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【禍話リライト】甘味さん譚「くぼみ扉」

 ここは行かないほうがいい、直感でもそう思うなら従った方がいい。九死に一生を得るという言葉があるが、これは霊的な事にも言えるのだそうだ。
 これは、人気の禍話レギュラー甘味さんの話。

【甘味さん譚「くぼみ扉」】

 廃墟で泊まって、甘味を食べることで知られる禍話レギュラー甘味さんは、ある山奥の民家を見つけた。
 家は意外にしっかりとした造りで、ポツンと立っている一軒家だった。事前情報はなく、偶然に見つけた形だ。二階に上がると、いくつか部屋があった。
 一つ目の廊下に面した部屋を開けると、畳敷きの和室で、部屋の真ん中が大人の足一つ分ほど凹んでいた。思いっきり踏み抜いたような形だったという。何となくこの部屋は嫌な気がしたので、隣の部屋に泊まることにした。
 寝てると確かに変な気配はしたのだそうだが、それ以上は特になく朝を迎えた。その時は、一瞬あの部屋に停まればよかったのかと思っていたそうだ。
 しばらくして、たまたま同じ廃墟好きの友人の男性Aと話す機会があったので、泊まったとは言わず、その家のことを口にした。Aはその話を聞いて、
「その家、知ってる。行ったことあるよ。2階に和室があって、変な話、真ん中に太った人が力いっぱい体重をかけたような穴とまではいわないけど、窪みがある家だろ」
「うん、そう」
「あそこヤバいんだぞ」
そう言って、こんな話を聞かせてくれた。

 Aさんは、友人3人とその家に行ったことがあるのだという。
 行ったのは昼間。
 その部屋に4人でたたずむ。
 窪みがなぜできたのか、不自然さと相まって、昼間で燦燦と光が差し込んできているにもかかわらず、背筋に悪寒を感じた。
「戻ろうぜ」
 それまで、わいわいと楽しい雰囲気できていたのに、その部屋に足を踏み入れてから皆言葉少なになってしまった。急いで車に戻る。
 「帰るぞ」とドアを閉めると、一人足りない。Bだ。皆会話がなかったので、最後尾で来ていると思っていたのだが、まだ家の中にいるようだ。
「Bのやつ、どこにいるんだ。バカだなあいつ」
 携帯を鳴らすも出ない。
 Aさんは、家の中をBを探すと、例の部屋に居た。
 Bは窪みに耳を押し当てていた。
「オマエ、何してんの?」
「いや、別に……」
「そう。みんな待ってるよ」
「あぁ」
 急ぎ足で、連れて車に戻るも、上の空で何やらぶつぶつとつぶやいている。「あぁ、あぁ」と語尾が上がるのも不気味だし、口に出している言葉も要領を得ない。様子が変なのは皆がそう思っていたのだという。
 結局そのまま車で皆を送って、解散となった。

 その夜、Aさんは夢を見た。
 普段会ったことのないような遠縁の親戚と出会って、挨拶をしている。
 あとで考えてみると、そんな人はいない。だが、夢の中ではとこのいとこのようなややこしい親戚がいるという認識だ。
 見たことのないようなおじさんやおばさんにニコニコしながら頭を下げている。途中で、夢だと気が付いた。人間関係も判然としない。
 周りを見渡すと、そこは自分の家ではなかった。
 和室で、ちゃぶ台を挟んで親戚と対面している。そこに入れ代わり立ち代わり人が来る形だ。廊下から人が入ってきて、言葉を交わして出ていく。まるで面接や受付のような時間が過ぎる。
 しばらくすると、見たことのないおばさんが入ってきた。
「お久しぶりです。何ならお会いするのは子どもの時以来くらいですか」
 適当なことを言っていると、おばさんはしきりに「本当によかったねぇ」と繰り返す。様子をうかがうと、おばさんの視線は、こちらを向いておらず、下を向いていた。視線の先を見るも、ちゃぶ台の上には何も置いていない。ちゃぶ台の下を覗くと、ちょうど真ん中の下あたり、おばさんの視線の先には、くぼんだ畳があった。
「ウソでしょ!  ここ、俺の家じゃなくて、あの家だ!」
 気付いたとたんに、おばさんがもう一度言った。
「本当によかったねぇ」
 その瞬間に目が覚めた。横で、同棲していた彼女が不機嫌そうにこちらを見ている。
「何、どうしたの?」
「さっきからずっとうるさいわ」
「ごめんね、寝言何て言ってた?」
「『よかったね、よかったね』ばっかりで、まったく」
「そっち!?」
 そのまま何とか寝たが、翌朝起きて、『変な夢を見たけど、Bは大丈夫か』と思い始めた。
 一応メールを送ると、「何?」と普通の返事だったので安心した。

 その週末、再度廃屋へ行った皆で会う機会があった。
「先週末、変な穴があって皆悪寒がして気持ち悪かったなぁ」
 話題を振るが、皆怖がってはいるものの、夢まで見たのはAさんだけだったらしい。するとBが、「穴? 穴と言うか扉だろ」と語気を強めた。
 話が通じないので、皆があっけにとられていた。もちろん、ドアも倒れていなかったので、「そんなのあったか?」と問うても「扉だろ」と頑として譲らない。最後には面倒くさくなって「そうだね、扉だ、扉。あれは扉だった」と話を合わした。
 その日は、そのまま分かれたが、『とびら』と言う言葉が、どこかの方言で穴を指すことでもあるのかと思ったが、どうもそうことでもないらしい。
 結局、Bは目に見えておかしいところはないが、以前とはどことなく変わってしまった。たまたまBの職場の人がAさんの知り合いに居たので、様子を尋ねると、やはりすこし変なことがあったらしい。その人にこんなことを聞かされたのだそうだ。
「休憩時間にBさん、ずっと飯も食わずに電話してるんだ。いや、電話してると思ってた。休憩室は電波の通りが悪くって。ある日、観察してたら話してはないんだ、ただ、スマホを耳に当ててうっとりしているというか」
「えっ!」
「でね、こっちが見てることに気が付いたんだろうね、目が合って。Bのやつ、こっち見てスマホをこっちに突き出して、『やる?』って聞いてきた」
 Bの手には、畳にくっきりと刻まれた足跡大の窪みの写真が一面にあるスマホが握られていた。つまり、その写真にずっと耳を当てていたのだそうだ。
 だから、「やらない」と答えたのだという。

 結局、甘味さんはその部屋に泊まらなくて九死に一生を得たわけだが、後になって最初の直感は正しかったと気づいたーーという話。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十四夜(2024年3月9日配信)
16:58〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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