図書館のベストセラー複本問題が解決したら出版社は救われるのか? 答えはNOです!
出版物の売上額が減少しはじめた1997(平成9)年ごろから、出版業界で言われていることがあります。
図書館があるから本が売れないんだ!
本当なのか、それとも的外れなのか、答えは出ていません。
ただひとつ、間違いなく言えることがあります。
それは、
図書館がなくなると出版できない小説がたくさんある!
です。
図書館と出版社の問題について、解説していきます。
1、図書館が複本購入しているのは本当か?
「複本」とは、一つの図書館が同じ本を複数冊、購入することです。
ベストセラー、例えば「ハリー・ポッター」が流行したら、何冊も購入するというのがあります。
2020(令和2)年の「本屋大賞」受賞作、「流浪の月」(凪良ゆう、東京創元社)を見てみましょう。
Amazonで「流浪の月」を見てみる
本屋大賞を選んだのは、受賞作の売れ行きが直木賞や芥川賞の10倍以上ある、最も「売れる賞」だからです(作品によりますが)。
・東京都中央区の図書館
東京のど真ん中の中央区。
区内に3つの図書館があります。
3図書館で所蔵冊数が13冊。
1図書館で4冊を購入しているので、複本です。
予約数は163件。163人が借りるのを待っています。
これを調べているのが2021(令和3)年8月で、本屋大賞が発表されてから1年以上たっています。
「こんなに待っている人がいるんだから、各図書館が4冊じゃなくて1冊しか持っていなかったらもっと待つのが長くなるから、書店で買ってくれるんじゃない?」
と、出版社が考えてしまうのも理解できるでしょう。
・東京都江東区の図書館
中央区のお隣の江東区。豊洲地区にマンションが林立し、人口の上昇が東京でも随一です。
区内に11図書館あり、「流浪の月」は27冊購入しています。
1図書館で2~3冊。
借りるのを待っているのは501件(人)!
待たないで買ってよ~、と出版社も著者も思ってしまいますね。
・北海道夕張市の図書館
次に、東京都は対極にある、「市」で人口が2番目に少ない夕張市。
人口は約8,000人です。
「流浪の月」の所蔵は1冊。
しかも、待っている人はゼロ~!
・複本についてまとめ
たしかに、図書館はベストセラーの本を複数冊、購入します。
ひとつの図書館につき2、3冊購入しても、借りるには10人待ちとかは当たり前の状況です。
図書館は2週間貸し出しが普通なので、
2週間(14日)× 10人 = 20週(140日)
待つことになります。
これだけ待たせてしまうなら、ひとつの図書館で10冊とか買えばいいじゃん!
と思いますが、そんな図書館はありませんでした。
出版社の私から見ると、「節度のある複本購入」と思えます。が、1図書館につき10冊を購入するなどは、ありません。
2、図書館のせいで本は売れない、は本当か?
答えは出ていません。
ただ、いろいろな方が分析しています。
この本に詳しく書かれています。
Amazonで「書籍市場の経済分析」を見てみる
この本はなんと定価8,800円!
中央区の図書館に蔵書はありませんでした…
が、大学図書館では121件もヒットしました! ほっ。
「書籍市場の経済分析」によると、
「1990年代では公共図書館全体で毎年1,500万冊から1,600万冊が購入されていたが、2011年以降は、1,300万冊から1,400万冊に減少している」
とあります。
書籍の購入額は減っているのです。
図書館が購入している1,300万冊ってどんなもんなの?
と思いますよね。
2019年の日本における書籍の販売冊数は、約5.4億冊です。
5.4億冊における1,300万冊は、2.4%。
書籍市場にしめる、図書館の購入冊数は2.4%ということです。
じゃあ、図書館ってどれだけ本を貸し出しているの?
ということを調べました。
2019年、公共図書館は約3,300館あり、1年間で約6.2億冊を貸し出していました!
同年の書籍の販売冊数は約5.4億冊。
貸し出しの方が上です。
このデータをみると、
図書館は出版市場の2.4%しか本を買ってないけど、6億冊も貸し出してるから、出版社の経営を圧迫している!
と思ってしまいます。
・図書館があるから「読書習慣」が身につく
「書籍市場の経済分析」にはこういった調査も載っています。
「図書館の影響について言及したAppelman and Canoy(2002)は、図書館の貸出は消費者の書籍購入を代替するが、図書館が読書習慣を身につけることに貢献し、これが書籍需要を増加させる可能性があることを指摘している。」
こうもあります。
「米国の図書館利用者の50%以上は、図書館で初めて知った著者の書籍を購入しており、公共図書館は、出版社に損失を与えているのではなく、読書習慣を培養する点で、出版産業のパートナーである」
私もそう思います。
図書館で借りて初めて読んだ著者のファンになり、新刊が発売するとAmazonで購入する、という流れです。
幼児の親は図書館で絵本を借りて読み聞かせ、子どもが本好きになるというのもあるでしょう。
3、【事実】図書館があるから小説の出版は成り立っている
では、出版社で営業や初版部数、重版の決定に携わっていた私の立場からかきます。
図書館がないと、出版できない小説が山ほどあります。
事実を書きます。
いま小説の初版部数は4,000部が平均です。
このうち、7割が売れないと出版社は赤字です。
4,000部 × 7割 = 2,800部
じつはこの2,800部のうち、1,000部は図書館が買ってくれているのです!
1,000部 ÷ 2,800部 = 35%
1/3が図書館需要です。
新潮社の佐藤隆信社長が2015(平成27)年に、図書館に対して要望をだしました。
図書館は新刊の貸し出しを1年間しないでほしい
図書館の立場に立てば、1年間貸し出せない本を、発売と同時に購入するでしょうか?
図書館の目的として、資料を収集しておく、というものがあります。
ですので、購入しないということはないでしょう。
ただ、反発はでてくるでしょう。図書館の方は、読書という文化を守っているという矜持があります。
新潮社の言い分は、図書館を敵視した言い方と捉えられかねません。
もし図書館が購入を控えることがあったら、
2,800部の売り上げから1,000部が無くなります。
1,800部しか売れない見込みだと、初版は2,500部になります。(2,500部×7割=1,800部)
図書館の購入がなくなると、初版で4,000部を刷れるところが、2,500部になってしまうのです。
初版部数が減るということは、コストも高くなり、一冊当たり2,000円を超えてしまいます。
2,000円以上する小説を、一般の人は購入するでしょうか。
小説という娯楽に2,000円は、あまりにも高いです。
よっぽどのファンしか、買いません。
出版社の編集者ではなく営業の立場では、
2,000円以上にしないと損益分岐クリアしないなら「出版しなくていい」
となります。
ちなみに、初版部数が減れば著者の印税も減ります。
1,500円の本で4,000部なら、
4,000部 × 1,500円 × 印税10% = 60万円
2,500部になると、
2,500部 × 1,500円 × 印税10% = 37.5万円
初版4,000部はあまりにも少ない! と思う方もたくさんいると思います。
現実です。
過去に有名な文学賞を受賞した作家で、いまは初版4,000部という方はいくらでもいます。
※初版部数の7割が売れないと赤字、と書きましたが、出版社によっては「9割」にしているところもあります。初版部数の9割を売り切るのは、無理です。売れない前提で、作家を育てるために発売しているのです。
まとめ
図書館があるから本が売れない。
図書館があるから読書習慣が身につく。
どちらも正しいですが、間違いないと言い切ることはできません。
間違いなく言えることは、
いまの小説の市場は、図書館によって支えられている、ということです。
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