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【禍話リライト】夢のおばあさん

 単なる夢の話は面白くない(話が多い)が、現実にリンクするとなると別だ。それが、伝染するとなると怖さはいや増す。
 これは、そんな話。

【夢のおばあさん】

 かぁなっきさんが大学3年の時に聞いた話だというから、今から20年近く前の話。友人で別の大学に通うAさんが、こんな話を聞かせてくれた。

 Aさんがある日夢現で寝ていた。その日は、持病の頭痛がひどく、たまたま授業もバイトもなかったこともあって、少し多めに飲んだ薬が裏目に出ていたのだという。
 何度か変な時間に起きて、すぐに寝る。
 そんなことを繰り返していると、現実味が強い夢を見るのだそうだ。例えば、ベッドから立って流しで水を飲むといったものだ。
 そんなときに長い夢を見た。
 今住んでいる2階建てのアパートの入り口の廊下にいる。そこで、誰かが「これ、鍵をどうかけるんだ」と言っている。どうやら外から来る人を入らせないために、入口の扉に鍵をかけたいものの、現実では当然イタズラ防止のために対応の鍵を持っていなければ掛けられない仕組みになっている。
 しかしここは夢の中。簡単にロックできるようになっていた。それを知らない二人は、必死で扉を押さえている。Aさんは、『簡単に掛けられるのに』と思いながら近づくと、小学校の時に仲が良かったBと中学校の時に仲が良かったCだった。現実ではBとCは面識がないが、今は二人で何かから逃げているようだ。
「こうやるんだよ」
 そう言って、鍵をかけると、二人から感謝をされた。
「ありがとう。実は、知らない老婆に追いかけられてさぁ、婆さんだから足は遅いんだけど、信号なんかで立ち止まると追いつかれてしまうから」
 そんな話をしていると、すりガラス越しに老婆のようなシルエットが近づいてきた。はっきりとは見えないが、声は聞こえる。
「その建物はよくないから、それを教えてあげようと思って、こうやってきてるんだけど」
 声は怒っているようではない。あくまで丁寧に、淡々と言葉を述べている。
「この建物に入っちゃいけないと言おうとしたのに、入っちゃったじゃないか。警告しようとしていたのに。やっぱり呼ばれてたんだ」
 怒気ははらんでいないので、大きな声ではない。
「だからね、あんたたちに害が及んじゃいけないと思って親切心で、ここまで来たけど。まだ間に合うからね」
 言っていること自体は怖い。
「何これ?」
 二人に問う。
「隣町を歩いていたら、付いてこられて。かれこれ町を2つ分くらいはずっとこうだ。ここに、Aが住んでいるのを思い出して……」
と返ってきた。会話を続けながら脳が少し覚醒する。
『あれ、BとCは面識がないはずじゃ……。それに、卒業以来会ってないし、今、この大学に通っていることも知らないはず』
 夢ならではの現象だが、どんどん辻褄が合わなくなってくる。
 お婆さんは、ずっと語り掛けてくる。鍵は簡素なもので、扉を強く押されたら外れてしまいそうだ。Aさんはすこし逡巡したが、こう言った。
「とりあえず、俺ん来いよ」
 1階のAさんの部屋へ二人を呼び込んだ。すると、お婆さんは、外側を回りこんで部屋のベランダ側に来た。実際は、業者の人も壁に体を擦らなければ通れないようなすき間を潜り抜けなければ来られないから、こんなにすぐに来ることなど不可能なのだが、夢の中なので気にならない。
 そこで、老婆はまた同じ主張を繰り返す。
「その建物には入ってはいけないと言ったけど、部屋に入ってまだ時間が経ってないから、今出れば間に合うから」
「うっとおしい婆さんだな」
 Aさんが二人にそう言うも、異常にその老婆を恐れている。確かに、気持ちは悪いし、不気味ではあるが、それほど怖いものか?
「何でそんなに恐れてるの?」
「ここに来る途中で、1回だけめちゃくちゃ激昂したことがあったんだ。話が通じる人じゃないと思って、だから怖くて」
 聞くと、そういうことがあったから、ここへ逃げ込んできたのだそうだ。話を聞いている間に、老婆の声はまた近くなった。どうやら、ベランダの中に入り込んできているらしい。相当高い手すりを越えないと無理なのだが、これも夢のなせる業。
 夢の中では、ベランダの窓はすりガラスになっている。はっきり姿は見えないが、おぼろなシルエットが見える。老婆の口調は穏やかだが、窓をガチャガチャとゆすって入り込もうとしている。本来はそんなことで鍵は開いたりしないが、夢の中では今にも開いて入ってきそうだ。
 そうするうちに、老婆の口調がどんどん早口になってきた。さっき激昂した話を聞いているから、またキレるんじゃないかと不安になる。
 『これ嫌だな』とAさんが強く思った瞬間、玄関の扉が開いて、「大丈夫か!」と高校の時の知り合いが駆け込んできた。もちろん、玄関は鍵もチェーンも閉めているが、そこは夢。もちろん、B、Cとも面識はないが、互いに無事を確認している。
「変な老婆に追いかけられていたのを街中で見かけたんだ。えらい激昂していたから後を追いかけて来たんだが。ヤベェから警察呼んだ方がいいんじゃないか」
「それがいいよな。キレたら怖いし、そもそも不法侵入者だから」
 その時に、高校時代の友人と目が合った。
 そしてAさんは気付いた。
「お前、死んだよな」

