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大企業でキャリア自律支援施策を推進してきた人事の奮闘記 ~Connecting the dots編~

こんにちは。HR Tech企業で組織開発・人材育成をやっているうえむらです。私は自社のキャリア自律支援施策を約3年間推進してきました。本記事ではキャリア自律支援施策を体系化していく中で生じる難しさに向き合っていった様子をn=1の人事視点で書いていきます。


これまでのあらすじ

まずは「立ち上げ編」として、キャリア自律支援施策を立ち上げることになったきっかけや、上司と部下がキャリアについて1on1形式で会話する「Career Interview」を企画した経緯を書きました。

続いて「浸透編」において、立ち上げた施策を根付かせて文化に昇華させていく難しさと向き合っていった様子を書きました。

本記事では立ち上げ、浸透を経てキャリア自律が次のフェーズに進んだところからのスタートとなります。

ふたたび、現場からのフィードバックに頭を悩ませる

上司と部下がキャリアについて1on1形式で会話する「Career Interview」を実施していく中で、アンケートや問い合わせ窓口、Slack上でのやり取りなどを通じて様々なフィードバックが寄せられるようになりました。当初は施策そのものに対する声が中心でしたが、改善を重ねるうちに施策の範疇を超える要望も上がってくるようになりました。

  • 社内のキャリアパス、特にスペシャリストのキャリアが見えづらい

  • キャリアプランを実現する手段を会社からもっと提供してほしい

  • 目標管理制度とCareer Interviewの関係性が分からない

このようなフィードバックを受け止める中で、私は自社におけるキャリア自律のフェーズが変化したことを感じていました。キャリアと真剣に向き合う社員が増えたからこそ、キャリアを叶えるための具体的な道筋を描いたり、行動に目を向けるようになってきている。あるいはキャリアと業務をどのように位置づけるかについての関心が高まってきている。

考えてみれば当たり前のことですが、キャリア自律と本気で向き合うには会社で働く体験そのものが変わる必要があります。社員の日々の行動に影響をもたらす人事制度が以前のままでは、たとえ個々人のキャリア意識が変わっても、行動にまで影響をもたらすことは難しい。行動を変えていくにはキャリア支援施策と既存の人事制度を接続し、社員の日常に溶け込むものにしていく必要があるように思いました。

人事制度とキャリアを繋げる

人事制度とキャリア自律支援施策をどのように関連付けるかは多くの人事パーソンが頭を悩ませる課題のひとつだと思います。本記事では等級制度や異動・昇格機会とキャリア自律を繋げていった過程について記載します。

等級制度とキャリアパスを紐づけるキャリアモデル定義

従来の等級制度はざっくり以下のような特徴を持っていました。

  • 役割等級ベース

  • キャリアステージを前半(個人主体)と後半(組織主体)に分けている

  • マネジメント職種とスペシャリスト職種の複線型キャリアパスを提示

従来の等級制度の課題は特にスペシャリストにおける職種別の期待役割が不明瞭な点、また職種をまたぐ異動が想像しづらいことでした。

そこで職種別、グレード別に期待役割や求められる専門知識・スキルを明記した「キャリアモデル定義書」を作成すると共に、職種間でのキャリアパスを明記した「職種別キャリアパスモデル」を作成しました。キャリアパスモデルについてはITスキル標準に記載されたものが近いイメージとなります。

キャリアモデル定義書・キャリアパスモデルを作成する過程において重視したのは、職種毎に専門性が異なる中で、いかに現場が納得する定義を作れるかという点でした。

そのため各職種からスペシャリストとして活躍する人物を集め、対話を通じてプロジェクトを進めていきました。私は当時HRBPとしてエンジニア部門を担当し、マネジメント、スペシャリスト、グレード毎の期待役割、育成、退職要因など合計40個のトピックについて数ヶ月に渡り対話を重ねていきました。このプロセスにより人や組織の現状や課題について現場スペシャリストと人事が相互理解を深めつつ、忌憚のない議論を経てキャリアモデルを設計することができました。

