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【禍話リライト】腹が立った理由

 何の理由もなく、心が動くことはないだろうか。
 突然涙が出たり、腹が立ったり。
 気が付かないだけで、意外と眼に見えないものの影響を受けているのかもしれない。

【腹が立った理由】

 関西郊外に住むAさんが気に入っている飲み物は、家の近所のパチンコ屋の前にある、無名なメーカーの炭酸飲料だった。
 このご時世にワンコインで買える自販機も珍しいが、結局そのパチンコ屋は不景気のあおりを受けて潰れてしまった。ただ、自販機は稼働し続けていたので、前と変わらず買いに行っていたのだという。

 ある晩、Aさんは散歩がてらその店へと足を向けた。
 前は、夜の11時まで煌々と明かりがついていたので、気が付かなかったのだが、パチンコ屋がつぶれてからはその明かりもなくなり、そこへの道もさみしいものになっていたという。特に冬は、寂しい街灯のため堪えた。
 その日も、いつものようにそのドリンクを買った。その瞬間、腹の底から怒りが込み上げてきた。Aさんは比較的温厚な人で、声を荒らげるようなことは滅多にない。それが、心が突然怒りで満たされたのだ。
 これほどの怒りを感じたのは、いつ以来だろうか。飲み物を手にしながら記憶を探る。うすぼんやり思い出したのは高校の頃、通学路の途中で坂を上っていた時に、下りの自転車に接触され、「痛っ!」とにらみつけるも、「イェーイ」と走り去られた。その時、「何だアイツは!」かなり頭に来たのだが、それ以来のことだった。
 しかし、なぜ突然腹が立ったのか。
 周りを見渡すと、ガラス張りのパチンコ屋の廃墟の中、こちらを向いて笑っている男がいた。声は聞こえないが、腹を抱えて笑っている。
「これか! こいつが笑っているからか!」
 その瞬間、頭から冷水を浴びせかけられるように恐怖が心を支配した。
 目の前に大きく貼られた某セキュリティ会社のシールが目に入ったからだ。潰れてしまったとはいえ、誰かが勝手に入ってこないように監視カメラや対人センサーは稼働している。電気が来ているからこそ、この店の前の自販機も動いていられるのだ。
 しかし、店の中でそんなに大きく動いて、セキュリティに引っかからないなどということがあるだろうか。
 そのことに気が付いて、怒りが恐怖へとそのまま変化し、その場から急いで家まで走って帰ったという。

 家に帰って、息を切らしながら同棲している彼女に今あったことを話す。
「え~! めちゃくちゃ怖い!」
「そうだろう」
「いや、昔は店の周りにたくさん街灯があったから、夜でも店の中が見えたけど、今街灯切れてるじゃない。何で、店の中が見えたの・・・・・・・・?」
「怖~~!!!」
 あまりの恐怖に、買ってきた甘い炭酸飲料を流しにぶちまけたという。飲み物には何の罪もないのだが。

 くれぐれも急な感情の起伏にはご注意を。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第十九夜(2023年11月18日配信)
18:20〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。

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