 目覚めると、ベッドの上だった。
 高校の時の友達は、大学1年の時に急死していた。そのことを思い出して、夢から現実へと引き戻された形だ。
「びっくりしたー」
 寝床は汗でびしょびしょだった。
 嫌な夢を見たとは思うものの、自身では、それほど怖い夢を見たつもりはなかったので、見合わないような大量の寝汗をかいた気分だった。

 翌日、大学の帰りに何気なく建物入口の鍵などを見ていたら隣人に声をかけられた。
「昨日大丈夫でした? ずいぶんうなされていたようでしたけど」
 学生アパートの常で、壁がずいぶんと薄いため大声を出すと聞こえてしまう。
「すみません」
「夜中の何時頃かな、叫んでましたよ」
 同じ学年の大学生ということもあって、気安くこういうことを言い合える仲だった。もちろん、寝汗をかいたあの晩だ。
「頭痛とかがあって、ずっと寝てたんです。うなされてたかもしれないけど、何て言ってました、俺? 恥ずかしいなあ」
「それがね、ほら子どもが誰かが言うことを聞かないようにするために耳をふさいで『わー!』っと叫ぶのあるじゃないですか。あれでした」
 内心『気持ち悪いな』と思った。夢の中で、老婆がキレて何か言い出したのなら分かるが、そういう展開までは行っていない。
 そのまま分かれて自室へ戻ったが、心のどこかにひっかかりを残して『何か怖いな』と思っていたのだという。

 2日ほどして、たまたま中学校の時の別の友人から連絡があった。
「俺が幹事やるんだけど、同窓会やらないか」
「あ~そっか、やってないもんな」
 そんなことを話しながら、過去の話題になったのでAさんは聞いてみた。「そういえば、Cって今何してる?」
「あいつな、行方不明なんだ」
「えっ何で? いい大学行ってんじゃなかったっけ」
 聞くと、行方不明になった時期は、夢で出てきた高校時代の友人が亡くなったのとほぼ同じタイミングだった。

 話し終えてAさんはこう言った。
「だから、怖いから小学校時代の友人Bの消息を確認していないんだ」
「BやC、高校の時の友人と違って老婆の激昂の声を聴いてないから大丈夫じゃないですか? よしんば聞いていたとしても、覚えてないなら問題ないんじゃ」
 軽い感じでかぁなっきさんは返したそうだ。
 以来、20年近くたった今もAさんは元気にしているのだそうだが、未だにBの行方についてはできるだけ触れないでいるようにしているのだそうだ。
 そこに住んでいた大学生時代に、「変な老婆に追われた昔の知り合いが逃げ込んでくる夢を見た」と話してくれた同じアパートの住人が何人かいたそうだ。夢の展開は人によって異なったそうだが。
 今はもう壊されて駐車場になっているが、アスファルトも引かず、最低限の整地のみでトラロープで車の大きさが区切ってある、そんなさびれたものなのだが、車が止まることは滅多にない。近くに大きな施設もあるし、管理人もいないにもかかわらず。
 だから、あの建物は(今なお)ヤバいんじゃないかと思うものの、この話は若干弱いと感じていたのだそうだ。かぁなっきさんが同じような夢を見るまでは。その詳細は別の回に譲りたい。
                         〈続く〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十一夜(2024年2月17日配信)
14:15〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています。

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