えていない。
クベカ・ネクストハッシュ
ファビオ・アル(No.201)
 →ブエルタ・ア・エスパーニャの総合優勝は2015年。6年ぶりの復活劇に期待が懸かる。

コースの特徴は?

2021年のルート(公式サイトのルートマップ)は、UCIプロチーム「ブルゴスBH」のホームでもあるスペイン中部のブルゴスをスタートし、スペインを時計回りに巡って北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラにゴールする。より詳しく言えば、スタート地は着工から800年というブルゴス大聖堂であり、ゴール地は長旅の終着地として申し分のない適地、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂。全21ステージの巡礼の旅というわけだ。

20210812_ブエルタメモ_ブルゴス大聖堂写真

個々のコースでは道が狭くて急勾配の山岳が多い。登り口までの位置取りが重要で、アシスト選手たちはかなりの消耗を強いられるだろう。ただ、全体的には難易度の低いステージが多く、総合優勝争いが意外な場所で起きるという事態はなさそうだ。いくつかの絶望的な山、そして雌雄を決するべき名峰「コバドンガ」などで総合優勝を巡る戦いが起きる。

もう一つ、特徴なのは下の図のようなステージが多いという点だ。

20210812_ブエルタメモ_特徴

スタートからゴールまでが単純な一本道ではなく、フィニッシュ地点が含まれている山の中腹まで登ったあと、反対側に下って麓の街や丘陵地帯を周回し、もう一度、逆側から登り直す――。毎年、こういうコースは一つくらいはあったが、今年は多い。推測でしか言えないが、重複している区間がある分、設営や警備が楽なのは間違いがない。コロナ禍における予算やルート設定の制約を受けながらも、一定の距離数を確保するには、この設定のほうがいいのかもしれない。

選手には「もう一度ここを登るのか」という精神的なダメージを与えることになるが、勝負を仕掛けたいクライマーにとっては「予習」ができるという点で有利だ。最終ステージが長めの個人タイムトライアルだということを考えれば、それを苦手とするクライマーたちは、うまくコースの特徴を掴んで仕掛けていきたい。

1週目:穏やかなスタート

さて、ツール・ド・フランスでは初めてロードレースを見るという方にも、「風景」を楽しむヒントになるよう、かなり詳しいプレビューを書いたが、ブエルタは日替わりで変化するレース模様が面白いため、特に詳述はしない。以下にざっくりとコースの特徴を述べていこう。

第1ステージ 8月14日
ブルゴス大聖堂 > ブルゴス大聖堂
距離:7.1km
[主催者発表]個人タイムトライアル [現実]個人タイムトライアル
優勝予想:プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

ブルゴス大聖堂を発着点とする7.1キロの個人タイムトライアルで開幕する。前半区間に1.2キロで平均勾配7.1パーセントの3級カテゴリーの山岳ポイントがあり、山頂の計測地点をトップ通過した選手が今大会最初の山岳ジャージーに袖を通す。上り勾配のあとは一気に下り、市街地では何度も右左折するテクニカルコース。ノーマルバイクを選択する選手もいるだろう。短いため決定的な差は付かないが、今後の主導権争いを左右するステージにはなる。

20210812_ブエルタメモ_ブルゴス大聖堂

第2ステージ 8月15日
カレルエガ > ブルゴス県ガモナル
距離:167km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]平坦
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル) ⚠出場せず

安心してほしい。世に言う平坦ステージであり、癖はない。最後は少しテクニカルだが、特段の問題はないはずだ。ブルゴス周辺で繰り広げられる数少ないスプリンター向けステージを、ピュアスプリンターは落とすわけにはいかない。

20210812_ブエルタメモ_平坦ステージ

第3ステージ 8月16日
サン・ドミンゴ・デ・シロス > エスピノサ・デ・ロス・モンテロス
距離:203km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]山岳
優勝予想:アレックス・アランブル(アスタナ・プレミアテック)

第3ステージにして、早くも1級山岳にゴールする。最後の登坂は7.6キロ、平均勾配9.3パーセント。最大勾配は17パーセントにもなるという。こんなコースを第3ステージに組み込むのだから、選手はひどいと思うかもしれない。ただし、第2ステージと第3ステージの獲得標高を合計すると、きっと過年度と変わらないはずだ。イージーな平坦コースを組んだら、翌日はひどい。ブエルタというのは人生の哲学である。なお、レースは逃げ集団に最終的な総合優勝争いに絡む選手がいないと判断すれば、逃げ切りもあり得る。

