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留学と為替の問題を考える

浜地 貴志
ドナルド・ダンフォース植物科学センター(米国セントルイス)

要旨:自分が世界のどこで活動していこうと考えているか? それを、自分の資産(貯金)に占める外貨の割合、というかたちで準備しておけばよかった、と筆者はいまでは思っている。為替リスクを軽減するひとつの方法として、外貨積立(ドルコスト平均法)が一般的に知られている。

はじめに

米国ミズーリ州セントルイスにあるドナルド・ダンフォース植物科学センターでポスドクをしている浜地貴志です。40歳です。妻と2歳の子供の3人家族で、2022年12月26日に渡米しました。

UJAでさまざまなオピニオン活動を展開しているドイツのトーマス中野さんから少し書きますかというご案内を頂きました。そうして留学を考えている院生やポスドクを中心とした研究者に、外貨についてこう考えてみるといいのではないか? わたしはこう考えている、ということを伝えたい、と小文を綴らせていただくことに致しました。

そのような、個人の気持ちと判断と考え方を表明するもので、特定の商品やサービスを勧めるという目的ではないことをおことわりしておきます。乱筆、誠に失礼いたします。

2022年は急激な円安がありました。ただ、円安というよりも、日本円だけでなくユーロに対しても米ドルは値上がりしましたから、どちらかといえば米ドルの独歩高、という見方もされているようです。

その是非はおくとして、現に日本から米国へ留学している方の不安は、実は私は少しだけ想像することができます。

というのも現在渡米する以前にも、2度、渡米した経験があります。

1度目は2010年1月から3月までの60日間でサンディエゴのソーク研究所、2度めは2012年10月から2016年3月までの3年半、現在と同じドナルド・ダンフォース植物科学センター、現在まで3回の留学でラボは同じジム・ユーメン博士の研究室でした。PI・ラボはひとつなのですが、この期間・渡航形態はさまざまで、特に2度目の渡米が始まった2012年末というのは、為替は大きく変動した時期でもありました。1ドル80円程度だった為替相場は、そこからいっきに1ドル100円程度まで円安になったのです。この流れはいまと少し似ているようにも思います。

そうした急激な為替の変動に対して自分が何をしてきたかというと特に何かをしてきたわけではなく、これくらいかな、という金額を学振PDや海外学振の支給金から外貨に替え、トラベラーズチェックにしたりATMで引き出したりすることで、米国の銀行で保有しました。いまはトラベラーズチェックは廃止されました。現地ATMで引き出すことが可能なサービスを提供する銀行はあります。

留学において現地通貨がいちばん必要な時期とは

特に、おカネ(現地通貨)がもっとも出ていく時期というのは、渡航した直後です。

米国での経験をもとにすると、キッチンは冷蔵庫やコンロ、オーブン、電子レンジ、食洗機まで、他には洗濯乾燥機のアパートメントに備え付けられているという例が見受けられますが、ベッドやテーブルセットなどはどうしても買う必要があり、デポジットも含め、1,000 USドルの桁で出費が発生します。

そして、これは居住する都市の状況に大きく左右されますが、自動車の購入という問題が現実のものとなります。これも一概に言えませんが中古で数千ドルからとなるでしょう。

クレジットカード決済を行うとしても、日本円クレジットカードでは両替換算の上前をはねられるのがかさむのと同時に、限度額も決まっており、しかも渡航のための航空費も計上された状態だということがほとんどでしょう。いっぽうで現地クレジットカードの発行がままならないということも少なくありません。ANA/JALカードUSAといった、渡航前の日本にいるときから申し込みをして、フェローシップなどの書類を提出することで審査に通りやすいサービスもあり、こうしたものを先輩方から教えられて私自身利用してきました。しかしそれも、最速で渡航後1週間になると思います。つまり数日間は、あたかも丸腰の状態のような思いで過ごす羽目になります。

一方で、フェローシップであれ現地雇用であれ、滞在期間中の収入(フロー、といってもいいかもしれません)が保証されているとはいえど、もっともおカネ(現地通貨)がないのも渡航直後です。あれこれの金策にもたもたしていると平気で数ヶ月が経過してしまい、もとより時間の限られた研究者としては痛手になってしまいます。

こうしたことを考え合わせると、現地・ゲンナマのおカネの価値がもっとも高いのが、渡航直後だったということです。そのために、まとまった現地通貨を準備しておきたかったのです。

現地通貨を保有しておけば、支払いはかなりらくになります。しかも、それをさらに使いやすくする方法もあります。

私自身が利用したのは、「SMBC信託銀行プレスティア」という銀行の口座で利用できる「グローバルパス」というデビットカードサービスです。この口座は、日本円だけでなく、米ドルなどの各種通貨での普通預金を保有しておくことが可能です。特にシニアにとっては、いまはなきシティバンク銀行のサービスが承継されたものというと、イメージしやすいかもしれません。

