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ナルシズムの青年とセンターパートの妖精

ある湖畔で青い湖面に映し出された自分自身の姿形を見つめる青年。深く自己と自然の美しい造形との関係を吟味しているのであった。「私は本当に自己愛の漩渦に囚われているのだろうか。神に造られたこの姿を見る喜びはそれほど罪深いものだろうか。私は空気を振るわせずに慎重に覗いているのに、なぜ風は水面を揺らすのだろうか。」このように思考していた。

夜が深みゆくにつれ、思考の混沌はますます深くなっていった。自己他己共の嫌悪が頂点に達する一方で、青湖面に映し出された自分自身への怖く的な魅力も強まっていった。深夜になるとついに我慢の限界を超え、この湖面と完全なる合一を果たしこの混乱からすぐに脱却してしまいたいという衝動に2秒に1度駆り立てられるようになった。しかし、身を投じることはNarcissusの最期を真似る浅はかな行為であること、そしてそこ行為の凡庸さと卑劣さも曖昧な意識の中で明確に承知していた。

夜明け頃、彼は結論を出した。もとより出ていた。死なず認めずというのなら臆病で愚かな彼にはそれしかない。湖面と自己の形態を"完全に"重ね合わせ、湖面と合一する道を選んだ。時には自分の姿を手で触れたり顔を傾けたり意図して精神もろともを水面に映し返したり、長い間湖面を見つめ、徐々に自己と湖像との区別がなくなっていく罪深きしかし自然な精神変容を積極的に認めた。彼は水面を揺るがす風に、動物に、人間に、朝に、ほとほと愛想が尽きていたのであった。彼は鏡のような水面を見ていたいのであった。それだけなのだった。

数日後、なおも無為に湖畔で座り続ける青年の姿が発見された。深い魂の混沌から脱却できず、湖面と完全なる合一を遂げてしまったようだった。医者は「寒さによる失神及び低体温症」と死因を断定した。季節は冬であった。読者は「水面の己に酷使され心臓を蝕まれたのだ」と推測し、それを筆者の美学・個性として認めることが最大の弔いだと感じた。いや、生前に聞いてくれればアドバイスができたかもしれないが、ああ、筆者は既に死んでしまったのだから。

筆者である私は静かな笑い声とともに一人の声に呼ばれた。
「我は湖畔を見下ろす君に呼ばわれし者なり、美と内省とを調和せし妖精なる。」
その声の主は、センターパートの姿で現れた。
「湖面の姿形を愛でし喜びを罪深からしと思うな。自然の美は神の賜ものなり。しかして君の内視は過剰なるが故に、躓くのだ。外界との対話こそが求められ、自我にとらわれず内面を正す眼は大切なる。」
私は反論した。
「それでも、私は身の丈以上の物事を実行するし他者に求めることは邪魔してくれないことと賞賛してくれることのみだ。他者のことは他者が私に何もしてくれなくても好きだ。他者の求めることは過剰にしてあげたい。けれども私は、私がしてほしいことは、私の水面を揺らさないでいてもらうことだけだ。」

センターパートは静かに微笑み、答えを避けた。このことがムカついた。認められない孤立が一生を覆い隠すのではないか、という不安が私の心の底から消え去らなかった。ムカついた目を隠さずに率直に彼を見てもセンターパートはやはり何も言わない。考えることを早々に諦めたようである。諦めたとき特有のいやに落ち着いた態度との対比かのように私の苦悩の念は激情と変わり、まず私の左足を駆り立て、次に右足を駆り立て、最後には左拳を駆り立て、彼を殴り飛ばした。彼は何の声も出さなかった。それ以上の情報を全く出さなかった。出したら私はそれはそれで重圧に耐えられずに水面に身を投げて死んでしまうからだ。もう死んでいるのだけど。彼は彼なりの倫理観で秩序を守った話題しか出すことはなかった。彼は私に対処するスクリプトを全うしその他は笑顔で誤魔化した。彼は彼なりになんだかんだ我慢の多い戦略を取っているのであった。私はと言えばその時にはもう反対の右手も駆り立てられていて、右手が彼の体から金玉を正確に選んで切り離した。金玉は想像よりも呆気なく切り離された。金玉は述べた。「えっなんすか、なんすか。えっ、有難うございます…?」礼儀正しく物事に対して肯定的な金玉だと思った。

私は大変驚いた。自分の右手が無意識に相手の金玉を切り取ってしまった。センターパートは痛みでスクリプト外の声を上げている。ふと我にかえり慌てて謝罪した。「本当に申し訳ありません。拙い自分の思考で金玉を切断してしまいました。大変なことをしてしまった」と謝罪した。彼は「もういいから」と答えたが、顔色は青白くも明確に厳しく、怒りを隠しているのが分かった。これは大トラブルになる可能性が高い。自分の手に何が起きたのかを思い出そうとしたが、全く覚えがない。相手に対する謝罪と賠償の申し出をしなければならない。混乱した心境の中、誠意を示さなければならない。「とにかく、私は右手であなたの金玉を切断してしまった。これが事実ですね。あなたは早急に病院で手当を受けなければならない。」彼に手当を申し出て病院に連れて行き、医師に金玉を縫合してもらった。幸い骨には影響がなく、状況は良好だという報告を受けた。金玉からマッシュヘアーの上部に繋がる勃起骨が折れてしまうと性行為中の中折れに繋がるため、その不可逆な怪我がなかったことでひとまず安心である。治療後、落ち着いて事情を伺うと、彼は「君のことをまだ許してはいない。」と言った。私も自分の行動の動機が不明だった。警察には報告せず、民事調停で損害賠償を約束した。事件は片付いたが、自分の無意識の行動が人に危害を及ぼすことが分かり、深く反省した。以後は自分の行動に十分注意を払う必要がある、と学ぶことができた出来事だった。


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