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あおいはシャワーで、病院という職場の独特な匂いと
約1日分の汗を流す。


「あおいくんは特に猫っ毛だから、根元からワックスを付けていって、
軽ーくボリュームをだすんだよ」
3年通っている美容師の田中さんに口酸っぱく言われていることを
思い返しながら、髪の毛をいじる。


身長も容姿も特別いいわけじゃない。
だが、特別悪いわけではない容姿なあおいを、
月1の美容院と、王道コーデで包むことで
中の上くらいには、見えなくもなくなる。

お気に入りの革のクラッチバックを持ち、
オニツカタイガーのスニーカーを履いて
家を出た。
いつでもしっかり走れるかどうか、それがあおいの
靴を選ぶ時の第一基準だ。

「日本酒すきなの?じゃあ一緒にいきたいところあるの!」
初デートは、好きなお酒の話に移ったとたんに、
すぐ決まった。
サナは僕よりも3つ年上の25歳。
いわゆるお姉さんなのだが、あまりの童顔さに、
居酒屋ではほぼ、年齢確認をされるらしい。
連絡を取っている時にその話を聞いたが、
あおいも同じ境遇なので、免許証は絶対忘れないように
しようねと、約束していた。

駅前、噴水近くのベンチに座る。
集合時間まではあと30分ほどあった。

気持ち悪がられるかもしれないが、この待っている時間が
なんか好きなんだ。

集合時間19時の10分前くらいにサナはきた.
「はやかったね。結構待ったの?」
「ちょっと前についたよ。日本酒楽しみだね」
「本当に!今日のために昨日は断酒したんだぁ」
軽く胸を張ってサナは言う。
黒地に白いドット柄のワンピースが少し揺れる。
童顔さとワンピースが相まって幼さが
増して見えた。
「それジャケット?着ないの?」
左手にかけたジャケットを指さして聞く。
「寒くなったら着ようかと思って」
サナはそれを聞くなり意地悪そうな顔で
「じゃあ寒くなったら私に着させてね」
とにやついたまま腕を抱いてくる。
少し年上のお姉さんといえど、ここで動揺するところを
みられるほうが恥ずかしいと思い
「えー、さむいから嫌だよー。」
と、上目遣いな目線を合わせないように、
前だけ見て答える。
「えー。まあ飲んだらどうせ熱くなっちゃうと思って、
私は着てこなかったんだけどね」
ふふふ、と笑いながらサナはあおいの腕を引く。
「じゃあ、いこう」
あおいは甘い匂いと、左手にサナの胸の温もりを感じながら
とぼとぼと、歩き出した。

お店につくと、外観からみてとれる、綺麗な和食居酒屋だった。
予約してくれていた、カウンターに並んで座る。
カウンターから見える冷蔵庫には、所狭しと日本酒の
一升瓶が並んでいた。
日本各地のメジャーな日本酒が置いてあるらしく、
遠出せずとも現地の日本酒が飲めるらしい。
店員さんではなく、サナが楽しそうに教えてくれた。
サナは甘めな日本酒が好みらしく、店員さんに
おまかせで甘めなものをと、お姉さんらしく頼んでいた。
刺し盛りや、おつまみをはさみながら、
2人で8合は飲んだ。

サナは医療施設で勤務しており、現場と事務の
中間職といった立場らしい。
板挟みがやはりきついらしく、まだ年齢的にも若いこともあり、
サナへの当たりは強いらしい。
「でも給料は悪くないから、それ込みだと思ったら
全然大丈夫!」
本気で言っているのか、念願の日本酒がおいしいからなのか、
曖昧に笑って言った。

チェイサーのお水もしっかり飲みながらでは
あったが、お互いだいぶ陽気になっていた。
笑うたびにぶつかる肩を、たまに小突いたりしながら
締めの鮭お茶漬けを半分こにして完食した。

