見出し画像

美しさはいつもクレイジー ~ジロ・デ・イタリア2023 第3週目 勝手にプレビュー

<<1週目のプレビューと全体予想はこちら
<<2週目のプレビューはこちら

ジロ・デ・イタリアは3週目を迎えた。本稿の2週目まではテクニカルガイドのルートマップに沿って展望してきたが、今大会は悪天候が続き、本稿執筆前日の第13ステージでルート変更と距離短縮が行われた。チマ・コッピ特別賞の設定地点も移動している。
各ステージの優勝予想はリタイアを考慮せず、開幕時点でのスタートリストで述べてきたが、個人総合優勝最有力と目されたレムコ・エヴェネプールが2週目を前に体調不良でジロを去り、2020年大会の覇者テイオ・ゲイガンハート、ポイント賞有力候補のマッズ・ピーダズンなど他の有力選手も相次いで不運に見舞われた。

これらの理由から3週目のプレビューは5月21日時点でジロ公式サイトに掲載のマップ等をベースに記述し、選手名も同日時点でエントリーできているライダーに絞って述べていく。

余談だが、勝負の3週目でこのような事態になっているのは極めて残念だ。ジロ主催者が臨機応変にコース変更することは選手の安全面を考えれば歓迎すべきだが、ジロは1週目から悪天候が続き、落車や体調不良が相次いだ。
一定程度の雨や寒暖は自然相手の競技である以上やむを得ないが、高度化、高速化するプロロードレースにおいて、荒れた展開の連続を許容せず、早い段階で一時的な中断やニュートラリゼーションの判断ができなかったか。イタリアが大会前から記録的な大雨に見舞われていたこと、イタリアの滑りやすい路面状況も踏まえれば展開は予見できたはずだ。判断材料がありながら後手の策に終始した主催者、UCI、コミッセールパネルなどは、今大会を教訓に、最善の競技運営を図っていってほしい。

3週目:恩讐の道

第16ステージ
サッビオ・キエーゼ〜モンテ・ボンドーネ
203km
設定:上級山岳
難易度(公式):★★★★★
優勝予想:レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)

ガルダ湖畔を約60キロ走り、湖の北端から山に飛び付く。今日の登坂は1級カテゴリー山岳「サンタ・バルバラ峠」(登坂距離12.7km、平均勾配8.3%)、登り返しの3級「ボルダラ峠」に始まり、スプリント地点まで下ったあと休むことなく挑む2級「マタソネ」、テクニカルな下りを経てだらだらと登る2級「セッラーダ」(登坂距離17.7km、平均勾配5.5%)、そして約千メートル下って2度目のスプリントを過ぎ、ゴール地でもある1級「モンテ・ボンドーネ」(登坂距離21.4km、平均勾配6.7%)に挑む。

今日の山は九十九折りも直登もあり、総合優勝争いをする選手とチームにはオールラウンドな能力が求められる。それに、湖畔の道は多くのトンネルがあり、序盤の平坦路とてリスクが皆無とは言えない。もちろん休息日明けの山もリスクに満ちる。平地牽引力があるアシストと、最終登坂の一つ手前にある2級カテゴリー山岳セッラーダまでを支えられるアシストがいると頼もしい。いずれにせよ、今日で総合優勝争いに絡める選手が数人に絞られるのは間違いがない。タイム差のギャップも大きく開き、第19ステージまでジャージーを着続けられる選手もここで決まる。

それでも。それでも、ジロ・デ・イタリアは逆転劇が繰り返されている大会であることを忘れてはならない。挑むなら今日だ。より過酷な第19ステージ、山岳レイアウトの個人タイムトライアル(第20ステージ)まで待つのは得策ではない。アシストを残しているチームを出し抜き、己の足のみでチャンスを引き寄せるには、こういうレイアウトのほうが向いている。

第17ステージ
ペルジーネ・ヴァルスガーナ〜カオルレ
195km
設定:平坦
難易度(公式):★☆☆☆☆
優勝予想:新城幸也(バーレーン・ヴィクトリアス)

昨日のゴール地点のそばから、アドリア海北部の海岸線へと下っていくステージだ。終盤はヴェネツィア近郊に広がる優雅で複雑な地平を進んでいく。海がそうであるように、カオルレの街並みも複雑だ。残り2キロを切ってからの右カーブ、最終ストレートに入る左カーブはそれぞれ道が絞り込まれるように狭くなる。危険な香りは漂うが、幸か不幸かトレインを組めるチームは少ない。

平坦レイアウトながら横風の影響もあるかもしれない。前日の疲労とゴール前の複雑なレイアウトはちょっとした波乱を起こす。区間優勝を競えるのは、プロトンが昨日の戦いを振り返っている頃に飛び出すであろうマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)のような職人、ちょっとしたカオスの展開ゆえに前方に攻め残った総合系チームのアシストなどが中心で、そこに数人のスプリンターが加わる小集団スプリントになる。そうならば、職人であり、総合系チームのアシストでもある日本選手権覇者が、日本に大きなお土産を届けるかもしれない。

