シナプス#3

「無能先生!表にメディアの方々が取材したいと押し寄せてきてますよ!どうにかしてください!」
「私をその名前で呼ぶんじゃない!ちゃんと敬意を持って天童先生と呼びなさい!それと、そういう奴らの相手をするのが君の仕事何じゃないのかい?私は忙しい!なんとかしたまえ!」
都内の大学の研究室。室内には分厚く、内容も常人には到底理解できない内容がびっしりと隙間なく書かれた書物が、来客用のテーブルの上からソファの上や床、トイレ、更には壁にもテープや紐で貼り付けられている。
これには天童ならではの性格が影響していて、天童いわく人間は生きられても百年程度しか生きられない。しかし、人類の全てを追求し、見解、理解を深めるにはそれではあまりにも短すぎる。だからこそ一秒、コンマ一秒でさえも無駄にしたくないという理由からこの研究室の異様な光景が完成されたということらしい。
自分の研究以外、無駄なことの一切は省きたい。だからこそ、研究についての論文発表も、メディアの対応も唯一研究室の出入りを許している助手に全て一任しているが、助手は正直自分の研究も見てもらいたいらしく、メディアの対応はそれを見てもらうために渋々やっているようだ。
助手は大学生のようだが、大学生なら大学生らしく数少ない学生生活を謳歌すれば良いものを。
さて、いざ天童無能の所在をネットで調べてやってきてみたらこのどこぞで見たことのある記者たちの大行列。
これ全てあの天才変人目当ての奴らか。こいつらも取材などできるわけもないのにこうして出てくるまで入り口を張るとは相当暇なのだな。
「しかし…このままでは私の計画の邪魔だな…君たち、今日は大人しく帰ってくれるかな?」僕は記者たちの間を縫うようにすり抜け、すれ違いざまに全員の肩を叩き、催眠をかけた。
催眠術は普段テレビで披露している軽いものから、一時的に深い催眠にかけ、被験者の行動を強制するものまで。
やり方は幾万とあるが、一般の催眠術師はかけやすい人間にしかかけられない者がほとんど。しかも長い時間を有するが、私の場合は相手の意識を一瞬でも私に向けることができればかけることが出来る。今の記者たちもそうだ。肩に触れたことで一瞬、意識を私に集めることで催眠状態に入れて、行動を強制。今回は全員がこの場所から3キロ以上離れた瞬間に催眠解除、それと同時に自分が天童無能の取材に行っていた記憶を削除。
こうして面倒で邪魔な記者たちは消え、心置きなく天童と会うことが出来る。
「さて、中の様子はどうなっているかな…」扉の向こうの状況を確認するため、もう一度天童の助手の視界をジャックする。

「先生…外が突然、静かになりました…。多分、表にスタンバってた記者達、全員帰ったみたいですよ。急にどうしたんですかね?」
「そんな事私が知ったことか。余計な情報は私にとっては無駄なだけだ。そんなことより君も早く出て行ってくれないかね?研究の邪魔だ」
「研究の邪魔って、私は本来、その研究のお手伝いをすることも仕事の一つんですが?」
「知らん。私の研究は私だけのものだ。君のような凡人や外にいたバカ共に理解されてたまるものか」
なるほど。記者たちは追っ払ったものの、天童無能自身がとんだたぬきじじだな。下調べしたときから異様に小難しい人間だとは思っていたが、これはかなり面倒だな。私の力を持ってして洗脳し、操ったところで性格は変わらない。ならばやはりあの女優同様に、心そのものを変えるしかなさそうだ。
「これは楽しくなりそうだ…」天童の研究室の前で不敵な笑みを浮かべる私はさながらお宝を目の前に勝利を確信する怪盗のような気分だ。
さて…。研究室のドアを軽く叩き、助手の子が外の様子を窺うために使っていた、建物の経年劣化で自然にできた窓の隙間の位置に立ち、自身の存在を認識させる。
彼女が僕の存在を認識したことで、より視界の共有の鮮明さは向上し、遠隔で意識や行動を操ることが出来る。
大勢の記者が何人押し寄せようと固く閉ざされていた扉を、僕なら赤子の手をひねるぐらいいとも簡単に開けることができてしまう。
その扉の鍵を開けられる人間がいればどんなに強固なセキュリティの金庫でさえ、違法な方法を使わずとも開ける事が可能なのだ。
開かれた扉から室内に足を踏み入れる。
古びた研究室の床は一歩足を踏み入れるだけで今にも底が抜けそうなギシギシと鈍い音を立てる。
「ん?何だ?ようやく帰ったのか?って、あんた一体誰だ!」
「まぁまぁ、初めまして天童先生。お迎えに上がりました。先生には僕の大事な計画の手伝いをしてもらいますよ?」
その瞬間、天童無能の身体は海辺に作られた砂のお城が波であっけなく崩れていくのと同じく、音もなく静かに倒れた。
その数時間後、天童無能を訪ねた隣の研究室の人間がものけのからになった室内を見て、警察に連絡したらしいが、メディアへの露出は控えていたものの、ニュースなどにも取り上げられている有名人。ニュースを見ている人間ならばそのひねくれた性格も少なからず知っている為、今回もきまぐれだろうと取り扱ってくれなかったそうな。
「さて、まずは第一段階の登場人物を紹介しなければいけないな」