「いっぱい飲んじゃったね。」
「そうだね。ちょっと涼みたいし歩こっか」
サナは、またあおいの腕を抱きながら
「いいよ」
と、少し顔が赤いまま歩き出した。
よろけながら歩くサナは、とても危なっかしい。
歩いている途中看板に2回当たりそうになり、あおいは
サナの腕を強く抱いて、寄り添うように歩いた。
距離が近くなって、サナの甘い匂いが強くなる。
甘口の日本酒のおかげだろうか、と何となく考えていると
「ありがとね」
無防備な笑顔であおいに言った。
一瞬だけ目を合わせて、あおいは目をそらす。
「んー?なんで目そろすのー」
満足いかないようにサナが、肩を小突く。

目が合った時、サナから、たしかにピンクの色が見えた。
ゆらゆらと揺らされながら
「ちょっとあっちの隅で休もう」
と、昼の営業しかしていない店舗前の階段に向かう。
歩き出したあおいにつられて、サナは少し戸惑いながら
「ん、そうだね」

そこは路地の少し奥側にあって、階段の段差が
道側から少し見えにくい場所だった。

道路わきに見つけた自動販売機で、ミネラルウォーターを買い、
2人で喉を潤す。
「お水おいしいね」
「ちょっとこぼれてるよ」
あおいはサナの顎を手で優しく拭う。
自分でも水滴がついていることにサナは
気づいていたようで、あおいが手を伸ばしてきても
驚くことはなかった。
むしろ拭いてもらえることをわかっていたように思えた。
そんな自分の行動を読まれていたことに
恥じらいと悔しさを、あおいは感じた。
一瞬目が合った。
何を話そうか、なんと声をかけようか考えていると、
その答えすらも読まれているのではないかと、
少し不安になる。
だから代わりに、
サナの肩にかかった毛先に触れ、鼻を近づける。
「え、なになに」
拒むのではなく、ただ驚いたようにサナが尋ねる。
「甘くていい匂いする」
「ちょっと汗かいてるから臭いよ?」
そんな大人の嘘を無視して、あおいはさらに近づく。
首に唇が当たるか当たらないかの位置で
甘い匂いを吸い込む。
フルーツのフレッシュ感のある甘い匂いではなく、
バニラやチョコレートから香る、芳醇で
体の中を刺激するような匂いだ。
まるでその匂いにアルコールがたっぷり含まれていたのか、
あおいの自制心を壊していく。
「ねえ、はずかしいよ」
「なんでこんなにいい匂いするの?」
耳元であおいがささやくと
「んっ」
とサナの甘い声が漏れる。
あおいはそのまま耳に唇を当て、耳の輪郭をなぞる。
逃げようとするでもない、サナの動く腰に
手を当て、引き寄せる。
「もう・・だめだよ」
かすれた声でサナがつぶやく。
「何がだめなの?」
意地悪するようにあおいがささやくと、
わかりやすくサナの体が揺れる。
耳の輪郭を唇で2周なぞった後、
優しく舌でなぞる。
甘い声と甘い匂いが強くなり、腰に添える手にも
力が入った。
耐えられなくなったのか、何かに降参したのか、
サナは大きく息を吸った。
「ねえ、ちゅーは?」
あおいの首に両手を回しながらサナは言った。
その顔から、勇気を振り絞って伝えてくれた様子が
見て取れた。
「したいの?」
額に額を当てながらあおいは質問で返した。
「・・・うん」
弱弱しいその返事に、あおいは唇を優しく重ね、
心の中で返事をした。
お互いの息が荒くなっていることなど
全く気にせず、二人はキスを続けた。
無心になる、という言葉があるが、
キスの最中には無縁な言葉だなぁと
つくづく思う。
こんなにも相手の動きに合わせて動かし、
動きを待っているのならこちらから動く。
口だけではなく、背中に手を這わせ、なぞる。
頭を支えるように、後ろから髪をかき分け指で頭皮をなでる。
それもこんなに甘い匂いを感じながら                 自分勝手に動くことを禁じなければいけない。