このグローバルパスは、プレスティアで利用できる口座(通貨ごとに設定されるマルチマネー普通預金口座)の預金残高を、現地通貨でVISA社のデビットカードとして利用できるものです。デビットカードというのは、クレジットカードと同じような番号で使うものですが、クレジットカードと一番違うのは、即時に銀行口座から残高が目減りするということです。クレジットカードを利用するということはひと月からふた月のあいだ借金をすることです。一方、デビットカードは一切借金が発生しません。その代わり、残高が足りなくなると使えなくなるという諸刃の剣です。このグローバルパスというサービスは今回始めて利用しましたが実際優れたものでした。

ただ、あるときに暗証番号を複数回誤入力してしまったために、ICチップがロックされてしまって、そのためにデビットカードやATMの利用ができなくなってしまい、再発行が必要となってしまったあとは使用していません。

プレスティアとグローバルパスは優れたサービスだと思いますが、プレスティアはそのかわりに、ある一定額の預金がないと口座維持手数料がかかる(月2,200円、すなわち年間26,400円)ということもネックです。これは「前月の月間平均総取引残高の外貨部分が20万円相当額以上」(つまり外貨預金残高を日本円換算した額)または「前月の月間平均総取引残高が50万円相当額以上」(日本円預金残高)などというものです。やや厳しいですが、「当面の生活費」程度を準備しておくというイメージには適切な金額だといえます。逆に言えば、このために、外貨を準備する必要があるともいえるかもしれません。

宣伝費用としてのお金を一切もらっていない(ご案件ご連絡お待ちしております)のでステマではないことを申し添えた上でもう少し紹介しておくと、過去の経験でプレスティアは小切手の対応もスムーズでした(手数料はかかる)。2回目の渡米時に使っていた米国のBank of Americaの口座をクローズしたときに残高を小切手で振り出されたのを、プレスティアではデポジットすることができました。日本で生まれ育つとなかなか小切手という存在自体に馴染みがないので面食らうかもしれません。

現地ATMで現地通貨を引き出すサービスとしてはかつて新生銀行のキャッシュカードが対応していたのですが、サービスが終了してプリペイド型になり、幾分使いにくくなったようです。したがって、新生銀行は選択肢からは外れたと考えています。

現地通貨をどのようなプロセスでどれだけ持っておくか?

為替の動向は予測できません。予測できたら大富豪です。でも、そればかりやっているとただのギャンブルと同じで研究に割ける時間がなくなるので、考えない方がいい。

あくまでわたしの実感から申し上げると、留学の予定が強いなら、もう外貨を準備しておくこと自体が正義だと思ってます。それはなぜかといえば、やっぱりおカネは最初にまとめて必要 なんです。 例えば海外学振とかで、毎月お金がもらえる。でも、最初にお金がないと、いろんな生活のセットアップ自体が難しいので、最初にまとめて必要です。

今後円が安くなったり高くなったりするかわからない、というのを為替リスクといいます。この為替リスクを最小化したいわけですね。「為替リスクを最小化する」というのを実感ベースで言い換えれば「外貨を買うときに為替の変動でなるべく後悔したくない」ということです。

この方法として「ドルコスト平均法」があります。これは、決まった額の日本円で買えるだけの外貨を定期的に積み立てる、ということです。

ドルコスト平均法での買付では、円高の時はたくさん外貨が買えます。逆に円安のときは外貨をちょっとしか買えません。でも、見方によっては、少なくて済む買っちゃった量が少なくて済み、仮にその後急に円高が進んでしまったとしても「あーっ! あのとき買いすぎた!」ということがない、という解釈です。

ひとつのモデルケースとして、留学を1年(12ヶ月)後に計画しているとします。留学前に日本に住んでいるなら、もちろん、月々に日本円が必要となります。必要な月々の日本円を見積もって、それを貯金から差し引いた金額が、余剰資金になるでしょう。いま余剰資金が例えば120万円あったとして、それを留学開始時の準備としてドルコスト平均法で両替していくには、毎月10万円ずつ、決まった日に、外貨を買い付けます。そして12ヶ月間で、正味120万円で買えた外貨が、留学時点の準備残高ということになります。

このドルコスト平均法という考え方は、初心者向けの資産運用の本では大体書かれている教科書的な方法だと思っていいでしょう。(ディスクレイマーではここでは勧めているのではなく、そうした考え方がある、ということを紹介しています。実際の取引は自己責任で行ってください。)

