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Voy.5【これイチ】温暖化でどう変わった?北極海の海氷

【これイチ】『北極海航路の教科書』シリーズ **第5航海**


壊れかけのレイゾウコ ♪

北極海航路における船舶運航の大きな特徴のひとつとして、海氷に覆われた水面をを航行する「氷海操船」がある。この「氷」の存在というのが、なにをおいても北極海航路における安全性や経済合理性、環境保護などのあらゆる観点における最大の関心事でもある。
私が担当した北極圏での天然ガスプラント建設プロジェクトにおいても、北極海航路を経由するロジスティックを計画する使命を背負った瞬間から、この氷との闘いが始まったといってもよいくらいだ。

現代社会の闘いにおいて、戦略の要は「情報」である。

北極海航路を知るには、北極海における海氷について知ることが大事である。北極海航路に興味が無くてもSDGsの一環として、温暖化によって現在進行形で起きている地球の変化について知ることは重要であろう。

ちなみに、ここまでの文章で「氷海」と「海氷」という似たような言葉が出てきたが、

  • 氷海は、海氷に覆われた、もしくは海氷が浮いている「

  • 海氷は、海水が凍った「」そのもの

を表している。

本航海(「この記事」という意味ですので、慣れてください)でのポイントは、「温暖化」によって北極海の「海氷」が、どのような「変化」をしているかの概略をつかむことだ。そもそも、北極海航路が注目されてきた理由のほとんどが、ここにある。

ひとことで言えば、「北極海の海氷は減っている

これはよく、ニュースやドキュメンタリー番組などでも紹介されている事実である。なぜ、海氷が減ってしまったのだろうか。

2021年5月の北極圏監視評価プログラム作業部会(Arctic Monitoring and Assessment Programme)の報告によると、北極圏の温暖化は、地球平均よりも約3倍早く進行しているという。この原因については未だ研究途上ではあるが、ひとつ考えられる理由としては、北極圏の海氷の減少が、温暖化進行のスピードを加速させている要因である可能性が指摘されている。海氷は、いわば「地球の冷蔵庫」の働きをしていたが、この冷蔵能力が下がってきているということのようだ。海氷の表面は白いため、本来であれば太陽光を反射する量が多く、その分「熱」を反射させて海水温の上昇を防いでいた。しかしながら、海氷の減少によって夏季の海水面の露出面積と露出期間が拡大し、海水がより多くの「熱」を吸収することで、海氷が生成されにくくなり、さらに熱を吸収しやすくなるという悪循環に陥っている。
このため、北極圏での温暖化進行スピード、つまり平均気温の上昇率は、地球のどこの地域よりも早くなっていると考えられる。

具体的に、どれくらい減っているのか、海氷面積の推移を表したグラフを見てみよう。

https://nsidc.org/arcticseaicenews/charctic-interactive-sea-ice-graph/

このグラフは、National Snow & Ice Data Centerのウェブサイトに行けば、誰でも見ることができる。このグラフを見れば、北極圏での海氷面積の推移を視覚的に理解することができる。
グラフ読み方を簡単に説明すると、縦軸は海氷面積(百万平方キロメートル)、横軸は月日だ。グラフ線のもっとも上部にある黄色の実線は、1979年から1990年の平均値であり、これ以前の数値は、ほぼ同じ推移を見せているのため、ここでは省略している。その他の線は2012年から2022年における、それぞれの年の値を示している。過去10年間でもっとも海氷面積が減少した2012年(赤色の点線)9月の面積は、約315万平方キロメートルとなる。

まず、縦軸方向の値に大きな変化があることに気が付くだろう。1979年から1990年の平均値では、およそ700万平方キロメートルであるが、過去10年間の値は400~500万平方キロメートルあたりである。

200万~300万平方キロメートルも少ないことがわかる。

日本の国土が約38万平方キロメートルなので、日本の面積の5~8倍にも相当する。
次に冬季のピークにも注目してほしい。3月に結氷のピークを迎え、海氷面積がもっとも拡大する。上記と同じ比較をすると、
おおよそ100万~200万平方キロメートルの減少となっている。
冬季のブレ幅よりも、夏季のブレ幅の方が大きいことがわかる。