これを「無心で」、などありえないだろう。
触れている部分を少しずつ動かすと、
サナは色んな反応を見せてくれた。
気づくと、あおいの肩に回されていた、
サナの腕がするりと抜け、
あおいのふとももにあてられた。
サナはふとももを撫でながら、器用に
親指であおいの充実した部分に触れる。
「あっ」
思わず声が漏れた。
「そんな声出したら誰か来ちゃうかもよ?」
別人になったように、サナが耳元で
囁いてくる。
「声出ちゃうくらいこれ、いいんだぁ」
意地悪そうに笑いながら、サナはふとももを撫で続ける。
文字通り、形勢逆転された。
声を出すのだけは堪えなければ、と、サナの
肩に顔を埋め、歯を食いしばり、出したい声を
喉までで抑え込む。
何かを我慢すれば、別のことに弊害が出るように、
何度目かのサナの優しい指が触れたとき、
あおいの体が少し跳ねた。
「っ」
「ねぇ、気持ちいい?」
サナが変わらない表情で聞く。
声を堪えることでいっぱいなあおいが
返事を出来ないでいると、優しい手が
ふとももから離れた。
突然のことで、あおいは思わず、えっ、と声が出て、
鼻と鼻が当たりそうな距離で見つめあう。
劣勢なのは、明らかにあおいだ。
「さっきは私ちゃんと言ったんだから、あおいくんも
ちゃんと言って?やめてもいいの?」
ずるい
なんて言ったらさっきの続きはしてくれないだろう。
さらにはそっぽをむいて歩き出してしまうかもしれない。
そんな不安と恥じらいを抱えたあおいとは対照的に、
真剣なようにも、からかっているようにも見れる顔で詰め寄ってくる。
そんな犬も食わない恥を、さっと捨てることが出来るのが
何といってもあおいの強みだ。
「気持ちいいから・・・やめないで」
自分でもびっくりするような弱弱しい声だった。
だがそれは効果的だったようで
「そういうのちゃんと言えるの、えらいね」
と、褒められた。
お預けを食らった犬のような気分で、
サナの手を待っていた時、
「えー、こっちであってるー?」
少し離れたところから声が聞こえてきた。
自分たちくらいの年齢だろうか、はなしこえから
三人組の男たちのようだ。
その声を拍子に、思わず二人は距離をとる。
そしてあたかも水を飲むために階段に
座りに来たように二人でふるまう。
何の打ち合わせもしていない割には
上出来な演技だったと、自負するほど自然だった、と思う。
「まだ水、冷たいね」
「早く飲みたいからかわってよー」
「まって、もうちょっと」
と、話していると、
三人組は路地の脇を過ぎたようだったが、
演技の採点は、最低点だったようだ。
「絶対あれ、やらしいことしてたよな」
その言葉は、まぬけな二人の耳にはっきりと届き、
顔を合わせて笑い合った。
もう一口水を飲もうと、ペットボトルの
キャップを手にしたとき、サナはあおいの手首を掴んで
道路に向かって歩き出した。
「どこ行くの?」
あおいが腕を引かれながら尋ねる。
「んー秘密」
ときょろきょろしながらサナは言う。
何を探しているかは、意外と早くわかった。
空車のタクシーに手を振り、道端で止めさせ、
ドアが開くや否や、サナはさっと乗り込んでいった。
さっき飲み損ねた水を今度こそ口に運び、
しっかりとふたを閉めてからあおいも乗り込む。
あおいが乗り込むとタクシーはすぐに
動き出したので、
「どこ行くの?」
と、サナに尋ねる。
すると今度は、しっかりあおいを見ながら
「んー秘密」
暗くてよく見えなかったが、
運転手が少し笑っているような気がした。
きっといいところに連れて行ってくれるのだろう、
と、背もたれに全身を預けながら
あおいは、火照った体にぬるくなった水をさらに流しこんだ。

#2000字のドラマ

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