資産運用のはなしというのは難しくて、特定の商品をオススメして損したら「騙された」ってクレームがつくことだってあるかもしれないから、わたしも慎重に書いています。

外貨もひとつの金融商品には違いないので、その例に漏れない。つまり、ここでは外貨を買うことを勧めているわけではないのですが、ただ、留学するときはほぼ外貨を買わざるを得ないのもまた明白です。その時の方法のひとつとしてドルコスト平均法による積み立てがあるし、それは初心者向けの資産運用のの本を読んでみると10冊なら10冊で大体書いてある、定番の方法だということがわかります。

定期的に積み立てる、といったときに、いくらずつ、最終的にいくらまで積み立てるかということは、各自で考えてみてください。それは、現地に渡航して賃金が支払われるまででいいのか、それともその後も余裕のために見積もっておくかということも含まれてきます。

もちろん今が円高だと思ったなら、一気に買ってもいいんですけど、その場合はハイリスクになります。 現在が円高かどうか、未来を予測することは原理的に誰にもできない。不確実な将来に対して、どう折り合いをつけるか、損の期待値を最小化するか、というのが、ドルコスト平均法だという意味でご紹介しました。

単なる資産運用を超えた「ポジション」という考え方

株やFX(為替取引)のような活動をしているひとは「ポジション」という考え方をします。要するに、どの商品をいくら持っているか、ということです。大事なのは、株式や債権のような有価証券や不動産や外貨に限らず、ただ日本円で定期預金や普通預金していたり、現金で持っているということも立派なポジションだということです。商品の間の関係は相対的で、商品を持つこともポジションなら、持たないこともまたポジションです。単に、それぞれの商品の間で、相対的な価格差と、その変動リスクが違うだけです。

株式にせよ為替にせよ、安く買って高く売ることで儲けることを目指しています。研究することで給料を得る研究者としては、金融取引で儲けることとは一見関係がない、と思うかもしれません。でも、「外貨に両替して損をしたくない」というのは「儲けたい」ということと実はおなじことを言っているだけです。自分にちょっとスケベ心があるのに気づいてください。

すべての商品は相対的で、どういう商品を持つか・持たないかということの総体がポジションだとするなら、それはなにも金融取引に限ったことではないのはわかるでしょう。ポルシェやロレックスのような高額な商品だと金融商品に近くなりますが、普段遣いするトヨタにするのかスバルにするのかフォードにするのかもポジションですし、スーパーでトマトを買っていくか牛乳を買っていくか卵を買っていくかということまで含めてそれぞれ得られる結果に違いが出るだろうという「期待」がある。

こうした期待される結果のことを「効用」と経済学の用語ではいうようです。余談になりますが、経済学というのは、おカネや政治の話をはぎとってみてみれば、限られたリソースの状況下において自分や別のプレイヤーがゲームで取りうる選択肢と、それぞれに期待される結果(効用)をどう選ぶか、そのつながり(関数)を同定し記述する枠組みだと考えればそれほどハズれることはないと思っています。

日本で生活していくのであれば日本円さえあればいい。しかし米国で生活するとなると、ドルを持っていないで円だけだとドルで生活できないわけで、その都度円をドルに両替するし、手数料や為替の変動に左右されることになります。

つまりポジションとはなんのことはない、自分が当面、どう生活していくかを自分の持ち物(保有資産)で表現することそれ自体だ、と、私はものすごく単純化して捉えるようにしています。

おわりに:海外で・日本で研究するというポジショニング

ここまでは為替について考えてきました。しかし、更に拡張して考えるなら、自分がどの国で働くかということも含めてポジションであるということは言うまでもないでしょう。

ここまで書いてきて改めて考えてみれば、そもそも自分の手持ちの資金の中で外貨を持っておくことというのは、「将来外国で暮らす」という、自分のこれからの人生に対する意識、信念を、実際の数字で表現することに他ならないのではないか、というアイデアを、半ばこじつけ、でも半ば意外と当たってるんじゃないかとも思う仮説としてお話しした、ということになります。

留学するという行為が越えなくてはいけない垣根は決して小さなものではありません。UJAというグループは、そうした垣根をすこしでも緩和して、日本をベースにしている研究者が日本内外をシームレスに往来して、活躍することを目指している組織であると承知しています。この「ポジション」という考え方は、単に「日本」か「海外」かという二択というよりも、その間をシームレスに、スペクトラムのように捉えて自分のいちばんフィットするありかたを模索する考え方になるのではないか、と考えています。

海外であれ、日本であれ、本稿をお読みになった皆様が、ご自身のサイエンスを最大限発揮して活躍されることを祈念して筆を置きます。


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