20210812_ブエルタメモ_逃げ切り

第4ステージ 8月17日
エル・ブルゴ・デ・オスマ > モリナ・デ・アラゴン
距離:163.6km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]丘陵
優勝予想:アレハンドロ・バルベルデ(モビスター)

渺茫たるスペインらしい風景の中を走り抜ける。決して平坦ではなく、常にアップダウンがあるコースで脚が削られる。さらに、レース後半は道沿いで発電用の風車がぐるぐると回っている。すなわち横風分断にも注意が必要だ。エシュロン(斜めの隊列)がいくつも出来上がり、取り返しのつかない遅れを喫する選手が出てくるかもしれない。最後は残り1キロで100メートルほどを登る。明らかにワンデーレーサー向けのステージで、年齢を感じさせない脅威の強さを誇るバルベルデ師匠(41歳、モビスター)向きのレイアウトと断言できよう。

20210812_ブエルタメモ_モリナ・デ・アラゴン

20210812_ブエルタメモ_エシュロン

第5ステージ 8月18日
タランコン > アルバセテ
距離:184.4km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]平坦
優勝予想:ジャスパー・フィリプセン(アルペシン・フェニックス)

特に語ることのない平坦ステージである。そして、トレインが物を言う単調なコース設定。ゴール直前には噴水が上がる楕円形のラウンドアバウトを周るが、特に問題はなさそうだ。

20210812_ブエルタメモ_トレイン

第6ステージ 8月19日
レケナ > アルト・デ・ラ・モンターニャ・デ・クリェラ
距離:159km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]丘陵
優勝予想:トーマス・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)

レース中盤でバレンシアの海岸線に至り、海沿いを走ってカレッラ丘陵の3級山岳に登る。ゴール地点は1.9キロ、平均勾配9.4パーセントの登坂の先にある。決して個人総合時間賞争いに関係するような山ではないが、一癖あると見たほうが精神的に楽だろう。なお、ルートは残り84キロからは基本的にはフルフラット。つまり、見た目はかなり平坦である。スプリンターが勝負できる可能性は0パーセントだが。

20210812_ブエルタメモ_バレンシア

第7ステージ 8月20日
ガンディア > バルコン・デュ・アリカンテ
距離:152km
区分:[主催者発表]丘陵 [現実]上級山岳
優勝予想:エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)

スペイン南東部に入り、石灰岩質のベティコ山系の中を走り抜ける。ブエルタは短い区間に多くの山が詰まっているステージが多い。このステージは1級、3級、2級、2級、3級と山をこなして、最後は1級山岳「バルコン・デュ・アリカンテ」にゴールするという設計だ。これでも主催者発表は「Hilly」(丘陵)。十分に総合系の選手は勝負してもいいステージだ。

20210812_ブエルタメモ_総合系選手

第8ステージ 8月21日
サンタポーラ > ラ・マンガ(マール・メノール)
距離:173km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]平坦
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル) ⚠出場せず

フィニッシュラインは地中海に面した海岸に引かれている。マール・メノールと呼ばれる塩湖と地中海を、ラ・マンガと名付けられた砂州が隔てている場所だ。美しい海岸線を楽しめるステージになるだろう。土曜日の深夜に、スペインゆかりの酒や料理をつつきながら見るのもよさそうだ。ただ、選手たちはそうした地形ゆえに横風分断には注意しておきたい。
<追記 2021/08/14>【中島康晴選手の解説日】レース後半にスプリントポイントが設定された人口約20万人の港湾都市、カルタヘナを通る。カルタヘナ駅は1903年に開業。都市間列車やローカル線が発着し、1908年に完成した瀟洒な駅舎が、旅人を出迎える。プロトンはカルタヘナからしばらくはローカル線に沿って走る。中島康晴選手の解説は前日に続き今大会2度目。第7ステージは鉄道がほとんど走らないエリアだったため、今日は中島選手の本領発揮も期待できる。

20210812_ブエルタメモ_マール・メノール

第9ステージ 8月22日
プエルト・ルンブレラス > アルト・デ・ベレフィケ
距離:188km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]上級山岳
優勝予想:エステバン・チャベス(バイクエクスチェンジ) ⚠出場せず