天童無能を連れ去ってから数時間が経過した。テレビやネットのニュースにも天童無能が失踪した等の報道はなされていない。。
少し前に持ち込んだPCにすでに支配下に置いた警察の人間から署内に天童無能についての通報があったとメールが来ていた。
事前に研究所周辺の交番や警察署の人間たちを僕の支配下に置いておいて正解だった。誰か天童についての通報を市にきた際は、僕が簡易的な洗脳用の暗示を混ぜたボイスメッセージを聞かせるようにしておき、洗脳が届いていない他研究者の誰かに洗脳をかけることが出来る。
それにより、外部に情報が漏れる事なく天童を連れ去ることができたのだ。まぁ、老人とはいえ大の大人を一人で運ぶには少々骨が折れる。しかも場所は大勢の学生が通う大学の中。学生に天童を運んでいる姿を見られれば、担いだ状態で洗脳をかけるのは面倒だ。そこで本来予定にはなかったおまけまで連れてくることになった。
「君には一緒に天童を運んでもらったが、君自身には用がないんだ。気持ちよく意識の奥底で眠ってもらってことにしようか」
一緒に連れてくることになった天童の助手の女の子の洗脳を解き、脳内の意識構造を生命活動の維持から永久的な意識の混濁状態へと変更しようとしたその時だった。
完全に洗脳状態にしておいた天童の片腕が僕の手を止めた。
「これは…」僕は自分の技に圧倒的自信を持っている。現に今まで洗脳や心、精神の改変などを行ってきた人間は誰も洗脳下において抵抗してくることなんてなかった。それがまさかこんな老いぼれ如きに破られるかもしれないのか?と。
だが、杞憂も一瞬で天童の手は一瞬、僕の手に手を添えた程度で事実上、洗脳に至る作業の手を数秒止める程度にしか及ばなかった。
「研究室内ではあんなにもこの子に横柄な態度をとっていたにも関わらず、いざこんな時には本能的に守る行動に出るのか。
帰れや邪魔などほざいていたがこういう場面になればどんな人間でも身近な人間を守る行動に出るようだ。だが、自己中心的な性格で自分の研究以外の物事に対して興味を持ち合わせていないと思っていた天童無能も所詮は人間というわけか。あなたは僕と同じだと期待していたのに…。
「まぁ、この子はあなたのその意思を尊重して生かしておいてあげますよ。けど、しっかり洗脳して同じ大学に通う同級生たちも僕の支配下におけるよう伝令役になってもらうけどねw」
ひとまず彼女のことは置いておいて、天童無能の意識だけを起こし、軽く会話でもしてみようと思う。
身体の自由が効かない状態で意識のみ覚醒させられた天童は、自分が置かれた状況がうまく頭の中で整理できていない様子で、この場所がどこなのかと辺りをキョロキョロと見回していた。
「おはようございます、天童無能先生。この度はこのような手荒な手段を講じてしまい申し訳ありません」
「き、君は一体何者なんだ!私をこんな場所に連れてきて何をしようっていうんだ!身体の拘束を解け!」
「僕は名乗る程のものではありません。強いて言うなれば人類を支配するものとだけ言っておきましょうか?それと、身体は拘束していません。脳の司令が届いていないだけですよ」
僕の言葉に天童は視界の端に映る自身の腕が、言う通り何も拘束されてない事に気づいた。だが、必死にその腕や足を動かそうとするも無自覚な洗脳状態にある天童の身体は本人の意思ではどう足掻いても動かせないのだ。
「そんな事はあり得ない!どうせ私に変な薬でも飲ませたんだろうが、人間がそう簡単に人の脳をいじられるはずがないだろう!大層な手術でもしない限りな!」
「それができてしまうのが僕なんですよ。僕はその感情や考えが色として見える。加えて僕には人間の心や人格そのものを変えてしまう力がある。僕はこの力を使って人類全てを支配する。あなたにはその手伝いをしてもらいますよ」
「誰がそんな手伝いするか!私は人類学者だ!人間の尊厳を無視した行動。断然許すわけがない!」
「とは言っても、あなたの知識はこれからの計画の重要なパーツの一つ。たとえあなたがYESと言ってもNOと言っても結果は変わらない。あなたの最大の問題である人格を改変して強制的手伝ってもらいます」
僕は会話するために覚醒させた天童の意識を再び精神の奥底に眠らせ、洗脳の準備に取り掛かる。
とはいっても準備は簡単だ。もうすでにここへ連れてくる段階で軽い意識操作は済ませている。
僕がテレビに出て、胡散臭いマジシャンの真似事をパフォーマンスとして行っていた時も、始めに相手に今から起こる出来事が必ず起こると信じ込ませることが重要になってくる。何事にも思い込みの力は人間の予想を遥かに超える力を発揮することがある。現に海外では難病の患者が医者から薬として処方されていた物が、実はただの栄養剤で、思い込みの力で人間は医療の限界を超えることが出来ると証明されている。僕の力は思い込みの力も利用しているが、それ以上に相手のや精神、意識に強制的に命令を与えることが出来るのが僕の力。目の前で起こる出来事に理解が追いついていない人間の滑稽な姿を見ると、どうにも笑いが抑えられなくて困る。
到底理解できないだろう。
自分自身の脳や意識を他人にいじくり回されるのは。
僕だって考えたくもない。気色が悪い。
だがやっぱり、自分がされて嫌なことを他人にやる気分はなんとも機嫌が良い。この力を使っていると、その人間の意識に蓄積されている記憶まで覗いてしまうのが難点ではある。
なにせ僕は他人に対して興味がない。何事も自分を中心で考え、行動する。
だから他人の記憶や感情などが流れ込んできても邪魔な情報が9割で、残り1割が数少ない有益な情報。人間の頭とは地球上のどの生物よりも高性能であるにも関わらず無駄な情報ばかりを蓄積する人類はなんとも非効率な生き物だ。
だが、僕の力にかかればそんな情報を完全に遮断して、必要な情報のみを取り込み、完全完璧な人間を生み出す事も出来る。
そうなれば僕の支配する世界にまたさらに一歩前進する。
簡単な事だ。
再び天童無能の意識を眠らせ、最終仕上げに取り掛かるとしよう。
「さぁ、天童無能。偉大なる駒の第一号のあなたの頭の中は一体どうなっているんだ?」
基本的には人間の頭の中は3大欲求で満たされているが、やはり人生の全てを人類学に捧げてきただけはある。食欲、睡眠欲、性欲の3大欲求と比較して、実に8割以上を自身の研究が占めている。
「本当に研究のことしか考えていないんだな、他にもなにかやりたいこととか少しは人間らしい欲求でも持ち合わせて入れば面白いものだが、まぁ良いだろう」
天童の身体を固定していた縄を解き、脳に身体を支えるだけの筋肉の信号を送って意識そのものは眠りの中にあるものの、自分の力で椅子に座らせるのは造作もない。
僕が求めていた理想の手駒とは少し性質が異なるが、面倒な人間的部分は完全に排除して、これから僕が操る予定の人類をその知識を持って選別の指揮をとってもらうことにしよう。