スペシャリスト認定を含む手挙げの昇格プロセス

従来の昇格制度はマネージャー・スペシャリストを明確には区別しないプロセスになっていました。またスペシャリストとして昇格する社員の前例が少なく基準も不明瞭であったため、スペシャリストとして昇格を目指すことのハードルが必要以上に高い状況にありました。

そこで、本人の手挙げを起点としたプロセスを導入し、自身の成果や専門性を示すポートフォリオを用いることでスペシャリスト志向の社員が昇格を目指しやすくなるようアップデートを行いました。また昇格プロセスにおいてキャリアモデル定義を活用することで昇格後の期待役割が明確になり、フィードバックがしやすくなった面もあります。

社内公募制度を中心とする全社での異動機会

社内公募制度については従前から実施していたものの、コンセプトが伝わりづらかったのかそこまでの活用実績はない状況でした。キャリア自律が進んでいく中で、自らキャリア選択を行う社員も増えていきます。そこで社内公募制度をリニューアルし、Career Interviewを通じて上司部下でキャリアプランについて話し合った上で社内公募に応募してもらうフローを設けました。

リニューアルを経て社内公募への応募人数、異動人数は増加し、自らキャリア選択する機会を以前よりも多くの社員に提供することができました。一方で、社内にどのようなキャリアパスが存在するかを知る機会や、自らのロールモデルとなる社員を発見する機会が不足しているといった新たな課題が見えてもきています。

目標管理とキャリアを繋げる

キャリア自律と目標管理は互いに独立した状態で成立させることは難しい関係性を持っています。ありがちなシーンとしてメンバーはキャリアプランの実現に近づく仕事がしたいが、今の組織ではそうした仕事が存在しない(と本人は思っている)。一方マネージャーとしてはメンバーのキャリアを支援したいが、組織成果を上げるためにはキャリア実現に直結しない仕事にアサインせざるを得ないといった場面が考えられます。

自社では目標管理としてMBOを採用しています。MBOの成功要件は「Self-Control」すなわち自律的な貢献を引き出すことです。自律的な貢献は自身の期待役割へのコミットメントから生まれますが、私はこの点について、特に日本企業においてはキャリア自律との関係性を明確にすべきと考えています。

グローバル企業ではいわゆるジョブ型、つまり職務に人がつき、職務に給与が紐づく形となっています。自身の役割や報酬を望む形に変えるためには、自分から職務を渡り歩いていく必要があります。これは暗黙的にキャリア自律が促される仕組みとも言えます。

日本企業でも最近はジョブ型雇用が導入されつつあります。しかし長い間メンバーシップ型雇用の環境で過ごしてきた人々が自身のキャリアに主導権を持つには、ある程度の時間と明示的なマインドセットが必要でしょう。労働人口の減少や雇用流動性が高まる中で、企業側としても社員のキャリア自律を前提とした組織運営は避けては通れないものになりつつあります。

重要なのは、従来会社から言い渡していた儀式を、社員にとって自分事と納得できる形に変容させていく点です。目標管理はその好例であり、同時に事業成長のためのキーファクターでもあります。目標管理に「Self-Control」を持たせるには、会社や組織に期待される貢献と、自分自身に期待する貢献をブレンドすることが必要です。

Career Interviewによってこれまでのキャリアで自分が身につけたことやできることを棚卸しし、今後やりたいことを明確にしたものを上司と共有する。そしてMBOを通じてメンバーは自身の強みを活かした目標設定を、上司はメンバーのキャリアを理解した上で期待をかけ、フィードバックを行う。そうした手続きを一連のサイクルとして回していくことが効果的なパフォーマンス・マネジメントに繋がっていく。私はそんなイメージを持っています。

現状ではMBOの中で育成目標を設けることで上司がメンバーのキャリアに目を向けるようにしています。しかし組織によって運用が異なる点も多いのが実情です。またMBOとCareer Interviewの実施タイミングを合わせていることもあり、運用負荷が高まるなどの課題を抱えています。目標管理とキャリアを効果的に連動させる上では伸びしろがある状況と言えそうです。