2級山岳、1級山岳、3級山岳、そして超級山岳「アルト・デ・ベレフィケ」にゴールする。この大会で設けられた山岳カテゴリー(超級~3級)の全てが詰まっているステージで、登りと下りしかない。最後の「アルト・デ・ベレフィケ」は登り口が厳しいが、リズムが崩れるような登りではない。むしろ途中の1級山岳「アルト・カラド・ヴェンタ・ルイーザ」は二段階の登坂で脚は削られやすい。ライバルの様子を確かめるようなアタックもありそうだ。

休息日(アルメリア)8月23日

2週目:狭い道、急な坂

第10ステージ 8月24日
ロケタス・デ・マル > リンコン・デ・ラ・ビクトリア
距離:189km
区分:[主催者発表]丘陵 [現実]丘陵
優勝予想:ダミアン・ホーソン(バイクエクスチェンジ)

対岸はアフリカ大陸というスペイン南部、灼熱の海岸線を西へ、西へと向かうステージ。ただし、最後に距離10.9キロ、平均勾配4.9パーセントの丘が用意された。登ってゴールではなく、同じ距離を下ってフィニッシュに至る。スプリンターは残れるだろうか。登れるスプリンターのマイケル・マシューズを連れてきているバイクエクスチェンジは、このステージで主導権を握りたい。

20210812_ブエルタメモ_リンコン・デ・ラ・ビクトリア

第11ステージ 8月25日
アンテケラ > バルデペーニャス・デ・ハエン
距離:133km
区分:[主催者発表]丘陵 [現実]丘陵
優勝予想:ダミアーノ・カルーゾ(バーレーン・ヴィクトリアス)

2級山岳が途中に1カ所あるだけの丘陵ステージだが、コースプロフィールを見ていると、隠れ3級山岳が2カ所くらいはありそうだ。ゴール地点も登りであり、最後の1キロは最大勾配20パーセントにも達する。ルートマップが大ざっぱなため、最後はどこを登るのかは分からないが、少なくとも「バルデペーニャス・デ・ハエン」の市街地はどこもひどい坂である。

20210812_ブエルタメモ_ブエルタの落とし穴

第12ステージ 8月26日
ハエン > コルドバ
距離:175km
区分:[主催者発表]丘陵 [現実]丘陵
優勝予想:アルノー・デマール(グルパマFDJ)

スペインらしい赤茶けた大地を抜けたプロトンは、コルドバ郊外に設けられた3級山岳と2級山岳をこなして、コルドバの市街地にゴールする。玄関口のコルドバ駅は寂れた空港の新しいターミナルのような、何とも言えない無機質な現代風の駅舎。そんなステージの心配事はたった一つ。コルドバ郊外は複雑なコース設定で、コースマーシャルや先導する車が道を誤らないか。でも、不測の事態が起きても印象は薄いに違いない。何と言ったって2級山岳のポイントに付けられた名前は「14パーセントの登り」(Alto del 14%)。もっと他になかったのか。

20210812_ブエルタメモ_コルドバ

第13ステージ 8月27日
ベルメス > ビリャヌエバ・デ・ラ・セレナ
距離:203km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]平坦
優勝予想:ジョン・アベラストゥーリ(カハルアル・セグロスRGA)

広大なセレナ貯水池(セレナ湖)を通り、ビリャヌエバ・デ・ラ・セレナに向かう平坦ステージ。貯水池には古墳を思わせる真ん丸の小島があり、集団もその脇を抜けていく。ゴール地点も旧市街地を取り囲む新道で、特に癖はない。しかし、主催者が「街中にゴールしたほうがいいよね?」という囁きを聞いたなら、マップ通りにゴールするとは限らない。ゴール地点のルートが事前と実際とで異なるというのはよくあることである。

20210812_ブエルタメモ_セレナ湖

第14ステージ 8月28日
ドン・ベニト > ピコ・ビルエルカス
距離:165km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]上級山岳
優勝予想:ファビオ・アル(クベカ・ネクストハッシュ)

3級山岳、1級山岳と続けて登り、一度下ってから1級山岳の頂上フィニッシュとなる。1級山岳はほぼ同じ地点で、1度目は西側から、2度目は東側から山に飛び付く。ただし2度目は途中から(地図が正しければ)Googleマップでモザイクが掛けられている場所へとさらに登っていく。軍用施設なのだろうか。もっとも、どちらから登るにしても簡易舗装の心もとない道があるのみで、登坂は険しい。テンポで登るよりも、ダンシングでガシガシと登るライダーに向いていそうだ。前哨戦ブエルタ・ア・ブルゴスで総合2位に入り、復活の期待が懸かるアルなら、もしかしたらあるかもしれない。

