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久田照子さん - 年齢を気にするのを止めた人


海外を指向したきっかけは

大学を卒業したのは、就職氷河期と言われる時代。なんとか外資系投資銀行に就職しましたが、働き方改革というような言葉のない当時、投資銀行の仕事は長時間労働でした。普通に朝8時から夜の2時頃まで働いていましたし、朝方までオフィスにいてそのままお客さま先へ出張というようなこともありました。毎日をこなすのに精一杯で、当初はキャリアビジョンなど持っていませんでした。

仕事自体は若くから色々任せてもらえるのが楽しくてそこから13年そんな生活を続けていましたが、体力的な限界を感じて転職を考えた時、海外にチャレンジしたいなと思いました。

担当していたのが地方公共団体、政府系機関、電力会社など日本のお客さまだったので、海外出張に行くことはあっても、駐在のチャンスはありませんでした。今後のキャリアにおいて、海外で働いたり暮らしたりした経験がないというのは、自分の弱点であるように感じていました。

ちょうどその時、日本人創業者による今の会社、Caygan Capitalケイガン・キャピタルが、世界的なマルチストラテジーファンドを目指して海外に拠点を移すと聞き、入社を決めました。英国拠点が立ち上がるまで短期間シンガポールで勤務した後、2015年にロンドンに移りました。

未来について考え、資金配分する仕事

当社は、クオンツ分析、マクロ分析、企業ファンダメンタルズ分析を組み合わせて投資判断を行っており、そのなかで私は株式・ハイブリッド証券投資のためのファンダメンタルズ分析を主に担当しています。

株式投資は社会構造変化によって中長期的に成長が見込まれる会社に投資していますが、上場企業は pure-playピュアプレイ(純粋にその事業だけを行っている企業)が少ないため、2019年からは気候変動・サステナビリティ分野についてはスタートアップ投資を立上げ、案件開拓・デューディリジェンス・モニタリングも手掛けています。

ゼロからネットワークを築いて投資できたベンチャーは40社くらい。その中からいくつかイグジットに至る会社も生まれています。更に、最近はカーボンクレジット投資なども行っています。

幅広い業界、新しいテーマについて調べるので、常に知的好奇心が満たされる仕事です。今は自前の資金で投資しているVC投資を外部の方の資金を預かってファンド化することが、私の当面の目標です。

ビジネススクールでの気づき

さて、日本では毎日仕事が忙しく生きているだけで精一杯でしたが、ロンドンへの転職により労働時間は圧倒的に短くなりました。そこで、仕事のかたわら業務後・週末にビジネススクールに通い始めたのですが、人生観が変わりました。特に「歳を取ること」と「女性の生き方」についての考えが大きく変わり、生きるのがちょっとラクになりました。

私が通った London Business Schoolロンドン・ビジネス・スクール(以下LBS)の Executive MBAは、通常のMBAよりやや年齢層が高い30代半ば~40代半ばが主な対象です。すでに専門性をもっている人や、組織の中でシニアポジションにある人が、なんらかの閉塞感を自ら打ち破ろうと、大枚を叩いて通うケースが多いところでした。

卒業式にて、様々な国から集まる学友と(2018年)

若いうちに専門性を積む外資系で育った私は当初、30歳を超えて大幅なキャリアチェンジを望むクラスメートたちを冷めた目で見ていました。フルタイムMBA向けの投資銀行の求人に応募して門前払いを食らう人を見てやはりなと思ったり、「こんな起業をしたい」というアイディアを聞いても粗ばかり見てしまっていました。

でも、彼らはあらゆる手段を使ってキャリアチェンジを成し遂げていきました。セミナーに来た業界関係者に何とか売り込んだり、収入が下がってもスタートアップに飛び込んだり、自ら起業したり。夢をつかむ友達の様子を目の当たりにして、自分で自分のマインドセットを変えていかねばならない、やる前からあきらめて挑戦しないでいると成功は手に入らないと考えるようになりました。この時にマインドセットを変え、スタートアップの良い部分を見られるようになったことが、VC投資を立ち上げることに繋がりました。

また、クラスメートの中には、子供がいてフルタイムで働きつつ学びに来ている女性も何人かいました。彼女たちの「私が子育てを経験したいから子供を産んだ。それによって自分の人生を諦めるなんてナンセンス」という考え方に、私は衝撃を受けました。

完璧に家事子育てをこなす専業主婦の母に育てられた私の中には「女性は結婚して子供を産み育てることが社会的義務で、家族のために色々我慢しなければならない」という思い込みがありました。でも、そのような家族観・母親観は、戦後日本独自のもので、世界(少なくとも欧州)においては、少数派のものだったです。

先日ちょうど同窓会がありましたが、出会った頃の7年前と比べ、転職や起業でハッピーになっている人がたくさんいました。失敗してもその挑戦から学び、次のアイディアを温めている人もいました。子供を産んだ女友達も仕事で新たなチャレンジをしていました。

学び直しと挑戦の人生を

LBSには学び直しと中年からの新しい分野への挑戦が文化として根付いています。「ライフシフト:100年時代の人生戦略」の著者として有名になったLynda Gratton|リンダ・グラットン教授はLBSの先生です。

また、在学中 Warren Buffettウォーレン・バフェット氏との懇親会に参加した際には「私は87歳で Charlie は93歳だが昨日よりも今日の方が賢くて投資の能力が上がっている」との言葉を聞き、80代、90代まで成長できるのであれば、新しいことをはじめるのに歳を取りすぎているなんて考えは馬鹿馬鹿しいと思うようになりました。

バフェット氏の言葉で、人生観が変わった(2017年)

大きな成果を出している人と自分を比べて落ち込んでしまうこともありますが、私も70〜80代まで働き続けることを目標にいろいろなことに挑戦していきたいと思っています。

もうひとつ、ロンドンに来てから始めたことにマラソンがあります。といっても参加するのはワイン付きのメドック・マラソンのみですが。仏・ボルドーで、ワイン畑の中を走るこのフルマラソンの大会では、給水所のかわりに20箇所のシャトー(ワイナリー)でワインが振る舞われます。目標がないと運動しなくなっちゃうので、今年も9月の参戦に4回目のエントリーをしています。長く働くためには健康が大事ですから。

メドックマラソンの参加者はド派手な仮装をして楽しむ(2019年)

過去の自分をかえりみて思うことですが、日本人はどうしても選択肢を狭く考え、自分で自分を生きにくくしてしまいがちな側面があるように思います。日本企業の駐在で来ている方などは特に、つい日本人や日本を理解する外国人とばかり話すことが多くなりがちだと思いますが、ロンドンは本来、その多様性に醍醐味がある都市です。

せっかく海外にいるのだから一歩踏み出して日本と関係のないコミュニティに属し、まったく違う価値観や考え方に触れてみると良いと思います。私はそれで世界が広がり、楽しみながら長く挑戦し続けようと思うようになりましたので、お勧めします。