学習機会とキャリアを繋げる

キャリアに関連する学習機会として一般的には「リスキリング」「リカレント教育」「生涯学習」という区分が存在します。それぞれの違いについては以下記事に詳しく書かれています。

余談ですが「リスキリング」という言葉を見る機会が一時期と比較して減ったような気がしたのでGoogleトレンドを見てみました。やはり少し落ち着いてきているようですね。

Googleトレンド「リスキリング」の検索結果

話を戻すと、自社においては従前から自学支援として資格取得支援制度を運用してきました。しかしキャリアとは直接関連しない制度となっており、社員から見た際にチグハグした印象を持たれていました。また資格以外にも、書籍などを通じた自律的学習を支援して欲しいというリクエストを社員からもらう機会がちょくちょくある状況でした。

そこで社員のキャリア自律につながる学習機会を改めて設計し、学習機会の提供方針に一貫性を持たせるようにしました。資格取得支援制度についてキャリア自律支援の一環として位置づけ直すと共に、新たに書籍購入支援制度、E-Learning(Udemy/GLOBIS学び放題)を導入することにしました。

自学支援は導入して終わりがちな面もありますが、学習をきっかけに対話が生まれる仕掛けを作ることで効果的に運営することができています。一例としてSlackを活用した書籍購入支援制度の学習コミュニティを立ちあげることで、社員の書評を別の社員が参照したり、書評を起点とした会話に繋げることができています。詳しくは以下の記事をご参照ください。

キャリア自律支援施策の体系化

キャリア自律と人事制度・施策の点と点を繋げていく中で徐々に線が増えていき、個々の施策については関係性を説明できるようになりました。一方で全体としてキャリア自律支援施策を見た際の分かりやすさが欲しいという課題も見えてきました。

そこで社員がキャリアを考え、会社からの支援を活用しながら実践し、上司と共にふりかえりを行う一連の施策を定期的なサイクルとして可視化しました。各施策の繋がりについて共通のイメージを持つことができるようになり、日頃のキャリアとの接点から全体を見渡せる状態となったことで、入社したばかりの社員であっても自社のキャリア自律支援を理解しやすくなっています。

実際の体系図については以下記事で参照することができます。興味ある方はぜひご覧ください。

余談

「Connecting the dots」はご存知の通り、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語ったスピーチの中に登場したフレーズです。

繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳より引用

本来の意味としては将来を見据えて点と点をつなぐことはできない、できるのは、後からつなぎ合わせることだけという趣旨となります。

人事制度や施策は将来を見据えてつくるものではありますが、運用していく中で社員の声に耳を傾けつつ、点と点を繋げていくことも同様に重要です。キャリア自律のステージは少しずつ変化していくものであり、その時にあったものを提供し続けるには我々人事も変化に対応していく必要があります。本来の「Connecting the dots」とはややずれるかもしれませんが、このような思いを込めて記事タイトルを決めるに至りました。

おわりに

本記事ではキャリアが社員の日常に溶け込んでいくものになるために、キャリア自律支援施策を既存の人事制度施策と繋げ、体系化していった過程について書きました。

記事内で紹介した施策については、もちろん私ひとりですべてを主導したわけではありません。上司をはじめ多くの人事メンバーたちと横断的にプロジェクトを組み、同時並行で作り上げ、体系化していったものとなります。

企業が個人のキャリア自律を支援する際、概念としてのキャリアが実態から浮いたところに存在してしまうことで白けが生じてしまうリスクが大いにあると考えています。それを防ぐためには個人のキャリアが企業活動と繋がっていると実感できることが重要です。時間はかかりますが、人事制度や人事施策がキャリア自律支援と地続きになっていることを目に見える形で提示し、運用し続けることが必要と私は考えています。

本記事を通じて企業内でキャリア自律に関わる方とつながるきっかけが生まれると嬉しいです。興味を持って頂いた方はXなどでお気軽にご連絡ください。

それでは、また。

うえむら(@Uemura_HR)

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