20210812_ブエルタメモ_謎のゴール地点

第15ステージ 8月29日
ナバルモラル・デ・ラ・マタ > エル・バラコ
距離:197km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]上級山岳
優勝予想:ギョーム・マルタン(コフィディス)

間に山岳を挟んでいるとはいえ、首都マドリードから直線距離でわずか50キロのエル・バラコにゴールする。このコースのポイントは、ルートの最後に用意された3級山岳がフィニッシュではなく、しばらく平坦を走らなければならないという点だろう。山岳賞狙いで途中の二つの1級山岳に挑んだ選手が、そのままゴールまで行くというのは考えられる。ギョーム・マルタン(コフィディス)、アンヘル・マドラソ(ブルゴスBH)、リリアン・カルメジャーヌ(AG2Rシトロエン)などが候補だ。
選手たちはレース後、一路スペイン北部に飛び、北大西洋・ビスケー湾岸のサンタンデールで休息日を迎える。

休息日(サンタンデール)8月30日

3週目:そして、悟る。

第16ステージ 8月31日
ラレド > サンタクルス・デ・ベサナ
距離:180km
区分:[主催者発表]平坦 [現実]丘陵
優勝予想:マグナス・コルト(EFエデュケーションNIPPO)

スペイン北部サンタンデール周辺の街と街をつなぎながら走るステージだ。主催者は平坦としているが、細かなアップダウンが多く、獲得標高はかなりのものになるだろう。こういうステージで一番大変なのが、総合系のエース選手を守るアシスト選手たち。新城幸也(バーレーン・ヴィクトリアス)がテレビで何度も映されたなら、きっとまだミカル・ランダ(バーレーン・ヴィクトリアス)は生き残っている。

20210812_ブエルタメモ_サンタンデール

第17ステージ 9月1日
ウンケラ > ラゴス・デ・コバドンガ
距離:185km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]上級山岳
優勝予想:ロマン・バルデ(DSM)

185キロのコースの中に3級山岳、1級山岳、1級山岳、超級山岳が入る。意外にも各山岳のつなぎの区間は距離が長く、決定的な動きは最後の超級山岳「コバドンガ」まで起きないだろう。だからといって、二つ目の1級山岳を終えたあとにスプリントポイントを置いたところで、スプリンターがトップ通過できるはずもないが。でも、そういうところが、ブエルタが愛される理由なのだ。

もっとも、このステージで語るべきはコバドンガだ。2018年はティボー・ピノ(グルパマFDJ)がコバドンガのステージを制し、2016年の第10ステージはナイロ・キンタナ(当時モビスター)が力強く拳を突き上げた。キンタナは同年の総合優勝も飾るが、まさにコバドンガでアルベルト・コンタドール(当時ティンコフ)に1分以上、クリス・フルーム(当時スカイ)にも25秒の差を付け、それ以降、マイヨ・ロホを守り続けた。

ピュアクライマーはただでさえ最終日の個人タイムトライアルで大きくタイムを失ってしまう。ビハインドを跳ね返すには、今日の勝負を嫌っていては何も得られない。

9月に入ったばかりのスペイン。美しいエノル湖のほとりに最初にゴールする者は、いつだって我が手、我が脚で描くドラマの作中人物となる。

20210812_ブエルタメモ_コバドンガ

20210812_ブエルタメモ_村長

第18ステージ 9月2日
サラス > アルト・デル・ガモニテイル
距離:162km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]上級山岳
優勝予想:ミゲル・アンヘル・ロペス(モビスター)

ガモニテイルと読むのかどうかさえ分からないが「鴨に似ている」ではないだろう。その超級山岳「ガモニテイル」は距離14.6キロで平均勾配が9.8パーセント。木々の生えない岩峰へと挑む。総合優勝を争う選手たちは守りの走りに徹するはず。コバドンガ同様に、少し遅れている選手や個人タイムトライアルを苦手とする選手にとっては、ここはなんとか抜け出しておきたい。

20210812_ブエルタメモ_クライマー

第19ステージ 9月3日
タピア > モンテフォルテ・デ・レモス
距離:191km
区分:[主催者発表]丘陵 [現実]丘陵
優勝予想:マーティン・ラース(ボーラ・ハンスグローエ)