第18ステージ
オデルツォ〜ヴァル・ディ・ゾルド
161km
設定:山岳
難易度(公式):★★★★☆
優勝予想:アマヌエル・ゲブレイグザビエル(トレック・セガフレード)

今大会を象徴する山岳3連戦に入って行く。その初日は“それほど”きつくない。比較対象を翌日にステージに求めるならば。

プロトンはピアーヴェ川が下流の渓相へと姿を変える平原地帯、オデルツォの街を出立。序盤の1級カテゴリー山岳「クロセッタ峠」(登坂距離11.6km、平均勾配7.1%)を登ったあとは15キロほど、優れた景観の高原地帯を横断する。4級山岳を経て、ピアーヴェ川沿いに復帰。しばらくは川沿いを走り、ダムサイトの街ピエヴェ・ディ・カドレに“登って”第1スプリントポイントを通過すると、岩峰に見つめられた「チビアーナ峠」(登坂距離9.6km、平均勾配7.8%)に取り付く。最後は2級カテゴリー山岳2連発で、残り5キロ付近にある「コイ」(登坂距離5.8%、平均勾配9.7%)とゴール地の「ヴァル・ディ・ゾルド」(登坂距離2.7%、平均勾配6.4%)の2段階登坂で締めくくる。

常識的に考えれば、山岳賞を狙う選手、区間優勝を目指す選手の逃げ集団が発生し、それが先着する確率は高い。それさえも吸収してしまうような常識を打ち砕く“非常識”な総合ライダーは不在。個人総合優勝を目指す選手たちは、ピアーヴェ川に別れを告げるダムの街あたりから静かに火花を散らし始める。

ところで、コイというのはアルファベット表記だとCoi。大文字で書くとCOIで、「丘」を意味する「Col.」と混同しそうではあるが、安心して欲しい。獲得標高565m、瞬間的には19パーセント超の激坂区間があり、コイするほどの丘ではない。

第19ステージ
ロンガローネ〜トレ・チーメ・ディ・ラヴァレード
183km
設定:上級山岳
難易度(公式):★★★★★
優勝予想:プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

今大会の最難関ステージだ。フィニッシュラインが引かれているのは、10年前のジロでヴィンチェンツォ・ニバリ(当時アスタナ)が制したトレ・チーメ・ディ・ラヴァレード。2013年大会では第20ステージで登場。同日時点で総合首位に立っていたニバリはリゴベルト・ウラン(当時スカイ)、カルロス・ベタンクール(当時AG2R)、ミケーレ・スカルポーニ†(当時ランプレ・メリダ)などとの差を広げ、個人総合優勝を確実なものにした。バーレーン・ヴィクトリアスのエース、ダミアーノ・カルーゾもキャノンデールのメンバーで出場し、区間8位と上位に入っていた。

10年前と大きく違うのはコースレイアウトだ。2013年大会は217kmの長距離コースで平坦区間を淡々と走ったのち、最後にこの山が待ち構えていた。しかし、今年のドロミテ山塊での競争は狂気に満ちている。スタートからだらだらと登り、悪名高きポルドイ峠そばの2級カテゴリー山岳「カンポロンゴ峠」(登坂距離3.9km、平均勾配7.0%)、1級カテゴリー山岳「ヴァルパローラ峠」(登坂距離14.1km、平均勾配5.6%)、カテゴリーの付かない登り返し「セルヴァ・ディ・カドーレ」、1級カテゴリー山岳「ジャウ峠」(登坂距離9.9km、平均勾配9.3%)と休みなくアップダウンを繰り返す。

そうして最後は2級カテゴリー山岳「トレ・クロッチ峠」(登坂距離7.9km、平均勾配7.2%)を経て、下りきらずに1級カテゴリー山岳「トレ・チーメ・ディ・ラヴァレード」(登坂距離7.2km、平均勾配7.6%)によじ登る。
ひどいの一言だが、それでもライダーの心を静める安心材料は一つだけある。今日に限っては誰も安心していない。誰もが不安に駆られている。それこそが唯一の気休めだ。

勝負に出る場所は二つに分かれそうだ。すなわち急勾配の九十九折りが続くが勾配自体は一定している「ジャウ峠」で動く方法と、勾配が常に変化する最後の登坂で動く方法がある。後者は残り4キロ地点から平均勾配11.7%に達し、18%超という激坂区間もある。マリア・ローザに袖を通している選手や順位を守りたい選手は自ら動く必要はないが、もし己に眠る不安が目覚めていたのなら、攻撃こそを防御に使うほうがいいかもしれない。ジロの3週目に潜む魔物も今や目を覚まし、あなたを見つめているのだから。さあ、どこで仕掛けようか。どこで魔物に食われてしまおうか――。ドロミテに乱舞するジロの狂気が最高のディナーを約束する。

第20ステージ
タルビジオ〜モンテ・ルザーリ
18.6km
設定:個人タイムトライアル
難易度(公式):★★★★★
優勝予想:セップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)

