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【禍話リライト】掲示板の花飾り

 奇妙なバイトというのは、怪談や都市伝説の定番だが、この話のバイトは一見怪異とのつながりが見えにくい。払いが良いが、趣旨が見えにくいバイトは受ける前に少し考える必要があるかもしれない。

【掲示板の花飾り】

 A子さんは、大学時代、掲示板に造花を飾りつけるバイトをしていたそうだ。何もない掲示板に花を貼るのだという。
 どんな花かというと、特に決まりがなく、精巧な造花や折り紙で花を模したもの、100円ショップに売っているものなど花らしければ何でもいいのだそうだ。ただ、板を全体的にそれで埋めるようにしなければならない。

 冗談のような話だが、A子さんはそれを大学のアルバイト募集の掲示板で見つけた。掲示板に「掲示板を飾るバイト」があったので、苦笑してしまったという。
 大学の総務に聞くと、詳細を教えてくれた。
 指定した番地に出向いて、そこにある掲示板を花で埋めること、他に掲出物が貼れない程度に飾りつけをすること、事前にバイト代の一部として渡される費用で花(らしきもの)を用意することなどだ。
 おかげで、折り紙さえあれば何種類かの花が折れる技能を身につけることができたという。

 初回、近くの100均で買い求めた造花とセロハンテープなどの留め具を購入して教えてもらった住所へ向かう。当初は、町内会の掲示板や商業施設・公民館の中のモノをイメージしていた。しかし、住所を頼りに向かうと、普通の一軒家だった。その家の、壁や塀に設置されているのかと思ったが、ぐるりと回っても見当たらない。門扉が開いていたので、雑草が生え放題に生えた中、玄関まで向かって引き戸を開けた。すると、廊下の途中にガラスケースの中に木造の大きなイーゼルに掛けられた掲示板らしきものがあった。
 最初は不安だったが、仕事なので、ケースの扉を開けて緑色の掲示板に花を飾る。翌日、大学の総務課で報告すると残りの給料をもらえた。
 一度この件があって以来、注意深く大学の募集を見ていると、1週間に一度、短い時は週に2度くらい掲出されていることに気付いた。
 花を用立てるのが手間だが、前回に買った折り紙もあるし、そういう作業そのものは苦ではないたちなので、何度か受けたのだそうだ。

 何度目かのバイトの折、掲示板に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「いつもせいが出ますね」
 振り向くと、両手で湯飲みを持った老婆がいた。
「ああどうも」
「どうも」
 この時初めて、この家に住民がいることに気が付いた。バイトそのものは、家に入って掲示板まで行くだけなので、その奥や住民などには気付きようがなかったのだ。以来時々見かけるようになった。
 時には廊下にパジャマを着て歩いているので「こんにちは」と声をかける。その程度の関係だったという。
 ある時は、作業する自分を遠くから眺めるおばあさんが、反射するガラスに映っていて、しばらくしたらいなくなっていた。『長々と見ていても面白いものでもないし』と取り立てて家の奥に注意を向けることはしなかったという。ただ、庭は草が生え放題なので、どのような生活をしているのかは気になっていた。庭は、昔は手が入って大きく整えられていたのだと推察されるような立派さの片鱗を残すものだったそうだ。

 結局、このバイトをトータルで10数回はしたのだそうだ。
 ときどき、老婆が遠くの廊下でロッキングチェアに腰を掛けていたり、掃除のようなことをしているのを見かけた。
 しばらくして、大学でそのバイトを見かけたときに何となく手を伸ばす気に慣れず、申し込まなかったという。別に老婆は花の貼り方にケチをつけるわけでもなく、作業時間そのものは10~15分と短く、身体的な負担も少ない。端的に言うと楽なバイトだ。
 にもかかわらず、本当に何となく・・・・やらなくなった。

 A子さんは何年か経って、たまたま大学の先輩と飲む機会があり、このバイトの話をしたことがあった。その時にこう言われた。
「あの家、人住んでないよ」
 一瞬、廃屋に老婆が迷い込んでいるのかとも思ったものの、こう返した。
「え、でもはっきり見ましたよ。住人、と言う感じでしたけど。挨拶もされましたし」
「そっかー」
 結局は先輩との数年の差がもたらしているのだろうと自身を納得させた。
 この時は、それで終わった。

 数日して、先輩からメールが来た。
 夜も更け、23時も回った刻限だ。
『あの家の話なんだけど、何でそんなバイト募集してるか分かった』
 普段のやりとりは、電話なのだが、短いメッセージだけだ。最初、先輩からのメッセージと分からず、迷惑メールとして処理しそうになった。
『何故ですか?』
 質問を送ると、すぐに返信があった。
『花で埋めておかないと、お知らせを貼られる』
『お知らせって何ですか?』
『いいことよりも悪いことの方が多い』
『?なんですけど』
ーーと送ると、それから返事はなかったという。

 皆さんがそういうバイトに出遭ったら、くれぐれもご注意いただきたい。
                          〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十九夜(2024年4月13日配信)
31:35〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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