ビスケー湾を望むタピアから真南へと下っていく丘陵ステージ。ただ、山岳地点はレース序盤に集中しているため、残り27.6キロ地点のオウラルのスプリントポイントで「登る」以外は平坦である。とはいえ、そのスプリントポイントのちょっとした登りは、ボーラ・ハンスグローエが仕掛けるのを得意としそうだ。他のスプリンターを振り切ろうとする動きがあっても不思議ではない。

20210812_ブエルタメモ_モンテフォルテ・デ・レモス

第20ステージ 9月4日
サンシェンショ > カストロ・デ・ヘルヴィーユ
距離:202km
区分:[主催者発表]山岳 [現実]丘陵
優勝予想:アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ)

港町・サンシェンショをスタートする。砂浜の美しい街を少し外れると、大西洋の遮るもののない海域が広がる。真西に進むとアメリカのボストンだ。そんな海を右手に見ながら集団は南下し、ポルトガル国境のトゥイを経て、港湾都市ビーゴの郊外にゴールする。終盤は3級山岳や2級山岳が続くワンデーレースのようなコース設定。ポルトガルに近いとはいえ、残念ながら二人がエントリーしているポルトガル人ライダーは、ネルソン・オリベイラ(モビスター)がタイムトライアラー、ルイ・オリベイラ(UAEチームエミレーツ)はスプリンターで、いずれもこのコース向きではない。

20210812_ブエルタメモ_国境

第21ステージ 9月5日
パドロン > サンティアゴ・デ・コンポステーラ
距離:33.8km
区分:[主催者発表]個人タイムトライアル [現実]個人タイムトライアル
優勝予想:ヤン・トラトニック(バーレーン・ヴィクトリアス)

約34キロの長めの個人タイムトライアルが最終ステージとして設定された。10キロ地点から15キロ地点までが緩やかな上り坂で、それ以降はそれほどのアップダウンはない。純粋なタイムトライアル能力が問われるステージだ。

さて、個人総合時間賞争いをする選手のうち、プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)はタイムトライアルでも強く、このステージ単体でも優勝候補の一角。エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)で少なくとも30秒、軽量のピュアクライマーならば1分半くらいの差を持っていないとログリッチの追い上げはかわせないのではないか。はたして、最後に逆転劇はあるか。癖のないコースゆえの、くせ者の34キロのタイムトライアルで、大会は幕を閉じる。

20210812_ブエルタメモ_サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂

結局、誰が勝つ!?

述べてきた通り、「ブエルタ・ア・エスパーニャ」は、主催者発表よりも厳しいステージもあれば、「実際はきっと違うよね」という憶測が立つステージも確実に存在する。本稿の最後に、そんな不確かさを内包するグランツールの各賞ジャージー最終優勝者を予想しておきたい。

個人総合時間賞(マイヨ・ロホ)
 プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

ポイント賞
 プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

山岳賞
 ロマン・バルデ(DSM)

ヤングライダー賞
 エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)

ログリッチの3連覇を予想する。今年のツール・ド・フランスは思わぬ落車で総合優勝が夢と散ったが、東京で行われた世界的なスポーツの祭典ではロード競技の個人タイムトライアルで優勝しており、コンディションは良い。逆に前哨戦であまり目立たなかったイネオス・グレナディアーズは、エースだらけの布陣をまとめられるのだろうか。

さあ、今年最後のグランツール「ブエルタ・ア・エスパーニャ」が始まる。筋書きが全くないドラマの数々。選手たちは最大限の準備をしながらも、ありのままを受け入れねばならない。理不尽をバネに戦い、視聴者は感嘆符と疑問符を同時に頭上に灯してファイトに見入る――。日本での放送時間は深夜。夜道を歩きながら爆笑と悲鳴が聞こえたら、きっとその家庭は平和にブエルタを見ていることだろう。極東では眠れぬ夜が続くのだ。

【ライセンスや参考文献】
引用した画像のライセンス(主にCC BY-SA)についてはこちら(クリエイティブ・コモンズ)

地理や歴史に関する情報は、
・ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版(ブリタニカ・ジャパン)
・日本大百科全書 2014年12月更新版(小学館)
・百科事典 マイペディア 2015年5月更新版(平凡社)
を参考にした

「自転車ロードレース中継 観戦用語集」(拙稿)はこちら
【関連リンク】
ブエルタ・ア・エスパーニャ 公式サイト
ブエルタ・ア・エスパーニャ 公式twitter
Pro Cycling Stats - 選手に関する情報など
J SPORTS - 日本でのブロードキャスター
自転車ロードレース中継 観戦用語集(拙稿)

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