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【禍話リライト】スリッパを履け

 常に怪異の傍で暮らす人たちは、それなりのすべを心得ている。
 これは、そんな一端が垣間見える話。

【スリッパを履け】

 小学校時代、誰しもクラスに一人は裕福な友人がいたのではなかろうか。大きな家に住み、広い玄関には獣皮の敷物がひかれている。そんな家だ。
 現在50歳近い吉田さんが小学校の頃というから、昭和も終わり頃の話。当時栃木県に住んでいた彼の級友にも御多分に漏れず金持ちの友人がいた。名前はAくんとしよう。
 Aくんの家がどのくらい金持ちかというと、ブラウン管のかなり大きなテレビでゲームをしたり、母親の趣味というキッチンにパン屋に備えているものと見まがえるような巨大なオーブンがあったりした。また、時折食べさせてもらう料理には見たこともない香辛料が使われており、家の全ての部屋にはクーラーが付いていた。
 家のあちこちに高そうな工芸品や美術品が置かれ、トイレは広い。泊めてもらった時に入ったお風呂にはジャグジーが付いていた。

 Aくんに家には、一つだけ決まりごとがあった。
 それは、必ずスリッパを履くこと・・・・・・・・・・・、だった。
 まぁ、少々神経質ではないかとも思わないでもないが、当時にしては少し珍しい洋風な家でトイレとお風呂と寝るとき以外の時はずっとスリッパを履き続けるというのは、あり得る話だ。だから吉田さんは、Aくんの母親がキレイ好きなんだと思っていたという。
 小学5年生のあの日までは。

 その日、吉田さんはいつものようにAさんの家に泊めてもらうことになった。
 大画面でテレビゲームをして、おいしいものを食べて、風呂に入らせてもらう(ジャグジーは怖くて使わなかったそうだが)。落ち着かないくらい広いトイレに入って、Aくんの部屋で枕を並べた。延べられた布団はお客さん用らしく、ふかふかですぐに眠ってしまった。
 夜中、尿意に促されて目が覚めた。スーパーでも見たこともないおいしいジュースを、勧められるがまま飲んだのが良くなかったようだ。
 子ども部屋は2階にあり、もちろんトイレも1階と2階に一つずつある。Aくんを起こさないようにそっと廊下に出た。もちろん、約束通りスリッパを履いてだ。
 廊下は電気もついておらず真っ暗だが、何度も来ているためトイレの場所はよく知っている。そのまま便所へ向かうと、途中、廊下の先で扉が開いている部屋があった。
 その中から声が聞こえてくる。
 その部屋は普段扉が閉められており、入ったことはない。家族の誰かの部屋で、入ってはいけない部屋か物置なのかと思っていたのだそうだ。
「アハハ!」
 何かのきっかけでお兄さんくらい(というから、おそらく高校生か大学生くらいの年頃)の人たちが笑いあっている。
 もし、テレビをつけているならその明かりが漏れるはずだが、それもない。真っ暗な部屋から笑い声だけが漏れ聞こえるのだ。
 ただ、その前を通らなくてもトイレには行ける。
 中から光は漏れないが、「〇〇だよなぁ」などと和気あいあいとした会話を横目に、用を足した。
 その間も、笑い声やひときわ目立つ男性の声が聞こえる。だから、吉田さんは、『こんなに大声だったら、いかに防音が整っている家といっても、下の階まで聞こえるのではないか』と思ったのだそうだ。
 そのまま、暗い部屋の前には行かず、寝室へ戻った。戻って扉を閉めてから耳を澄ますと、やはり笑い声がうっすら聞こえる。普通の壁よりも厚いと思うのだが、それを通り越してくるのだから、結構な音量だ。
 その時にふと思った。
『こんな夜中に誰?』
 Aくんには兄弟がいない。また、食事の時もAくんと両親、吉田さんだけだったから、心当たりのある人物はいない。
 まぁ、他人の家のこと、首を突っ込まずに布団のところまできてスリッパを脱ごうとしたら、横の布団で寝ていたAくんが、吉田さんの足首をギュッと握った。
「うわぁ! 何!? 起きてたのかよ!」
 驚いて声を上げてしまった。
 Aくんは、それには答えず吉田さんの足を撫でまわしている。そして、問うた。
「吉田か?」
「吉田だよ。分かるだろ」
「そうだよな。あいつらなら裸足だもんな」
「えっ! 何、何?」
 事情を問うと、詳しくは話してもらえなかったものの、人のマネをする異形が家に出るのだという。
 ただ、そいつらは必ず裸足・・・・なのだ。
 しかも、できるだけそいつらの相手をしてはいけないのだという。だから、夜は絶対にスリッパを履いてもらっているのだと説明してくれた。
「で、外で話している人は、結局誰?」
「……年末年始にうちに遊びに来ていた、親父の親戚があんな感じ。年の離れたいとこか誰か。でも、遠くの県に住んでるから、今日ここにはいない。それを真似してるんだ」
 返答に困って黙っていると、笑い声が廊下を移動してきた。
「大丈夫?」
 不安になって聞く。
「あんまり部屋に入ってくることはないから」
 結局、布団をかぶって朝まで震えていたという。
 だから、スリッパの着用が義務付けられていたのだ。

 結局、卒業までAくんとの付き合いはあったものの、遊びに行っても泊まらずに、明るいうちに帰ることにしたのだそうだ。
 Aくんはその後引っ越し、今は連絡が付かない。
 そういうモノと同居できる神経があるから、お金持ちになれるのだろうか。スリッパの効用に気づいたから同居できたのか。
                          〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十七夜(2024年3月30日配信)
38:00〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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