オーストリア、スロベニアとの三国境に近いイタリア北東端の街、タルビジオにチームバスが止められた。ここでの個人タイムトライアルが個人総合優勝を決める最後の舞台だ。距離は18.6kmと短いが、残り7.3kmはストリートビューを撮影するGoogleカーさえ入っていない、ひっかき傷のような道をひたすら登っていく。獲得標高889m、平均勾配12.1%、最大勾配22%。特に登坂区間最初の約4キロは平均勾配が15.3%という。航空写真を見る限り未舗装。ジロのために舗装するとは思うが、きっと簡易舗装程度だ。

昨日も過酷な山に苦しめられたばかり。ベテラン選手はどれだけ回復できているだろうか。ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)、プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)は回復力が問われるコースだ。悩ましいのは前半の10キロを通常のロードバイクで走るか、タイムトライアルバイクで走るか、という選択。さすがに登坂区間はノーマルバイクしか選択できないが、前半はタイムトライアルバイクで高速巡航できる区間だ。ただそれで稼げる時間がバイクを乗り換える時間で相殺されるなら、最初からノーマルバイクでも良さそう。いずれにせよ難しい判断を迫られている。
そしてあまりにも坂が厳しいため、ステージ勝利の候補はタイムトライアルスペシャリストではない。オールラウンダーか、平坦区間の遅れを登坂で取り戻せるピュアクライマーに絞られる。山頂のモンテ・ルザーリ聖域で疲れた顔に笑顔を浮かべられるたった一人のライダーは、誰か。最後の勝負が始まる。

――ところで、あまりにも急な登りのためか、ジロ公式ウェブサイトに掲載のコースプロフィールは「MONTE LUSSARI」の文字が切れている。ジロ自身の想定を上回る登坂ということか。

第21ステージ
ローマ〜ローマ
135km
設定:平坦
難易度(公式):★☆☆☆☆
優勝予想:ジョナサン・ミラン(バーレーン・ヴィクトリアス)

今年のジロはツール・ド・フランスと同様、最終日がパレードステージとなった。スタートしてからも逃げ集団は生まれず、プロトンは健闘をたたえ合う雰囲気に包まれる。一応の出発地は教会や博物館、庭園などが集まるエウル地区。そこから集団はクリストフォロ・コロンボ大通りを南西15キロほど進み、ティレニア海に突き当たった場所で折り返す。
勝負が始まるのはローマ市街地の周回コースに入ってから。残り84.2km地点で周回路に入り、残り81.6キロで最初にフィニッシュラインを通過。ここを起点に13.6キロの比較的長いコースを6周回する。様相はスプリントステージと同じで、数人の逃げ集団が発生し、それをプロトンが追いかけ、最後には吸収して集団スプリントに持ち込まれる。

周回コースは観光ツアーそのものだ。歴史が幾重にも重なる古代遺跡「フォロ・ロマーノ」のそばにラインが引かれ、1911年に完成した壮大な「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂」を左手に、2世紀に建立された神殿「パンテオン」と噴水が美しい「ナヴォーナ広場」に続く小径を右手に見ながらテベレ川沿いに進む。ローマ皇帝の円形霊廟「アウグストゥス廟」を過ぎるとテベレ川の右岸に渡り、星形の周縁部と円形の建物を持つ「サンタンジェロ城」の外周を通過。「サン・ピエトロ寺院」を右に見たら再びテベレ川の左岸に戻る――。ここまででまだ周回は半分にも達していない。

プロトンはトラムが走る「ガリバルディ橋」、紀元前に建造されたという石造アーチ橋「ファブリキウス橋」を右に見て走り、「真実の口」がある「サンタ・マリア・イン・コスメディン教会」の交差点でテベレ川沿いから離脱。古代ローマ時代の大競技場跡地「チルコ・マッシモ」を過ぎるとトラムの線路を横断し、ローマ浴場遺跡「カラカラ浴場」を過ぎる。このあたりは線路の横断や鋭角のカーブがあり、落車には気をつけたいエリアだ。それから集団は「コンスタンティヌスの凱旋門」に向かう道に戻り、古代闘技場「コロッセオ」の周りを走って、フィニッシュラインに戻る。

視聴者はあらゆる賛美を必要としない古代ローマの完成された美しさと、どれだけ空撮に頼ろうとも見えてしまう落書きに満ちた現代ローマの醜態とのコントラストを眺めつつ、それでも「ローマには行ってみたいな」と思うに違いない。ただ、観光コースの周回は平坦だが屈曲が多い。この時点においてスプリンターを抱えられているチームはアシストが死力を尽くさねばならない。新城幸也に待っている今大会最後の仕事は、ジョナサン・ミラン(バーレーン・ヴィクトリアス)を安全に運ぶことである。昨日までの激戦地に近いイタリア北東部トルメッゾ出身のミランならば、ベテランの仕事に結果で応えてくれよう。

まもなく終わりなき旅路を象徴するトロフィーが勝者に授けられる。競技場、闘技場、凱旋門――。紀元前から続く勝者に光を当ててきた首都に、今日も祝福の西日が差し込んでいる。雨と狂気に満ちた恩讐の21日間がついに終わりを迎えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?