この冬季と夏季の違いの理由を考察する上でキーワードとなるのは、
一年氷」と「多年氷」だ。
「一年氷」と「多年氷」の違いは主に「厚み」と「密度*」であるが、あまり学問的な話をすると、この【これイチ】シリーズの趣旨からズレるので、
簡単に言い換えると、

  • 一年氷:そのシーズンに結氷した薄い氷で、多くは次の融解期に融ける

  • 多年氷:一年氷が融解せずに残っている氷。結氷が進み厚みが増している

夏季に向けて融解する氷のほとんどが、その前の結氷期に生成された「一年氷」である考えられる。海氷面積の数値には氷の厚さは無関係であるため、薄くて融けやすい一年氷でも、結氷さえすれば海氷面積の一部となる。このため、冬季の海氷面積には大きな変化が起きにくく、ある程度の範囲で安定した推移を見せていると思われる。ところが、夏季に海氷面積が減っているのは、これまで何年間も氷のままであった多年氷が減ってきているためであると考えられる。

海氷の密度は、海氷中に含まれる「塩分」「空気」「不純物」などによって変化し、一般的に年月が経つにつれて、それらが排出されていくことで真水の氷に近づいていく。真水は海水より軽いため、多年氷は水面上に浮かび上がる体積が多くなる。

一方で、もうひとつ注目してもらいたいのは横軸方向のブレ具合である。冬季の結氷ピーク、夏季の融解ピーク、共にほとんどブレていない。
冬季であれば、結氷から融解に転じるタイミング、夏季であれば、融解から結氷に転じるタイミングについては、あまり大きな変化が見られないのだ。

これには日照時間が大きく関係していると思われる。地球の自転軸が太陽を周る公転面から23.4度傾いているため「季節」があり、太陽がお出ましになる時間が日に日に変化していくが、春分、夏至、秋分、冬至は常に一定している。日照時間は、地球の公転軌道もしくは自転軸の傾きが変化しない限り変わることはない。そのため、太陽光により「熱」の影響を受ける気温、海水温の年間の変動タイミングには変化が起きにくく、海氷の「融解→結氷」、「結氷→融解」の転換期がいつも同じタイミングに来ることも理解できる。

日本の四季のイベントを振り返っても、雪が全然降らずに「スキー場がオープンできない」というニュースはよく耳にするが、夏の海開きが1か月早まったというニュースは聞かない。温暖化は確実に進行しているが、前述のグラフで言うところの縦軸要素(ここで言えば雪の量海水温)の変化は私たちの生活の変化として現れ始めているが、横軸要素(月日)の変化は今のところ、それほど顕在化していないようだ。

補足として海氷分布マップも見てみよう。

2012年冬季(3月)と夏季(9月)の海氷分布比較

これは2012年の3月15日と9月15日の海氷分布マップである。マップ上で白く見えるのが海氷が存在する部分である。9月には、北極海航路全域に渡って、融解が進んだことがよくわかる。

うん、確かに少ない!


<20220519 追加資料>

https://www.jccca.org/download/13168

余談だが、興味深い記事を見つけたので紹介したい。

日本では桜の開花時期になると、「今年は昨年より○○日早く開花しそうです」といった開花予想が、春の訪れの象徴でもある桜の開花を待ち望む人々の関心を引き寄せる。毎年、数日~数週間以内のズレはあるのでこれまで意識することはできなかったが、このウェザーニュースの調査記事によれば、10年単位で平均してみると、だんだんと開花日が早くなってきているという。


本航海では、北極圏全体の海氷面積の推移について見てきた。北極圏での温暖化進行スピードは他の地域よりも早く、海氷面積が減少してきていることを知ることができた。
北極海航路が注目されている理由は、夏季の海氷減少によって船が通りやすくなったためである。しかし、海氷は減っているが、依然として「氷海操船」であることには変わりない。船舶の操船に直接的に影響する海氷の性質については、また別の航海で詳しく見ていくこととしよう。

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