・・・
「あれ、私は一体何をして・・・。ここは一体・・・?」
「天童無能先生。私のことがわかりますか?あなたは私の計画に共感を得てくれて、その計画について話している時に突然倒れたんですよ?いきなりでしたからとても心配したんですから」
天童は一瞬辺りの見知らぬ景色と先程まで自分がいた研究室ではこの場所に違和感を覚えたのか驚いている様子だった。
だが持ち前のその頭脳で瞬時に状況と目の前に立つ僕の姿を見てすぐに理解した。
自分が僕に連れられてこの場所で今後の計画についての話し合いをするためにここにいるのだと。
倒れていたせいかお気に入りの服が若干汚れてしまっているのは気掛かりだが、こればっかりは仕方がない。服なんて同じ物が何着かストックしてあるのだから。
「じゃあ、天童先生も目を覚ましたということで、今後の計画について先生には論文をまとめていただきたいんですがいいですか?手伝いは先生の助手の彼女にさせますので」
「先生、私頑張りますから一緒にこの計画を進める第一歩を踏み出しましょう!」
天童はいきいきと彼女の顔を見るとやれやれと言わんばかりに頭を抱えてため息をつくが、オーラが彼女の顔を見た途端に明るくなったのを見ると内申まんざらでもないみたいだ。
この女の子一人を生かしておくだけで最高の人類学者の頭脳が手に入るなら安い買い物だ。
しかし、彼女のおしゃべりな性格は僕としても少々うざい。あとでもう一度人格をいじってもう少しおとなしい性格にしておこう。

さぁ、まずは第一歩。
人類という存在を誰よりも知っている最高の頭脳が手に入った。
次に必要な存在はネットワークを広げるためのエンジニアが必要だな。

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